07..12    13号  

 

グロバリーゼーションに対抗するユニバーサリーゼーション

今、世界的に進行している事態をグロバリーゼーションということばで端的に表せます。そして、それに対抗する運動はかつては反グロバリーゼーションということで表していました。ただ、これだと、単に歴史の歯車を逆に回すだけではないかとか、差別をなくしていく普遍的活動を否定するのかという批判もでていました。そこで、スーザン・ジョージあたりがオルター・グロバリーゼーションという概念を持ち出しました。「もうひとつのグロバリーゼーション」という訳になるようです。でも、これでは対抗軸がはっきりしません。

そもそも、グロバリーゼーションと言われていることは、そもそものことばの意味からして普遍化という意味ですが、現在的な意味では、「世界資本主義的グロバリーゼーション」「新自由主義的グロバリーゼーション」「競争原理主義的グロバリーゼーション」「<帝国>的グロバリーゼーション」ということで表しえるのではないかと思います。

「文明的な生活を普遍化する」「豊かな生活を広げていくのだ」という幻想をふりまきながら、環境破壊などを伴いながら収奪の中で格差を広げ、差別を拡大再生産していく構図がはっきりしてきています。

では、それに対抗する運動をどう表しえるでしょうか、環境破壊ということだけを問題にし、文明の否定という脈絡の運動に走るならば、反グロバリーゼーションでいいのですが、貧富という格差をなくしていくとか、豊かさを追求するとか、差別をなくしていくという意味での普遍化を否定しないならば、反グロバリーゼーションということばでは表せなくなります。もちろん、「何をもって豊かというのか」と問う必要があります。そこで、グロバリーゼーションに対抗する運動を前述したようにオルター・グロバリーゼーションということばで表しても、中身が伝わりません。カウンター・グロバリーゼーションということばだと少しは対抗しているということは伝わりますが、それでも中身が伝わりません。

ここで、わたし(たち)は、ユニバーサリーゼーションという造語を作ったらと提起します。語学を苦手にしているわたしにはよく分からないのですが、ユニバーサリーゼーションということば自体はすでにあるのかも知れません。それはグロバリーゼーションと同じような意味なのかも知れません。ただ、「障害者運動」の中で語られてきたユニバーサル・デザインということばがあります。そもそもは、「視覚障害者」も一緒に遊べるおもちゃ作りということの中で作られたことばのようですが、それがバリア・フリー、障害の除去という意味で普遍的に使われだしています。それをもう一歩踏み出して、差別の除去という意味での普遍化として、ユニバーサリーゼーションということばを使おうという提起です。

書き言葉で、もう一つ伝え切れません。こういう場合には、手話という言語の方がイメージがつかみやすいようです。聴者が手話を作るというのは、当事者性を踏み外すと批判されることですが、容赦願って、書きおきます。

「世界を抑圧的に上から覆う」ということでグロバリーゼーションが表せるとしたら、ユニバーサリーゼーションは「世界を下から湧きあげるように覆す」という表現になるでしょうか?

ユニバーサリーゼーションの中身を問い返しつつ、ユニバーサリーゼーションが「世界を救う」−新しい世界を生み出すと言いえることではないかと思うのです。

                         (み)

 

 

たわしの読書メモ(10

・熊野純彦&吉澤夏子編『差異のエチカ』(ナカニシヤ出版)

熊野さんらの編集による気鋭の哲学者・倫理学者との共著。熊野さんがイントロで全体の構成を書いています。T部は現代哲学との対話を通したエチカ−倫理に関する論考。アドルノ、ドゥールズ=ガタリ、ラカン、レヴィナス、ハンナ・アーレントと出て来ます。吉澤さんがフェミニズムの「個人的なことは政治的なこと」というテーゼに関して、ハンナ・アーレントの話を持ち出して、「社会」という概念が個人の抑圧になるという話を出しています。西欧の個人主義における自己決定の問題ともからんでくるのですが、それは社会の物象化というところでのとらえ返しの問題として整理できることではと思うのですが、吉澤さんの他の著書にも当たってみたいと思います。

U部はバイオ生政治とも言うべき論考、自然と環境についての論考、物語り論の論考。バイオ政治に関しては反障害論の立場でちょっと危うさを感じました。別稿でコメントしています。自然と環境についての論考については、もう少しマルクスの物象化概念からの対話として整理できるのではと読み込んでいました。環境という概念で自然と社会を含めていくということですが、マルクス&エンゲルスが「自然化された歴史」「歴史化・社会化された自然」というあたりで整理していたこととの対話が為されているとは思えませんでした。そもそもマルクス的な意味での物象化やWHOのICFでの、混乱した環境概念の突き出しの批判もからめて、わたしとしてはこの論文の批判を一度きちんと書いてみたい気もして、何か物足りなさを感じていました。物語り論は構成していく歴史というようなこととつながって面白さを感じていました。

V部は交換と贈与、市場を巡る権力、レヴィナスの正義論に関する文献的とらえ返し、テロと暴力に関する論考となっています。最初の二項は、廣松さんの流れで『資本論』を物象化論として読み解く作業をしたものからすると、やはり物足りないと感じざるを得ませんでした。編集者の熊野さんもそういう作業をしたはずなのに、何も提起しなかったのだろうかと思ってしまいます。

倫理というところでの哲学的なところへの掘り下げ・展開というような主題なのですが、倫理ということに関して違和が晴れません。全体的にはいろいろわたしが勉強し落としていることでそれなりに勉強になったのですが、そもそも廣松物象化論から差別論、差異論を展開しようというわたしの立場からすると、「差異」ということ自体がどこから出てくるのかということが抜け落ちているととらえてしまいます。

・岡本裕一朗「「バイオエシックス」から「バイオ政治=倫理学」へ−「ポスト人間時代におけるヒトと人格−」(熊野純彦&吉澤夏子編『差異のエチカ』ナカニシヤ出版所収)

 上記の本の中のひとつの章を形成しています。筆者はバイオテクノロジーの進行ということの事例を出しながら、それは子どもを救いたい、子どもを作りたいという欲望に根ざしているのだからそれは否定しようもないという論考に陥っているようなのです。だから、「リベラルな優生主義は否定できない」というような内容に陥り、選択権の問題という陥穽に陥っています。

二つの問題があります。ひとつは差別の現状の中でバイオテクノロジーということは優生思想の中でおこなわれているという差別の構造のおそろしさ、これを進めていくと、ひとが作ったものはヒトではないから、その「もの」を自由にしても構わないということが生み出されていくこと。もうひとつは、「健全者幻想」と言われていることの批判の中身の問題です。「健全者幻想」批判というのは二つの内容があるのではわたしは押さえています。ひとつは、そもそもひとは危うい生を生きている、完全なるヒトなどいないし、標準的人間像を思い描くこと自体が誤り−幻想だという主張。もうひとつは「障害はないにこしたことがない」という思い込みです。そして、この「健全者幻想」なるものとつながって優生思想というものがあるのですが、それを自然なひとの願望としてとらえてしまっています。優生思想というものは、自然的な欲望ではありません。

このあたりのことは、立岩さんが「障害はないにこしたことがない」という文などで問いかけているし、わたし自身がずっと、テーマにしてきたことです。それを物象化として批判してきました。そして、自己決定論の危うさ、ということも被障害者の間では散々議論されてきたことです。このあたりの論考というのは、筆者には届いていないようです。でも、たとえば、歴史的相対性を巡るフーコーの研究や、フェミニズムの母性神話に対する批判などをとらえるだけでも、もう少し掘り下げが出来るだろうとにとわたしは思ってしまうのですが、・・。

・マイケル・オリバー『障害の政治』(明石書店)

 イギリス障害学をリードしてきたオリバーの主著の翻訳です。ずっと前から、誰かが翻訳に取り掛かっているという話があったのですが、やっと出てきました。

原書が出てから16年の歳月がたっています。もはや、パラダイム転換をはかろうとした研究・運動の古典というような位置づけになるのではと思います。

オリバー−「イギリス障害学」に対する批判としてimpairmentを括弧にくくってしまったという批判があったのですが、一応「なぜ、障害が浮かび上がるのか」ということを問題にしようとしています。そういう意味で一応impairmentを問題にしているとは思うのです。そして、イデオロギーが自然的なものとしてとらえられるという観点などはまさにマルクスの物象化論の影響をうけた立場から共鳴していました。ですが、今ひとつ、認識論的な掘り下げがないところで、結局impairment自体をきちんととらえ返せているとは言いがたいことになっています。

「障害の医療化」というところでの、細菌学の持つ意味のとらえ返しからリハビリテーションの医療というところへの変遷というとらえ方。スティグマ論。他の差別と重なることのとらえ返し、そのあたりは共鳴することがありました。

ただ、「経済的剰余がない中では障害者が生きられない」という論考や、「依存」ということへの批判的な突き出しにはちょっと違和を感じました。ちょうどこの書が出されたのが「社会主義国家」の崩壊の中で、マルクスの再評価がなしにくい時期、その後の新自由主義的グロバリーゼーションへの批判や、インクルージョンの突き出しや、所得保障の運動や議論などの隆起など、そして、「依存」という概念での分析はそれなりに鋭さを持っているのですが、新自由主義的グロバリーゼーションが進行し福祉の切り捨てが進む中で、もう少し深化したとらえ返しの必要もあると思います。現在的にオリバーがどのように理論を展開していくのか、そしてオリバーの理論をわたしたちがどう発展させていくのかということを考えねばなりません。そして、「障害の医療化」ということが現在的にバイオテクノロジーのヒトへの侵略というような事態を迎えているわけですから、オリバーのテクノロジー批判を現在的にとらえかえす必要もあるわけです。

オリバーの突き出す「新しい社会運動としての障害者運動」というとらえ方、そしてその四つの特徴(わたしなりに整理すれば、「個人の問題」をきちんととらえ返した当事者の主体性を大切にした運動、「社会」への根源的な批判、ものとり主義を問い返すこと、国境超えた反差別運動との連帯)として突き出していることは、まさに「障害者運動」のユニバーサルな性格を突き出しています。オリバーの突き出しは日本における「青い芝」の突き出しに重なるものがあります。クラムシのヘゲモニー論を援用したという反の突き出しは、「青い芝」の「問題解決の道を選ばない」ということに通じているし、絶望の中からきちんと反として突き出すということ、そして「エリート障害者」の機会均等的な社会参加路線ではないユニバーサル運動の性格を突き出してもいるのではないでしょうか?

訳者自身も書いているように、‘障害’ということばをめぐっての「障害学」の混乱的状況の中で訳が整理されているものとは言いがたいです。イギリス障害学の文献がちっとも出てこない情況も含めて、いまさらながら語学力のなさを悔やんでいます。

この本の書評は、わたしが今回から始める反障害運動・理論の基本文献のひとつとして、再読したときに改めて書きたいと思っています。

・横塚晃一『母よ!殺すな』(すずさわ書店)

 書評でコメント

 

・亀井伸孝『アフリカのろう者と手話の歴史 A・J・フォスターの「王国」を訪ねて』(明石書店)

 アフリカのろう教育というと、まずヨーロッパや日本よりも遅れているというイメージを持ちがちなのですが、実は、そうではないというお話です。

 ヨーロッパや日本では口話主義が一時ろう教育を支配してしまったのですが、アフリカを分割したヨーロッパ諸国は植民地のろう者の教育に取り組まなかったので、空白地帯になっていた、そこにアフリカ系アメリカ人のアンドリュー・J・フォスターがキリスト教の布教とともにアメリカ手話をもたらした、そこではアメリカ手話から派生した手話ということでろう教育を生み出し、多くの人材を輩出していったということです。

この本ではアフリカの手話の歴史、ろう運動の現状、ろう教育について、細かく分析しています。更に中西部については現地へ飛んでの、文化人類学的基礎的な観点をはっきりもったフィールド・ワーク、フォスターの故郷のアメリカ合衆国への取材も通して、実に細かい分析をしています。これを読めばアフリカのろう者−ろう教育の現状が良く分かります。

そして、かつてフランス植民地であったアフリカ中央西部の国においては、アメリカ手話と現地の国語であるフランスの音声言語との融合したフランコ・アメリカ手話と名づけられた手話が生み出されたという話なども興味深く読めました。

 さて、この本はアンドリュー・J・フォスターの伝記として読んでも、実に精力的な魅力的な人柄が伝わり興味深いのですが、著者は更にそれだけにとどまらず、ろう教育がどうあるべきかという彼の観点をはっきりもって、この本を書いています。

文化人類学的な倫理から、現地にもろう者のコミュニティが存在してそこでも手話があったわけで、その手話での教育や現地の多くの言語があり、その言語と融合した手話の創出ではなく、なぜアメリカ手話と旧宗主国のヨーロッパの音声言語との結びつきなのかという問いかけをしています。それはフォスターが布教活動とセットにしたろう学校の設立をなそうとした作業言語としてアメリカ手話をとりいれたこと、そして余りにも多民族国家であるがゆえに、共通言語として旧宗主国の言語を公用語としてもちいていた歴史性の指摘もしています。そして、フォスター自身がアメリカ的な開発的なところでアフリカにはいっていた、わたしサイドの言葉で言えば効率主義的なところで、教育を考えたところにあるのではと思います。

フォスターは中西部を中心につぎつぎにろう学校を作っていったのですが、それが成功したのは、フォスターがアメリカでアフリカ系として差別を受けたがゆえに、そしてアフリカ系として現地で受け入れられやすかったこともあったのではという指摘もありました。そもそも、アメリカにおいてまだ当時は、「白人」と「黒人」のろう学校が分けられていた中で、「白人」のろう学校が口話主義に支配されていた中で、「黒人」のろう学校は差別されているがゆえにその口話主義支配が及んでいないがゆえに、手話で教育がなされていたという事情もそこにはあったようです。

 さて、著者は文化人類学者として、その国の、その地域の、その部族の言語が尊重されねばならないというテーゼから、言語支配の問題を指摘しつつ、そのことを紋切り型ではない、現実的な動態の中でとらえねばならないなという指摘をしています。

 このあたりの議論は、グロバリーゼーションに対する論争に似たものをわたしは感じています。かつて、グロバリーゼーションということに反対することとして、反グロバリーゼーション運動という表現がされていたのですが、スーザン・ジョージなどの突き出しにも見られる普遍化ということ自体を全否定できないとして、オルター・グロバリーゼーションという突き出しや、グロバリーゼーションの中身を問い、「新自由主義的グロバリーゼーション」「競争原理主義的グロバリーゼーション」「<帝国>的グロバリーゼーション」に反対するもうひとつの(オルター)という選択のような突き出しが為されています(わたしは「ユニバーサリーゼーション」という造語を提起しています)。いわば、中身の問題として普遍化をとらえ返すという提起として、この著書での著者の提起とつながることではないかと思います。フォスターが当時のトータルコミュニケーションというところで、当時の音声言語対応手話的なところの域を脱しなかったところの歴史的限界を押さえたところで、現在のバイリンガル教育ということを押さえた、今後のろう教育のあり方のようなことも含めて著者は、今後の議論の出発点へと、このアフリカをフィールドワークの地にしたこの著を世に出したようです。現地のろう者たちが、もうしばらくたってフォスターの評価を再度しなおすこととしてあるのではとも思っています。

・しみずよりお『聴覚障害者が見たアメリカ社会――障害者法と情報保障』(現代書館)

 「発達心理学」をやっている著者はその勉強とアメリカ障害者法の現実がどうなっているか知りたいとアメリカ留学を果たします。その中で講義保障−情報保障を求めて精力的に動いていきます。ノートテイクでは日本よりもひどいという話が出て来ます。ですが、この本を読みながら知り合いの通訳者にその話をしていたら、そもそもアメリカと日本ではノートテイクの位置づけが違うとのことです。アメリカでは手話での通訳がメインで、その通訳を見ながらメモができないので、ノートテイクが入るという位置づけです。著者も手話に対するろう者の誇りのようなことを気付いたようですが、でもそもそも一人ひとりのニーズに合わせた情報保障が必要というところでの批判は的を得ています。結局、そのような内容をもったリアルタイム・キャプショニングというものを得ます。これはどうも今日本でパソコン通訳といわれていることに通じるようですが、これが実は日本でも裁判での速記に使われていたという話、そしてその裁判での速記が、テープの聞き取りという形で外部に委託されることになっているという話、その損失が大きいという話につながります。

アメリカと日本の文化や仕事のシステムの違いで、衝突が生じていくさまなども描かれ、アメリカ障害者法が州の自治ということを巡って危機にさらされているという話も出て来ます。結局は、アメリカのそれなりの先進性は認めつつも、理想的な状態には程遠い、まだまだ現実のせめぎあいが必要という話に落ち着くのでしょうか? アメリカ社会と日本の価値観の違いなども含めて、アメリカの、とりわけ「聴障者」のおかれている現状を、ひとつの立場から記したものとして貴重な資料になるのではと思っています。

 さて、蛇足になることを恐れつつ、もうひとつ書き置きます。それは、この著者がアメリカの文化的なこととして、「サクセス」ということを出してきています。その言葉に関するコメントは著者はっきりは出していないのですが、わたしはまさに、この言葉が、アメリカ文化、そしてADA法も巻き込んだ論理になっているのではないかと思うのです。これは、差別的関係そのものを問題にし、そのことを失くしていくのではなく、結局差別されるのは嫌だ、差別する側になりたいということに収束してしまうのではと、わたしは、以前からADA法の批判をしているのですが、まさに、そのキーワードとして、この言葉があるのではと思っていました。

 

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書評  反障害運動のための基礎文献@

横塚晃一『母よ!殺すな』(すずさわ書店)

                           三村洋明

 日本において、それまでの親や教育関係者、施設関係者を中心とした活動、しかも「愛される障害者」像を大きく転換し、新しい「障害者運動」を生み出した、青い芝の活動の、理論の、精神的支柱の軸としていた横塚晃一さんの著書です。

 青い芝は行動綱領(注1)を突き出しました。それに対してさまざまな批判がなされています。そして、親による被障害者の子殺しに対して、「厳正な裁判を」と要求していったことに対する批判もなされてきました。ですが、当時の「愛される障害者」像の中で、被障害者のおかれた情況を考えると、まさに、絶望の中からすべてが始まるというような運動だったわけです。実際、この本の後半に掲載されている「さよならCP」という自主映画の上映会をやっていく中で生じた衝突というのは、まさに絶望的なことを感じてしまうことだったのですが、・・それでも横塚さんは絶望に留まることのない精力的な活動を続けていたことがこの本からも読み取れます。

青い芝の運動の特徴は、まず第一に、まさに「重度」といわれる被障害者の存在をベースにして活動していたこと、それで「労働は悪だ」とか、「介助を受けるとき腰を上げるのも労働だ」というような提起をしていったわけです。そして第二に「健全者幻想」ということを問題にし、差別を告発ししようとしていることです。そして、「社会参加」ということ自体をとらえ返しながら、「健全者幻想」に取り込まれることを批判していました。第三に、彼自身が、己を見つめる姿勢をつらぬいていたことがあります。冒頭の子どもが生まれたときにおもわず「健全者」かどうかを見てしまう自分ということを見つめることから始まり、「健全者」に近づけない自分ということを見つめ(さよならCPという映画自体がそのような観点を持って作られたのですが)、己自身の「健全者幻想と」いうことをとらえかえす姿勢がありました。第四に横塚さんのとらえ返しには、まさに既成の考え方にそのままとらわれないで、既成の考え方自体をとらえかえす姿勢があり、哲学的な意味深い捕らえ返しというものが感じられるということです。本人は、そのようなところには踏み込んでいないのですが、まさに実体主義批判という内容でのパラダイム転換的な話がこの本の中でもいくつか出てきています(注2)。さらに第五に労働運動や当時の新左翼運動に対する批判の観点をきちんともって、鋭い指摘をしていました。

彼は42歳という若さで病に倒れたのですが、彼が生きていたら、日本の「障害者運動」がもう少し大きなうねりを持ちえたのではないかと思わせる、そのくらい傑出した存在だったのではないかと思ったりしています。

いくつかの引き継いで深化させるべき課題というようなことも指摘しておきたいと思います。まず第一に、これはわたしが以前から指摘しているのですが、鶏の突っつきということをひとのヒトとしての差別にからめとられていく必然性というようなこととして出していること(注3)、それは「ひとの有史以来のエゴイズム的な存在」というような突き出しにもつながっています。そして、親に対する批判もむしろ軸を親を取り巻く人たちの減刑運動をする人たちの批判への矛先を向けることではなかったかと思うのです。そのことは後に青い芝の中でも議論になっていたようですが。

横塚さんは、介助者手足論というようなことも出しながら、それは道具的なニュアンスを持ってしまっていたわけで、それはもう少し整理する必要があったとは思います。むしろ自らそのことを超えることとして「心の共同体」というような突き出しもしていました。横塚さん自身が単なる道具としてとらえることではなかったのではないでしょうか。介助記録「はやく、ゆっくり」などを見ると介助者がきれることのない、魅力的なひとだったのだろうと伝わってきます。

この本の後半に付けられた上映会運動での議論はまさに時代の息吹ということを感じていたのですが、今「障害者運動」が「社会参加」的なところに収束し、「機会均等」などという、障害の問題がどこにあるのか押さえられないような、そして被障害者が分断されていく現状は、青い芝の鋭く提起していたことが、そして議論されていたことが深化しえないのみならず、風化していったことにあるのではないでしょうか?

前号で取りあげた「はやく、ゆっくり」という提起も含めて、この本で、そして色んな場で横塚さんがラジカルに提起したことを、今改めてとらえかえす必要があるのではと思っていました。

この本は絶版になって久しいのですが、ぜひ再刊して欲しいと願っています。

(注)

注1 

本号「反障害原論」の(注1)に転載。

注2

「一体一般世間などというものが実体として、固定した存在としてあるのだろうか。私に言わせればそんなものはありはしないのだ。」(75P)

「人間というものがあり、人間という言葉ができたのだと思われるが、一旦言葉ができてしまうと、言葉によってものが規定されるのである。そしてそれは常にあるものをその類から排斥することによって成立する。」(127P、強調は原文は下線でなく傍点)

「障害者自身の自己というものはないんだ。」(147P)

(「障害者と健全者の関係っていうのはどういう関係であったらいいと思われますか。」という質問に答えて)

「どういう関係であるかというと、一つにはお互いの違いを認め合うことでしょうね。それからやっぱり違うということでは困るわけ」(162P)

 [これらの提言へのわたしの対話]

「障害者自身の自己というものはないんだ。」というのは、「健全者幻想」にとらわれしまうところで、という意味ですが、「健全者幻想」のみならず、ひとが「幻想にとらわれるところでの、実体主義的な「自己」を設定できないということに、拡大できるのではないでしょうか。

 最後の文は、わたしはむしろ、互いの違いを認め合う以前に、なぜ「違い」として浮かび上がるのかという問いかけにつながるのではないかと思っています。

注3

 「鶏の突っつき」は、横塚さんが以前鶏を飼っていて、その中で、最も弱い鶏をみんなで突っつく、そしてその鶏が死んだりすると、次に弱いものが突っつきにあうという話です。この話を、動物−ヒトを貫く差別の本性、人間のヒトとしてもっている本性−自然性というようなところにつなげてしまっているのですが、そもそもは「非自然的に」囲われたところで起きていること(囲うという行為が差別につながることでもあるのですが)、それを「自然的」ということとして持ち出すことの問題性や、他の動物ですべてにおいて序列的なことが起きているわけでもありません。今西錦司の「すみわけ理論」やサルの研究においても色んなパターンがあります。この人間の本性としての差別というとらえ方が、「青い芝」の「共生の否定」につながるような活動に落とした影というようなことも感じています。勿論、彼らはそこでニヒリズムに浸ってしまったのではなく、「絶望からすべてが始まる」というような反攻の活動をしていたのですが、・・。

 

HP更新通知・掲載予定

◆「反障害通信13号」アップ(07/2/12)

障害とは何か?障害者とは誰か?

    ―架空対談から、書き込み・協同作業による構成―(07/2/12)

 

反障害原論−障害問題のパラダイム転換のために−(11)

                         三村洋明

第4章 「障害者運動」に関わる理論・思想(次回以降に)

第1節 優生思想−「健全者幻想」

第2節 発達保障論

第3節 WHOの障害規定の紆余曲折

第4節 ADA法−差別禁止法

第5節 「イギリス障害学」

 

第5章 反障害運動論

(はじめに)

  これまでに障害問題のパラダイム転換について語ってきました。従来の医療モデルでは、「障害者運動」という形で語られてきたことは、パラダイム転換されたところで反障害運動として突き出しえるだろうと思います。ただ、現在的にそのようなパラダイム転換が理論的にはほとんどなしえず、その理論を実践した反障害運動も始動しえているとはいえません。従って、過去と現在の運動を語るときには‘「障害者運動」’ということばを使っていくことになります。これからのパラダイム転換という内容をもったこれからの運動を語るときにのみ、‘反障害運動’ということばを使うことにします。

最初に、第1節で過去の運動のとらえ返しをします。第2節で被障害者を取り巻く情況分析をし、第3節で反障害運動の方向性の提示をします。

第1節 過去の「障害者運動」の概観

60年代の後半までの「障害者運動」は、実は「障害者」の運動というよりは、家族や教育関係者、研究者の運動という性格が強いものでした。それも、「愛される障害者」像に基づく、慈悲と恩恵にすがるという性格から抜け出せる運動というのは少なかったと言い得ます。盲人、ろう者の運動は、当事者が中心になったそれなりの権利獲得闘争という性格はあったにせよ、その他の運動はそういう「愛される障害者像」から抜け出せないでいました。

そしてそういう中で、研究者・教育関係者・親・施設の職員などが一部被障害者を巻き込んだ全国障害者問題研究会という団体が発達保障論を出します。(発達保障論に関しては後述)

70年代に入り、当時の教育学園闘争や、反戦青年委員会運動という大衆運動のインパクトも受ける中で、青い芝がその会の性格を変える中で登場してきます。青い芝は親の「障害児」殺しに対して、「厳正なる裁判を」という要求をなし、交通機関から車椅子での乗車へ拒否される中で、バスへの乗り込み闘争、優生保護法改悪反対闘争、そして、「さよなら、CP」の自主放映活動というかたちで、鋭い提起をしていきます。その過程で突き出した行動要綱(注1)は衝撃的なものでした。

その行動綱領は、「絶望からすべてが始まる」というサルトル発という提言を思わせるような、ラジカルなものでした。

また、施設や家族のもとから飛び出して自立生活を始めるという生をかけたラジカルな活動の中での提起でした。

76年には全障連が結成されます。そこにいたる過程で、新しい「障害者運動」の流れが形成されました。その運動の理念の軸を3つのこととして表しえます。反差別、代行主義の否定、発達保障論批判です。

反差別ということを巡っては、優生保護法改悪阻止闘争を巡る女性団体との共闘等の中で、フェミニズムの突き出す「生む自由−生まない自由」との衝突でラジカルな論争も起きていました。代行主義の否定に関しては、親が「障害者」にとって抑圧的になる、そして、親の子の「障害者」殺しに端的に現れるように、まさに敵対者、抑圧者として現れる構図をとらえながら、自分たちのことは自分たちで決めるという突き出しの仕方をしていきました。

発達保障論批判は、全障研という研究者・教育関係者・施設管理者・親などを軸にする団体が、「発達の弁証法」なるものをもって、標準的人間像を描き、そこへ一歩でも近づける、発達させることが周りのものの役割だとして、「障害の否定性」の論理に絡めとられる中で、抑圧者となって表れてくる構図をとらえ、告発していきました。その発達保障論批判は「障害はわたしたちの個性である」という障害個性論という形で突き出されていました。(注2)

それらの提起は極めてラジカル根源的な問いかけでした。その運動は、学生反乱の時代の終焉と、労働運動が「弱者救済国民春闘」と名をうった、自らの抱える問題を差別の問題としてとらえられない、そして他の差別の問題とつながりが見出せない労働運動の労使協調路線への飲み込まれの中で、「障害者運動」は生活保障の運動に集約されていきました。

そして、その運動のラジカルさも継承されているとは言いがたい情況になっています。

80年代以降に「障害者運動」に関わって来たひとからすると、「国際障害者年」とその後の10年での国連での動きや国際的な「障害者運動」のインパクトを受けて日本の「障害者運動」は進んでいるというようなとらえ方をされる現実も出て来ます。

さらに、「愛される障害者」像の復活、「障害」別への分断、機会均等派への飲み込まれというような情況が生まれ、日本の「障害者運動」は世界的な「障害者運動」の波及を受けた日本国家が「先進国」としての対面を取るための法整備にあわせて、要求を出していくという情況に陥っています。

 なぜ、そのような情況に陥ったのでしょうか?

 ひとつは、全体的な運動の衰退の中で、生活保障の問題として現実的要求闘争に収束してしまったということ。もうひとつは情報障害の問題。教育からも排除されていき、自分たちの抱えている問題をきちんと整理していく力をもったひとが出てきにくい、そしてコミュニケーション障害の中できちんとした議論がなされないという情況もあったわけです。そして差別の中で他の反差別運動との接点をなかなか持ち得ない現状もありました。さらに、理論的整理をしていくものも出てきませんでした。

 理論的整理とは何か、それはまず、そもそも「障害とは何か」という整理がなされなかったこと、障害問題をトータルにとらえられなかったこと、他の差別からの演繹、特に先進的な性差別からの反差別論の演繹展開がなしえなかったこと。さらに反差別論自体の貧困な情況もありました。

 もうひとつは、介助を必要とする被障害者にとって、介助を恒常的に得ること自体が闘いになっているという現実があったことです。そして「障害者基礎年金」などわずかなりとも生活保障がなされた、そして、一部介助の保障を勝ち取ったとはいえ、そこに運動が収束させられたということもあるのではないでしょうか?

 さらに、「健全者幻想」への被障害者のとりこまれの問題も起きています。福祉政策の前進や「国際障害者年」のスローガン「完全参加と平等」ということが、被障害者にも幻想を与えたということがあります。で、欧米の「障害者差別禁止法」が差別をなくしていくという幻想をもたせたこともあります。これは、そもそも「機会均等」なることが「被障害者にも競争する機会の均等を」という、被障害者を抑圧する論理でしかない競争原理にとりこまれたことがあります。そのあたりの障害差別の根源的なとらえ返しの欠落や、差別形態論の欠落から相対的排除を差別としてとらえきれなかったという、理論面での貧困にも起因することです。

第2節   被障害者をとりまく情況

現在、世界的な資本主義的グロバリーゼーション、新自由主義的競争原理主義的グロバリーゼーションの進行の中で、「福祉国家」という幻想から、生きること自体が更に脅かされる情況に総体的に引き戻されてきています。

被障害者も、労働力として組み込みえるかどうかで、分断していく構図がはっきりでています。インテグレーションをなすのは、労働力として組み込みえるものだけ、組み込み得ないものは、分離するという流れが形成されつつあります。

「障害者運動」自体も、「障害者の社会参加」ということに焦点をあて、兎も角「参加できる障害者から」という論理なのか、「エリート障害者」を基準にした運動に陥っています。他は恩恵と慈悲によって生き延びさせられるということになる分断の構図に絡め取られています。それが「機械均等法としての差別禁止法」つくりの中に端的に現れています

画期的といわれたADA法自体もアメリカ文化の「サクセス」の幻想にからめとられた法律であり、「わたしたちは差別されるのは嫌だ」ということから、「差別する側になりたい」ともいえる論理に絡め取られている現実があるのではないでしょうか?

「欧米の障害者運動−福祉は進んでいる」といわれてきたのですが、果たしてそうでしょうか? むしろ近代的個我の論理にとらわれている欧米では、自己決定の論理にとらわれ、自己決定をしうるもの−できないものというところで(そもそも「自己決定とは何か」という問題を欠落させたところで論理が進んでいるのですが)、できないとされるものの排除の論理は貫徹される社会ではないかと思うのです。「福祉国家」スウェーデンで、「知的障害者」に対して断種ということがなされていた、「福祉の先進国」デンマークで、「安楽死−尊厳死」の法律が作られていく、ということにもそのことは端的に表れています、

更に、被障害者のみならず、雇用の多様化ということで進んでいる「勝ち組−負け組み」の論理があります。「負け組み」とされる若者の閉塞状況は生きることの困難さを呈してきています。

格差は一国の中にだけ起きているのではありません。グロバリーゼーションの進行の中で、政治経済の仕組みとして収奪していく構造が激化し、債務拡大という形で、多くの国の人々が更に生きていくのが困難な情況に追い込まれていく現状もあります。

また、地球温暖化ということも競争原理主義のもたらした害悪として地球を覆い、より弱い立場におかれている人たちの生きる条件を更に困難にし、「人類の滅亡の危機」という言葉が現実味を帯びてきている現実があります。

そういう中で「障害者が生きやすい街−社会はみんなが生きやすい街−社会」というテーゼのように、すべての閉塞状況を突破していく運動の軸に、最も弱い立場におかれているがゆえに、逆に開き直ったところで強さをもっていく運動として反障害運動があるのではと思うのです。

第3節 反障害運動の方向性−新しい流れを生み出すために(次回以降)

 

(注)

注1

われらが生きるために

一、われらは自らがCP者であることを自覚する。

 

われらは(*)、現代社会にあって「本来あってはならない存在」とされつつある自らの位置を認識し、そこに一切の運動の原点をおかねばならないと信じ、且つ行動する。

 

一、われらは強烈な自己主張を行なう。

 

われらがCP者である事を自覚したとき、そこに起るのは自らを守ろうという意志である。

われらは強烈な自己主張こそそれを成しうる唯一の路であると信じ、且つ行動する。

 

一、われらは愛と正義を否定する。

 

われらは愛と正義のもつエゴイズムを鋭く告発し、それを否定する事によって生じる

人間凝視に伴う相互理解こそ真の福祉であると信じ、且つ行動する

 

一、われらは問題解決の路を選ばない。

 

われらは安易に問題の解決を図ろうとすることがいかに危険な妥協への出発であるか、身をもって知ってきた。

われらは、次々と問題提起を行なうことのみわれの行いうる運動であると信じ、且つ行動する

           (横田弘『障害者殺しの思想』(JCA出版))

(*)ここは引用した本では「われは」となっています。横塚晃一さんの本では「我ら」となっているし、文脈として脱字として直しました。

 

注2

「障害個性論」は「障害者が障害をもっている」という医療モデルの枠から抜け出せていません。また、「実体−属性」としての「属性」としての「個性」というとらえ方になっていて、古いパラダイムの枠内にあります。ただ、それから抜け出そうとしていたことははっきりとらえられます。個性論と発達保障論での論争は、全障研の発達保障論者が、全障研と支持協力関係にある日本共産党の機関誌「前衛」に個性論を主張する人たちを「障害者運動の撹乱者」として批判する論文を掲載しました。また、分離教育そのものである「79年養護学校の義務化」の法律施行をめぐって、全障研はその法律の推進者として現れました。

後に、その発達保障論を推進してきた流れの人たちからも、「障害は個性である」という主張をする人たちが出て、発達保障論の破綻は明らかになっていますし、分離教育批判は、世界的な流れになっています(ろう教育は別だという主張はあるので、そのことへのコメントを挟まなければならないのですが、別のところで書いているのでここでは省略します)。一応、過去の論争を少しは自己批判的にはとらえ返しているようですが、発達保障論は優生思想と結びついていることで、現在社会の根幹をなす世界観に支えられています。そして、そのことを自覚しない「革新」を自認する差別的な人たちの間で未だに主張されているようです。

 

 (編集後記)

◆ユニバーサリーゼーションという造語(?)を作ってみました。これは「反障害原論」の反障害運動の方向性にもつながっていきます。反障害運動の方向性というより、新しい世界を生み出していく運動でもあると思います。まさに反障害運動がこれからのよりよい社会を作っていく水先案内人になるのではとも思います。

◆今回から、「反障害運動の基本文献」というシリーズを作りました。一回目で横塚さんの本の紹介をしました。読み直していて、最初読んだときの感動を思い出していました。やっと「障害者」の立場を確立し、動き始めた頃に読んだ本です。この本からその後の活動の大きなエネルギーを貰いました。次回は、同じく「青い芝」の横田弘さんの『障害児殺しの思想』です。

◆読書計画がぐちゃぐちゃになってきました。本の紹介や書店で見つけた本を間に挟み、「反障害運動の基本文献」シリーズを始めて、過去に読んだ本の読み直しをしている故です。

◆熊野さん吉澤さん編集の「差異の倫理」に関する本はわたしの狭い学習領域に広がりを持たせてくれましたが、反障害・反差別に関する議論を「メインストリーム」の議論へ波及させていく必要も感じていました。

◆「イギリス障害学」の本はなかなか翻訳されていきません。この年になって英語を勉強したいという思いにさせられています。

◆今回は「反-情報・コミュニケーションコーナー」は今回お休みですが、「読書メモ」の中に二冊の本をとりあげています。 

◆「反障害原論」は以前の「障害者反差別論序説」をパラダイム転換を貫徹させることとして書き直しすべきところを、その旧文をそのままもってくるのではなく、新たに文を起こすことによって、新たな概念を生み出せるのではという思いも抱き、旧文ときちんと対比しないで、また改めて書き下ろしていくという形で書き出しました。もう、最後に来たところで、対比していたのですが、書き落としていたこと、旧文の方がよいところ、意欲が伝わってくるところなど、でてきています。「反障害原論」は本にしたいという思いを強くしています。もう二・三回旧文を書き足す形で続けますが、そもそも両文とも構成がむちゃくちゃになっているという思いも強くしていますので、書き終えたところで大幅な編集改定を為していこうと思っています。

◆「反障害原論」をまとめていく作業をしたいという思いを強くしています。で、この「通信」少し間があくことがあるかも知れません。

◆みなさんの意見を貰って深化していきたいと願っています。

 

 

反障害研究会
■会の性格規定

 今、‘障害’という言葉ほど混乱した使われ方をしている言葉はありません。わたしたちは「障害者が障害を持っている」という医療モデルから、「障害とは社会が障害者と規定するひとたちに作った障壁と抑圧である」という「障害の社会モデル」に、障害概念のパラダイム(基本的考え方の枠組み)の転換を図ります。そのことを通して、障害のみならず他の差別をなくしていく反差別の理論を作り上げ、その運動に参画していきます。このホームページにアクセスしてきた方の議論への参加の中で、ともに深化と広がりを求めていきたいと願っています。

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