家庭教師
 
 
 
 ハイジが思い描いていたのと違う子供だったロッテンマイアは、家庭教師の先生に、ハイジが字が読めないことを話して、ゼーゼマン氏に、教えられないと言ってもらえないか相談しました。スイスに帰したかったからです。しかし、先生は、逆にロッテンマイアを説得し、ABC(アーベーツェー)から教えようとします。一方的な判断をしてはいけないことを心得た先生だったのでした。
 
 後に、ロッテンマイアがハイジのことでうろたえても、ロッテンマイアに話を聞いたゼーゼマン氏が、ハイジのことを訊いても、きちんと、自分の考えを述べています。
 

 アーデルハイトは、確かに風変わりな面を持っているけれど、一方では、しっかりしているところもあるので、いろいろと配慮してあげれば、次第にバランスのとれた子供になるのではとのこと。

 
 しかし、文字を教えることには、四苦八苦しました。
 
 文字の形が分かりやすいように、「角」や「くちばし」など、ものにたとえることもしていたようなので、小さい子供を教えることには自信があったのではないでしょうか。しかし、ハイジにとって「角」や「くちばし」は、懐かしい山羊や鷹を思い出して、かえって気が散るのでした。
 
 ロッテンマイアから、ハイジのことを聞いたおばあさまは、字が読めないのは、ほんとうなのか確かめたくなりました。ハイジと二人だけで話すことにしました。先生には信頼を寄せていましたが、話の回りくどさが苦手だったのです。
 
 おばあさまは、ハイジの考えをきちんと聞きました。ハイジが字が読めないのは、思わぬところに原因がありました。ペーターが言っていたことを真に受けていたのでした。
 
 おばあさまは、ペーターの言うことを何でもそのまま信じることはないと言いました。それでも字は難しいというハイジに、今度は、自分の言うことを信じるように言いました。スイスから来た女の子にと、持って来ていた絵本が役に立ちました。緑の牧場、動物たち、羊飼い。ハイジは、驚きました。故郷を想う今、何よりの絵本だったのです。しばらく泣きやむことができなかったほどでした。どんな話が書かれているのか、知りたいのは、もちろんのことでした。
 
 おばあさまは、ハイジの元気のなさにも気づいていて、ある日、話を聞き、お祈りを勧めました。よくしてもらっているゼーゼマン家の人に、帰りたいとは言えず、ひょっとすると、一生帰れないのかも知れないと思っていたハイジでした。おじいさんのところに帰して…。神さまには、ほんとうの気持ちが言えました。おばあさまは、神さまは、きっと助けてくださると言っています。お祈りを覚えたことも、向学心に結びついたのかも知れません。
 
 一週間ほどして、先生からおばあさまに、ハイジが読めるようになったという知らせがありました。先生の話では、今までどんなに努力してもだめだったのに、努力を一切やめにして、文字をそのまま差し出したところ、あっという間に読めるようになったということでした。
 
 それを聞いて、おばあさまも大喜びだったけれど、新しい向学心と新しい教え方が一緒になったのですわと言っただけで、自分が一役買ったことは言いませんでした。ハイジの思いがけないつまずきを見つけることができなかった先生。子供の話を聞くことが抜けていたのでしょうか。ハイジのケースのような就学以前のつまずきには、おばあさまのような助けが必要だったのかも知れません。
 
 思いがけず活躍した牧場の絵本ですが、新しくゼーゼマン家の家族になった女の子への、おばあさまの温かな思いやりを感じます。この絵本は、実は、聖書にある放蕩息子の話。ハイジは何度も読み、宝物になりました。おばあさまは、何度も説明を施したということです。この絵本は、故郷に持ち帰った後も活躍することになります。
 
 
 
 
素材 MIDI みんなにないしょ
 
(2006.2.1. up)