ペーター
 
 
 
 

 アニメのペーターから原作のペーターを見ると、一層の朴訥さに気づきます。普段は無愛想なほどで、何かと頑固さが見え隠れするペーターですが、ハイジには弱いのでした。

 
 ペーターは、11歳の山羊飼い。数年前、事故で亡くなった父親も昔、山羊飼いでした。山羊飼いは子供がすることが多かったということなので、子供の頃でしょうか。ペーターは、雪のない季節、夕方つかの間、村の子供と遊ぶだけで、毎日一人きりで山の牧場まで村中の山羊を連れて登っていました。そんな彼にとって、山小屋のおじいさんのところにやって来たハイジは、貴重な友達でした。そして、だんだんに山羊飼いの仕事の二人といない協力者になって行きました。ハイジがフランクフルトに連れて行かれるのをどうすることもできず悔しがり、また、帰って来たことを顔をくしゃくしゃにして喜びました。
 
 ペーターは、仕事をちゃんとこなしていました。ハイジのおじいさんのことを尊敬していました。山の牧場まで登れない寒い季節は、村の子供たちと一緒に学校に行っていましたが、文字の勉強はなかなかはかどりませんでした。自分には難しいと思い込んでいたのもありますが、そもそも学校の勉強など、自分の仕事の役には立たないと決め込んでいたためでした。村中の山羊の特徴を全部頭に入れて、牧場まで引率できるペーターにできないはずはなかったのでした。幼くして父親を亡くし、経済的に家を支える役割を担った少年は、ちょっと背伸びして要領を心得ようという気負いがあったのでしょうか。フランクフルトから帰ったハイジに、ABC(アーベーツェー)から学び、文章が読めるようになりました。
 
 ハイジのところに、クラッセン先生が来たときも、機嫌がよくなかったペーターでしたが、クララが来たときは、嫉妬からクララの車椅子を突き落として壊してしまいます。
 
 その日、牧場で、何も知らずに言ったハイジの言葉を誤解して、ペーターは悪いことをしてしまったことに気づき始めます。こわくなって行く様子が、段階的に描かれているように思います。やがて、罰を恐れてすごく苦しむのでした。
 
 ラガーツからおばあさまがクララの様子を見にやって来ました。ここでも何も知らずに言ったおばあさまの言葉を誤解したペーターは、自分から白状したのでした。おじいさんはペーターが車椅子を壊すところを見たわけではありませんが、様子がいろいろとおかしかったことは気づいていました。おじいさんから事情を聞いたおばあさまは、大事なハイジとの時間をクララに奪われ、寂しかった彼の気持ちをよく理解しました。クララが来たために、ペーターをそれほど追い詰めて、申し訳なかったという気持ちもあったかも知れません。自分の孫への謂れのない敵対心を前に、冷静なおばあさまは見事です。
 
 おばあさまはペーターの気持ちを酌んで語りかけました。。悪いことをして隠し通せると思うのは間違いで、神さまはすべてを見ておられること。神さまは、誰でも生まれてくるときに心の中に番人を入れてくださっていること。それは悪いことをするまでは眠っていて、悪いことをして隠そうとすると、神さまが起こして、ちくちくと責めるように命じられること。またそれは、ばれるぞ〜 ばれるぞ〜 と脅かすこともあること。。そうなると楽しいことは何一つなくなってしまうこと。そして神さまは、相手へ悪い考えをもって起こした行動も、相手のプラスに変えてしまわれること。クララにとっては、車椅子が壊れたことで、後戻りすることができなくなったとも考えられるのでした。。これからは悪いことをしたくなったら番人のことを思い出すのよと言ったおばあさまに、そうすると答えたペーターでした。まだ少し、おっかなびっくりでした。
 
 このあと、なんと自分にも、フランクフルトのおみやげをくださるというおばあさま。しかも自分がしたことを全部忘れたというしるしにくださるということで、ペーターはすっかり気持ちが楽になりました。失敗はさっさと白状したほうがいいということも分かり、電報の紙をなくしたことも打ち明けました。ペーターは、一言、なくしたと言っただけでしたが、電報の紙は、ゼーゼマン氏を、自分を逮捕しに来た警官だと勘違いして驚いて転んでなくしたのでした。ゼーゼマン氏に来てもらうための電報は、本人がすでに来ていたことで要らなくなりました。。おばあさまは、今度はあっさり白状したペーターに、優しくそれでいいのよと言って、フランクフルトのおみやげは何がいいか訊くのでした。
 
 
 アニメでは、車椅子はクララ自身の過失で壊れ、電報の紙のことは出て来ません。ペーターは、陰のあるところがすっかりなくて、口下手ながら喜怒哀楽のはっきりしたしっかり者に描かれていると思います。しかし、カッとなれば誰でも馬鹿なことをするものだと、おばあさまがペーターを弁護しているように、一度も失敗を経験しない人はいないという視点で読めば、悪いことをしてもちゃんと心の番人が目を覚まし、心底後悔して大人の言うことに耳を傾け、赦されたことによって救われた原作のペーターも、とてもいい子だと思います。
 
 
 問題によっては、良くも悪くももっといろんなことが付随して起こることもあると思います。が、ここではとても素朴に描かれています。寛大で気さくなおばあさまによって、ペーターが救われました。おばあさまの人柄を支えているのは、やはり信仰でしょうか。自分がしたことを誰にも話せず、一人で悪い方へ悪い方へ考えて苦しんでいたペーターが学んだのは、赦しを「信じること」だったのかも知れません。
 
 
わたしたちのつみをおゆるしください
わたしたちもひとをゆるします
 
(主の祈りより引用)
 
 
国際児童版世界の名作18 (講談社/1984年) より
 
♪このページに流れているのは、スイス民謡、「みどりいろの翼」です。
 
 
 
 
写真 マイエンフェルト
著作権(ヨーロッパ壁紙写真旅行 Failte
 
MIDI 童謡唱歌の世界