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ロッテンマイア
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| ハイジが、ドイツのフランクフルトのゼーゼマン家に着いた日の夕食に、原作では魚のフライが登場します。もしかすると金曜日だったのかもです。キリスト教の国ではイエス・キリスト受難の金曜日を記念して、一年中金曜日ごとにお肉は止めて魚を食べる習慣があるところがあるとのこと。ドイツにはそういう習慣があるようです。とにかくハイジにとっては苦悩が始まる日です。 |
| ゼーゼマン家の一人娘クララは、家に住み込んで、一緒に勉強したり遊んだりしてくれる女の子を求めていました。これは、執事のロッテンマイアも望んでいたことでした。病気のクララの相手をするのを煩わしく思うことがよくあったのでした。ゼーゼマン氏は、娘の希望ならということで、何でも娘と同等に扱うことを条件に承知しました。ロッテンマイアも、しっかりそのつもりでした。 |
| ところがロッテンマイアは、初対面の日から、ハイジの身なりや躾が気に入りませんでした。8歳になっても字が読めないことが信じられませんでした。ハイジのおじいさんなら、身だしなみなど一通りは気にかけていたでしょうが、何しろ人の目に触れることを意識しない環境にいたのですから、かなり浮世離れしていたとしても仕方ないと思います。家の手伝いはできるようになっていましたが、学校には行かせてもらえず、村の子供が知っているようなことを知らずにいました。ましてや都会の名門の家のマナーなど、想像することもなかったでしょう。 |
| 名前をハイジと聞いて、洗礼の有無と洗礼名を訊きただすロッテンマイア。Heidi (ドイツ語読みハイディ)を、Heide (ハイデ/荒れ野、そして不信心者という意味も)と聞き間違えたという説も考えられますが、今まで聞いたことのない名前がだめでした。 |
| ハイジは洗礼のことは忘れたと言いました。教会に背を向けた暮らしをしているおじいさんのところにいた3年間というもの、ほんとうに聞かされていなかったのでしょう。洗礼のことを忘れていたことは褒められたことではないものの、いかに純粋な思いやりに溢れた生活をして来たかなど、ロッテンマイアには、知る由もなかったのでした。デーテが、ハイジの洗礼名は母親と同じアーデルハイトだと補足すると、ロッテンマイアは、それならいいと言いました。 |
| ロッテンマイアには、ゼーゼマン家で自分なりに守って来たスタイルがあって、ハイジはある一面が、そこから漏れていたということだと思います。その一面は、ロッテンマイアにとってはどうしても困るものでした。デーテと、ハイジについてもっと話し合いたかったのに、デーテはハイジを置いて帰ってしまったのでした。自分の発案からとんでもない子を引き取ることになったと思ったロッテンマイアは、ハイジを早急に望ましい形に教育しようとし、また、できることならスイスに帰したいと思うようになりました。 |
| ハイジは、ロッテンマイアによって、アーデルハイトと呼ばれるようになりました。いくらほんとうの名前だとは言っても、いきなり違う名前で呼ばれるのは、本人にとってはたいへんなことだと思います。ただ、一説によると、ハイジはロッテンマイアに洗礼名で呼ばれることで、そして、Adel (高貴な) heide (荒れ野)と呼ばれることで、いよいよ学びの時期を迎えたのだということが、暗に語られているとも考えられるそうです。ハイジの思惑とは関係なく、時はやって来ました。 |
| 長い旅から帰って来たゼーゼマン氏に、ロッテンマイアは、ハイジはクララさまにも迷惑をかけているということで、一部始終を話しました。ゼーゼマン氏は、真相を確かめるため、クララにハイジのことをどう思っているのか訊きます。ハイジに席を外させようと、水を汲んで来てほしいと言いました。ハイジは、ゼーゼマン氏に美味しい水を飲ませてあげたくて、家を出て遠くの泉まで汲みに行きました。コップ一杯の水のことで、わざわざ遠くに出かけた行動は、見方によっては馬鹿げていますが、ハイジの優しさは、ゼーゼマン氏には充分通じたことでしょう。クララの返事は、もちろんハイジにいてほしいというものでした。ゼーゼマン氏はロッテンマイアに、ハイジに親切にするように、そして変わった点を悪いと決めつけないように言い残して、仕事に帰って行きました。 |
| まもなく、おばあさまが滞在します。おばあさまは、ハイジの気持ちを汲んで、ハイジと呼びました。ロッテンマイアのことも敬称をつけずに呼んでいました。ロッテンマイアは、呼び捨てにされるのが気に入らなかったけれど、言えずにいました。このホームページでは、おばあさまに習って敬称をつけないことにしました。ドイツ語原文の他の箇所では、Fräulein Rottenmeier、野上彌生子訳「アルプスの山の娘」ではフロイライン・ロッテンマイアになっています。 |
| フロイラインは、英語のMiss にあたり、未婚女性への敬称ですが、ドイツ語に詳しい人によると、大抵は少女に使われる言葉で、大人の未婚女性には、既婚女性への敬称と同じFrau を使うことが多いとのこと。ロッテンマイアの年齢は出て来ません。かなりのおばさんになっている挿絵もありますが、ゼーゼマン家の留守を預かって、召使たちの監督をしているのですから、少なくても成人女性ではあると思います。19世紀には、大人にもフロイラインをつけることがあったのかも知れませんが、猫や亀に大騒ぎする一面や、ハイジに会うまで、本からのイメージだけでスイスの女の子を理想的だと空想していた一面も含めて、もしかすると、融通の利かないロッテンマイアへの皮肉が込められているのかなと思ったりもします。 |
| おばあさまが帰り、おばあさまにもらった本を読んで、ペーターのおばあさんやおじいさんを想って泣いてばかりいたハイジ。ロッテンマイアは、泣き止ませるために、これから一度でも泣くようなら本を取り上げると言いました。ハイジにとってその本は、優しいおばあさまにもらったものであり、故郷へ想いを馳せることができる大事なものでもあったわけです。本を取り上げられてはたいへんなので、ハイジは感情を封じる方法を覚えました。が、それは病気への第一歩でした。日に日に元気がなくなり、月日が経って、やがて夜ごと歩き回るようになりました。夢遊病です。医師のクラッセン先生の診断によると、ハイジの夢遊病とホームシックはかなり重症で、今すぐ故郷に帰るべきだということでした。生まれつきの体質が絡んでいるけれど、今すぐ帰ればすっかりもとどおり健康になるとのことでした。ハイジを追い詰めるほど、ロッテンマイアもたいへんだったということでしょうか? ハイジは、彼女の目の前で、故郷を想って心の痛みにじっと耐えていたわけです。 |
| クラッセン先生の話を聞いたゼーゼマン氏は、自分の家で苦しんでいた子供がいたのに誰も気づかなかったことに動揺しました。実際には、誰も気づかなかったのではなくて、召使のセバスチャンは、ハイジの食欲がなくて元気がないことを心配して、何かと言葉をかけていましたが、うまく行きませんでした。ロッテンマイアは、気づくことがあったのでしょうか? 別れの日、ハイジの古ぼけた赤いショールと、それに包まれたおばあさまにもらった本を奪って床に投げました。ゼーゼマン家から持ち出すのにふさわしくないということでした。ゼーゼマン氏の一言があって、ハイジは拾って持って帰ることができました。 |
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| おじいさんのもとに帰ったハイジが、身の回りを整理整頓するようになった話が出て来ます。ゼーゼマン家での躾はちゃんと身につけたハイジでした。この作品は決して、ロッテンマイアの被害だけを描いているわけではないと思います。 |
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| ゼーゼマン氏とおばあさまは、温かい人柄に描かれています。ロッテンマイアのゼーゼマン家での役割ですが、家事を取り仕切る「執事」ということです。仕事ぶり全体ではゼーゼマン氏とおばあさまの信頼を得ていたのだろうと思います。クララのこともちゃんと看護していたのでしょう。クララの病気が大事に至らないように、少しあくびをしただけで肝油を飲ませていたほどでした。しかし、いろんな場面で見られるロッテンマイアの過敏さから察するに、病気の種類によってはありがたい看護でも、クララの場合は自立の芽を摘んでいたとも考えられるかもです。フランクフルトで一番と言われる屋敷に住み、名門旧家として財を築いたゼーゼマン家の人は、大事なはずのクララの世話を人任せにしてまでしなければならないほど大事な仕事があったのでした。 |