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Switzerland
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| スイスの面積は、約4.1万ku。日本の九州よりやや広いということです。スイスの鉄道開業は、チューリッヒからバーデン間、1847年。スピリ20歳の頃ですね。1880年には、マイエンフェルトからフランクフルトまで汽車で行く物語が誕生することになりました。 自然の美しいスイスや、ドイツの都市フランクフルト。いつか機会があれば、スピリとハイジゆかりの地を訪れてみたいと思っています。 |
| 1 ヒルツェル Hirzel スピリの生家(ドクトルハウス)が今もあり、スピリが通っていた小学校が、「ヨハンナ・スピリ博物館」になっているそうです。(ただし開館日が決まっているとか…) ヒルツェルは、チューリッヒから約25km のところにあり、現代では、列車とバスで行くことができるそうですが、スピリの若い頃は、チューリッヒ湖を舟で行き、山道を登り、7時間もかかったということです。 |
| 2 チューリッヒ Zürich スピリが25歳で結婚してから住んでいた都市。チューリッヒ州の州都。スイスの首都はベルン(地図◎)ですが、チューリッヒが経済や文化の中心だということです。子供の本を中心に集めたスイス青少年文書館の中に、「ヨハンナ・スピリ文書館」があるそうです。(こちらも開館日が決まっているとか…) ジブリ美術館のハイジ展で、チューリッヒの「スピリ記念館」と書かれていたのはここのことでしょうか。 |
| 3 マイエンフェルト 1・2・3・4 Maienfeld グラウビュンデン州、リヒテンシュタインとの国境近くにある小さな町。この作品の舞台。スピリは、マイエンフェルトに滞在してこの作品を書いたそうです。デルフリ(Dörfli)と呼ばれるところは、ドルフ(das Dorf/村)に、スイスドイツ語の小さなという意味の li をつけたもので、地名ではないということです。実在する地名では、ウンターロッフェルスと、 オーバーロッフェルスにあたるそうです。オクセンベルクには、いつしかおじいさんの山小屋が建っているそうです。 |
| 4 イエニンス Jenins マイエンフェルトから約2km の東隣の町。スピリは、しばしばイエニンスに住む旧友サリを訪ね、マイエンフェルトまでの道を歩きながらこの作品の構想を練ったということです。 |
| 5 バート・ラガッツ Bad Ragaz マイエンフェルトからライン川を渡った西隣の温泉町。こちらも約2km。デーテが働き、後にクララとおばあさまが保養に訪れました。古くから温泉の効能が評判だったということです。スピリが泊まったホテルが、現在も営業しているとか。デーテがハイジを預けていたのは、プフェファース村のウルゼルばあさんのところでしたが、プフェファースは、バート・ラガッツの南、約2km のところに実在して、タミナ渓谷というところがバート・ラガッツの源泉だそうです。ハイジの優しさの源泉もウルゼルばあさんのところでの試練にあったりして…。ハイジは、前向きです。(温泉の効能) |
| 6 メルス Mels マイエンフェルトの北西、約10km のところにある町。ハイジの父親トビアスが、若い頃大工の修行に行きました。 |
| 7 プレッティガウ Prättigau マイエンフェルトの南東にある谷。マイエンフェルトより標高が低いようです。バルベルの故郷。後に、デーテがハイジをフランクフルトに連れて行こうとして、おじいさんに、私の話を聞いてありがたがらない人はプレッティガウ中探してもいないわ〜 と言うと、おじいさんは、そんな話はプレッティガウの人のところに持って行けばいいと言っていました。 |
| 8 ドムレシュク Domleschg グラウビュンデン州の州都クール(地図○)の南西に、南北にある谷。おじいさんとデーテの母の故郷。古くからイタリアに至る道として往き来されていたようです。おじいさんも、イタリアのナポリから、この道を通って故郷に帰って来たのでしょうか。 |
| 9 バーゼル Basel ハイジがフランクフルトから帰って来る時、ゼーゼマン氏のよく知るホテルに一泊しました。ゼーゼマン氏は、仕事であちらこちらを旅し、パリに行くという話もありました。スピリは、57歳のとき、 息子と夫を亡くしましたが、翌年、夫の思い出をつづった、「ある弁護士の生活から」をバーゼルの新聞に連載しました。 |
| 10 イヴェルドン・レ・バン Yverdon-les-Bains スピリは、14歳の頃から2年ほど、チューリッヒの伯母の家に滞在しておもにフランス語とピアノの勉強をしますが、その後、数ヶ月滞在したのが、フランス語地方のイヴェルドン・レ・バンでした。スピリとハイジのゆかりの地は、ほとんどドイツ語を話す地域にありますが、スイスには、フランス語、イタリア語、レート・ロマンシュ語を話す地域もあり、国内ではあるけれど、留学だったようです。 |
| 11 フランクフルト Frankfurt ゼーゼマン家のあるドイツの都市。作品のもう一つの舞台。古くから商業の栄えた大きな都市ということですが、スピリが敬愛したゲーテの生家(ゲーテハウス)のあるところでもあります。アニメのゼーゼマン家のモデルは、ゲーテハウスだとか。。 |
| 12 ワイマール Weimar 25歳で結婚したスピリは、新婚旅行でドイツのワイマールを訪れました。ゲーテとシラーが活躍したところ。スピリはゲーテを敬愛し、夫はシラーの作品を愛していたのではないかと言われています。ドイツ人のシラーは、スイスの伝説の英雄、ウィリアム・テルを戯曲にしていますが、スイスの人は、「自由・団結・独立」 を大切にして来たと聞きます。ハイジが愛した自由、デルフリの団結心、おじいさんもペーターも一刻者という感じだし、クララにも独立心が芽生えました…… ウィリアム・テルの話とは筋書きが違っても、「自由・団結・独立」の精神は、どことなくハイジの物語にも息づいているでしょうか? |
| ホルシュタイン Holstein クララのおばあさまが普段住んでいる地方。シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州は、北ドイツ、デンマークとの国境近くにあります。同州には、ハイデ(Heide)という町もあるそうです。 |
| <参考サイト・図書> スイス国鉄150年祭・スイス政府観光局・外務省ホームページ・フリー百科事典 『ウィキペディア』・スイス アルプスの旅(新潮社)・アルプスの少女ハイジ スイス メルヘン紀行(求龍堂)・アルプスの少女ハイジとともに(彌生書房)・アルプスの少女(講談社) |
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2007.11.15. up
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2006 .4.29.
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