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アルム
 
 
■太陽いっぱい  デーテとハイジがおじいさんを訪れたのは、六月のよく晴れた朝でした。梅雨のないアルプスでは、一年でいちばん日差しの力強い季節でしょう。この物語には、全体にわたって、太陽、お日さま、日の光の描写が何度も何度も出て来ます。比喩としても。先日、アメリカのフォークソングを聴く機会がありました。Keep on the sunny side。人生、晴れた日も嵐の日も、救世主を信じて、陽気に行こうといった歌詞。クララが元気になったとき、おじいさんは、「神さまがくださった太陽とアルムの空気」に感謝しました。燦々とふりそそぐ太陽のもと、皆がいきいきとして行きます。夏至太陽の年太陽の子どもたち
 
■デルフリ  ハイジの物語は、ヨハンナ・スピリによる創作ですが、舞台になったマイエンフェルト(Maienfeld)は、スイス東部、グラウビュンデン州に実在します。デルフリ(ドイツ語原文 Dörfli)と呼ばれるところは、ドルフ(das Dorf/村)に、スイスドイツ語の小さなという意味の li をつけたもので、地名ではないということです。実在する地名では、ウンターロッフェルス(標高617m)と、 オーバーロッフェルスにあたるそうです。そして、オクセンベルクには、いつしかおじいさんの山小屋(標高1111m)が建っているそうです。スピリの時代にもあちこちに牧童が夏に寝泊りする小屋が建っていたと思われます。
 
<参考サイト・図書> スイス政府観光局(マイエンフェルト)・スイス アルプスの旅(新潮社)・アルプスの少女ハイジ(ぎょうせい)
 
■アルムおじさん  おじいさんは、村人から、おじさん(ドイツ語原文 der Öhi)と呼ばれていました。村中のほとんどの人と親戚だからでした。山小屋に住むようになって、アルムおじさん(der Alm-Öhi)と呼ばれるようになりました。アルムは、アルプス地方の牧草地。Öhi は、スイスのドイツ語でおじさん、一部の訳本やアニメでは、「おんじ」になっています。おじいさんが、村人との距離を広げることになった原因の一つとして、昔から魔物が住むと思われていたアルプスに、冬も下山しないで独りきりで住み始めたこともあるかも知れません。19世紀後半、産業が発展し都市化が進み、アルプスの自然が、美しく癒しをもたらすものに見られるようになるまでは、不便で危険な場所でしかなく、いろんな迷信が生まれていたようです。ことに冬は、通常、足を踏み入れるところではなかったということです。このホームページでは、ハイジが呼んでいるように、「おじいさん(der Großvater」に統一しています。デーテとハイジが訪れたとき、70歳。アルプ
 
<参考図書> アルプスの少女ハイジ夢紀行(日本放送出版協会)
 
■山小屋  風をまともに受ける代わりに、日のあたりがよく、見晴らしのいいところにおじいさんは住んでいました。デルフリの人々と仲違いしたおじいさんは、どんな気持ちで村を見ていたのでしょうか。山小屋の後ろには、三本のもみの老木(ドイツ語原文 drei alte Tannen)が立っていました。上に行くと、まだしばらく牧草地になっていて、やがて石ころと藪になり、もっと上は岩肌になっているということです。
 
■ラガーツの温泉  デーテがクランクフルトに行く前に、メイドとして働いていたのは、ラガーツの温泉風景でした。後に、クララがハイジのところにやってくる前に、6週間療養し、おばあさまはその後も滞在しました。バート・ラガッツ(Bad Ragaz)は、マイエンフェルトの近くに実在します。スピリが泊まったホテルが今も営業しているとか。デーテとハイジは、ラガーツからマイエンフェルトまで知り合いの干草を積んだ車に乗せてもらって、故郷のデルフリにやって来ました。馬車か牛車でしょうね。アニメでは、途中で川を渡りますが、これも実在して、ライン川の上流だそうです。温泉の効能ライン川
 

<参考サイト・図書> スイス政府観光局(バートラガッツ・ライン紀行1300キロ(新潮社・アルプスの少女ハイジ スイス メルヘン紀行(求龍堂)

 

■山羊のペーター  「山羊飼いペーター」は、ドイツ語原文では、der Geißenpeter、山羊(Geißen)とペーター(Peter)がくっついて一つの言葉になっています。おじいさんは、ペーターを大将と呼び、山羊を兵隊と呼びました。山羊飼いの仕事をしつつ、自然の中で育つ子供ということでしょうか。ハイジは、おじいさんの山小屋への途中、ペーターや山羊の足が軽いことに気付きます。自分も身軽になろうと、デーテが用意した登山靴と靴下を脱ぎ、荷物になるからと、着せられていた服も脱ぎました。ハイジの心を、最初に解放へと導いたのは、裸足に半ズボンのペーターと山羊たちだったのかも知れません。

 
■山羊飼い  アルプス地方は、採れる農作物が少ない土地柄のため、酪農がさかんになりました。山羊は、厳しい気候に強く、また、粗食に耐えるので飼育しやすい家畜。アルプスの山は、標高が上がると、木々が途絶えて草原になります。アルムと呼ばれる牧草地です。牧草は高地に行くほどビタミンが豊富で良質になるので、雪のない季節は、毎朝、村中の山羊を集めて、アルムに連れて行き、栄養と体力をつけさせます。村人は、その間に麓の牧草を刈り、干して、長い冬の飼料に備えるそうです。ただし、マイエンフェルト付近で、山羊がたくさん飼われていたのは昔のことで、今は牛がたくさん飼われているけれど、山羊を飼っている家もあるということです。
 
<参考図書> アルプスの少女ハイジ夢紀行(日本放送出版協会)・アルプスの少女ハイジ スイス メルヘン紀行(求龍堂)・アルプスの少女ハイジ(ぎょうせい)
 
■兵隊  現代のスイスは豊かな国ですが、昔は、国内に仕事が少なかったので、成人男性は傭兵として出稼ぎに行くことがあったそうです。おじいさんも、若い頃、軍隊にいたということです。スイスの傭兵制度は古くからあったそうですが、1874年に全面的に終止符が打たれます。おじいさんは、ナポリに行ったということです。おじいさんが看護に慣れていたのは、シチリア島での激戦で負傷した上官が、おじいさんだけを頼りに付き添わせたことがあったからという話が後に出て来ます。教会と牧師館の隣、おじいさんが息子トビアスを連れてデルフリにやって来たときに住んだところで、後に、おじいさんとハイジが冬に住むようになった屋敷の元の持ち主は、スペイン軍の兵士をして、たくさんの富を手に入れ、故郷のデルフリに立派な屋敷を建てたのでした。しかしやがて、デルフリに退屈して、どこかに行ってしまったということです。シチリア激戦
 
<参考サイト> underswissスイス軍の年表)・スイスの中立政策
 

■「こんにちは、おじいさん!」  ハイジは、山小屋の前のベンチにすわっていたおじいさんの前に、まっすぐ進み出て、握手をしようと手を伸ばしました。不機嫌な表情で、じっと見つめるおじいさん。ハイジは、瞬きもせずに見返したということです。おじいさんの長い髭も、灰色の太い眉毛がつながっているのも、おもしろかったようです。ハイジの純粋な目は、おじいさんの優しさを見抜いていたのかも知れません。

 
■干し草  おじいさんの山小屋の中に入ったハイジは、階段を上ったところに、今年取り入れた、いい匂いのする干し草が置かれているのを見つけました。干し草を積んで、ベッドを作ります。丸窓からは、外の景色が見渡せます。シーツをかけて、掛け布団は亜麻袋です。仮のベッドのように思っていましたが、昔のスイスの生活が詳しく描かれた絵本に、ベッドの外枠の中に干し草を詰めて、シーツも敷かないで寝ている絵が出て来ます。スイスの農家では、昔は干し草の上に寝る習慣があったのかも知れません。後に、ハイジがゼーゼマン家でもらったお金で、おじいさんは、ベッドを買うといいと思っていたようですが、ハイジは、ペーターのおばあさんのために白パンを買うお金にしたいようでした。1880年に出版された「ハイジの修業時代と遍歴時代」の最終章のラストには、クララのおばあさまが来たらちゃんとしたベッドが置かれるだろうと書かれています。スピリとしては、ハイジをいつまでも干草のベッドで寝かせておくのは、心苦しかったのかも知れません。熱心な読者にせがまれて翌年出版された続編では、アルムを訪れたおばあさまにより、スピリの予告通りベッドが届きました。
 
<参考図書> マウルスとマドライナ(岩波書店)
 
■チーズ  火に焙るチーズはラクレット。牛乳のチーズで、おじいさんは串に刺して焙っていました。本来は、大きな塊のチーズを半分に切り、熱を加え、蕩けたチーズを内側からナイフで削ぎ取るということです。おじいさんは、牛は飼ってはいないので、買い求めたものでしょうか。ハイジは、食事の準備を自分で気づいて手伝います。ちなみに、おじいさんが山羊のチーズを作っているところは出て来ます。ラクレット大地のリンゴおじいさんのチーズ
 
<参考サイト> スイス政府観光局(ラクレット
 

■山羊乳  栄養価が高く、アトピーにもお腹にも優しい山羊のミルクは、見直され始めているそうで、置いているスーパーマーケットがあることを知り、飲んでみたことがありました。150ml のプラスチックボトル入りでした。牛乳より濃くて、口に入れると微かに山羊の匂い。六甲山牧場で山羊に会わなければ、気づかなかったかも。^^; というより、これが美味しさなのでしょう。大自然に放牧されていて、村で一番、手入れが行き届いている山羊の、しぼりたてのミルクだったりすれば、ハイジやクララが歓声を上げた味になるのかも知れません。現代では低温殺菌すべきでしょうか。スワンは、元気になったクララから、御礼に塩を100プフント(ドイツなどで使われる重さの単位。1プフントは、約500グラム。)もらうことになりました。スワンとクマ、二頭の山羊を大事に飼育しているおじいさんです。ヤギに塩を贈る

 
<参考図書>  アルプスの少女ハイジ(青い鳥文庫)
 
■いす  食事のとき、ハイジがすわるいすがなかったので、おじいさんは、木でハイジのいすを作りました。その後も、おじいさんの大工仕事が興味深く、ついて回って観察するハイジ。アニメでは、ペーターが木でそりを作っていました。19世紀の暮らしは、何かとたいへんだったでしょうが、手作りのぬくもりにあふれていたのではないでしょうか。高度経済成長の時代、日用品を手作りする習慣が薄れつつある時代に育った私ですが、明治生まれの祖父が、わらで縄を編んでいた光景は、記憶にあります。
 
■もみの木  最初の日、もみの木が風に鳴る音は、ハイジの耳と心によろこびを吹き込んだということです。以来、ハイジは、どこに行っても、もみの木の鳴る音を想うようになったようです。フランクフルトでは、馬車の音を、もみの木の鳴る音と間違えて、飛び出して行ったハイジ。後に冬の家でも、朝の目覚めとともにもみの木の鳴る音を探していました。また、ハイジが初めて牧場に行った日、帰ったのは、もみの木の下だと書かれています。アニメの挿入歌 「夕方の歌」でも、牧場に夕暮れが訪れると、緑のもみの下へ帰ろうと歌われていました。冬でも葉を落とさない針葉樹は永遠の命の象徴だそうです。
 
■スワンとクマ  ハイジは、スワンとクマ、二頭の山羊と一緒に暮らせるのを喜びました。ドイツ語原文では、das Schwänli und das Bärli、なんと、おじいさんは、スワンにもクマにも、スイスのドイツ語で 〜ちゃんにあたる li をつけて呼んでいたのでした。スワンとクマは、糧を得るために大事な山羊だったわけですが、妻を早くに亡くし、息子夫婦を亡くし、また村から離れてしまったおじいさんにとっては、自分の子供のように感じて来たのかも知れません。アニメでは、さらにセントバーナード犬のヨーゼフが登場します。
 
■こわがっとるかも  真夜中、強い風に山小屋がきしんだので、おじいさんは、ハイジがこわがっていないかと、見に行きました。しかし、ハイジは、ぐっすり眠っていました。おじいさんは、ハイジの寝顔を、長い間見ていたということです。この日、思いがけない訪問に戸惑ったおじいさんでしたが、すでにハイジは、かけがえのない子供になっていたのではないでしょうか。
 
 
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※作品に出て来る言葉は、訳によって微妙に違う中から、一つ選んでいます。<参考図書>
 
素材 MIDI ぶれすおーる  
 
雑記帳1〜7 2006.2.1. up 2007.11.19.BGM設置