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Heidi
und
Heide
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| ゼーゼマン家の執事ロッテンマイアが呼んでいた、ハイジの正式な名前であり、洗礼名でもあるアーデルハイト<Adelheid>は、実在した聖人の名前です。 |
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聖アーデルハイト(931年ごろ-999年) アーデルハイトは、フランス、ブルゴーニュのブルグンド王ルドルフの娘として生まれた。937年にイタリア王ロータル2世と結婚したが、不幸にも王は毒殺された。アーデルハイトは、夫を毒殺した者の息子と結婚するよう強要されたが、拒否したために城の中に幽閉された。しかし、951年にドイツの皇帝オットー1世がイタリア遠征に勝利したことで、彼女は解放された。そして彼女はオットー1世と結婚し、962年に皇帝とともに教皇ヨハネ12世から戴冠を受けた。皇帝の死後、息子が地位を継いでオットー2世となるが、彼との間に緊張関係が生じ、アーデルハイトは追放された。しばらくして息子オットー2世は謝罪し、彼女は再び国に戻れることとなったが、彼の死後またもや追放された。しかし、マインツ大司教の援助で、彼女は孫オットー3世の後見人となった。 |
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★ 聖アーデルハイトについては、Laudate(聖人カレンダー(12月16日))より、女子パウロ会様の許可を得て転載させていただきました。ハイジ大百科様(FAQ)が先に載せておられます。両者の方に感謝。 |
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| 道がのぼりにさしかかるとまもなく、あたりは荒れ野になって、丈のひくい草やたくましい山地の植物のにおいが、ぷんと鼻をつきます。このままのぼれば、まっすぐに、アルプスのアルムの山へたどりつく、けわしい道なのです。 |
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(福音館文庫ハイジ上より引用)
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| ハイジ、最初の一段落にある文章です。 |
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ドイツ語原文では、Heideland が荒れ野です。現在では、スイス、マイエンフェルト周辺を Heidiland というそうです。ハイジの里といった意味合いでしょうか。 |
| Heidi (日本ではハイジ、ドイツ語読みハイディ)は、Adelheid (アーデルハイト)の愛称です。 |
| 以前、アルプスの少女ハイジ公式サイトの掲示板に、次のような情報が寄せられていました。 |
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Adelheid には、他に、Heide (ハイデ、荒れ野)という愛称もあり、この作品の中では、Heidi と、Heide が重ねて語られているという説があるとのこと。 |
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荒れ野には、不毛の地・辺境の地といったイメージがあります。しかし、イエス・キリストが生まれたのは荒れ野でした。この作品のバックボーンであるキリスト教では、福音は、荒れ野から発信されるという考え方があるそうです。 |
| ハイジは、幼くして孤児になりました。もう育てられないと言って、村からはぐれた祖父のところに連れて行かれました。ハイジは、思いやりの心で、周りの人をどんどん幸せにして行きます。 |
| その説によると、Heide は、フランクフルトで、教育を受け、宗教に出会い、Adel (高貴な) heide になりました、ということだそうです。 |
| ちなみに、おじいさんとハイジがいた小屋の裏には、三本の古くて大きなもみの木がありました。冬でも、青々と葉が茂る針葉樹は、永遠の命の象徴だそうです。 |
| もみの木の下の家は、おじいさんにとっても、ハイジにとっても、憩いの場所であり、癒しの場所だったのでしょう。 |
| フランクフルトでは、もみの木が風に鳴る音が、聞きたくて聞きたくて仕方なかったハイジ。 |
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クラッセン先生のこんな言葉がありました。「だめだよ、ハイジ、いますぐだなんて。まだしばらくもみの木の下にいないと、病気がぶり返してしまうかもしれないからね。」 ハイジが、先生のためなら、今すぐ、再び、フランクフルトに行ってもかまわないと申し出たときの、先生の言葉です。 |
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(福音館文庫ハイジ下より引用)
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2007.11.14. up
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2005. 6.30. up
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