反障害通信                               

10315     21号  

 

三村洋明『反障害原論―障害問題のパラダイム転換のために―』

世界書院より発刊

 

         「障がい者制度改革推進会議」のこと

 この会議は民主党政権が成立して以降の新たな動きとして注目されています。

 その具体的内容としては、会議のメンバーに多くの当事者団体の代表が入り、「障害者」当事者がメンバーの過半数を超えているということです(註)。これは当たり前のことなのですが、これまで学者とか有識者が圧倒的多数で、当事者は過半数に遠く及ばないということが多かったので画期的なことです。

 そして、それにつながることですが、これまではそもそも議論をする前に官僚がメンバーの選出をし、そのメンバーの選出段階で出される答申などの結果があらかじめ予見しうるという情況で、当事者のメンバーの参加は民主主義的なポーズをとるためにあり、貴重な意見を出しても、その委員会なり審議会内部の意見としては活かされないということで終わっていました。

 もうひとつ画期的なこと、それは会議の様子が2回目からですが、インターネットでビデオ放映され、しかも、それに手話通訳とパソコン通訳の字幕がついていることです。しかも、これまで手話通訳というと、右隅に小さく繰り込まれていて、よく見えないのですが、今回は逆に中継映像を左上におき、手話通訳と字幕が大きく映し出されているのです。これまで、国会の本会議や委員会のすべての審議がインターネットでビデオ放映されていたのですが手話も字幕もありません。なぜ、そのようなことが許されるのかと憤慨していたわたしとしては、このことを契機にすべての放映に手話と字幕をいう当たり前のことが実現されていってほしいと思っています。直接的当事者でないのですが、もっとも分かりやすいニーズが実現していくことは全体に波及していけることです。

 さて、実はパソコンの操作にいつまでも慣れないで、なかなかそのビデオ生中継はおろか録画を見れないでいたのですが、やっと見れるようになりました。感心していたのは、司会役のひとの巧みさ、参加者のニーズということをそれなりにつかみ、意見をいかに引き出していくかで、見事な交通整理です。まだ2回目の自立を巡る議論と障害規定についての議論しか見ていないのですが、ずーっと以前から議論されていたことが、未だに整理されないまま来ていて、しかも、「社会モデル」と医学モデルの基本的なことが押さえられないままになっている現実があります。

 画期的なことで書き落としたことがあります。それは意見をメールで送れることです。それが活かせるシステムがあるのかが問題ですが、以下の文を送ってみました。

 

 障害の定義が2回目の会議でされていました。委員のひとたちは「医療モデル」へ批判的で「社会モデル」の立場を自称するひとたちが多いのですが、どうしても「医療モデル」にひきずられているのではという印象を持ちました。そもそも委員の選出自体が「医療モデル」での「障害」をできるだけ網羅するというところで選出されているのではないでしょうか? 「社会モデル」ということをつきつめていけば「社会モデル」的な意味での障害の除去ということ、裏を返せばニーズというところをきちんと保障していくということになっていくと思います。そこで、全体的な社会保障をどうするかということから論じて行かざるをえなくなります。

 この会議はこれまでの審議会などとは違って当事者が多く入り、自分たちの議論が活かせるという意欲に満ちた議論なっていて期待感が委員のひとたち、傍聴者、そしてインターネットや記事録をみるひとたちにもあります。ですが、この議論が狭い意味での障害問題にとどまっていたら、予算がないというところで議論が活かせないと思うのです。ですから、もう一段、社会保障全体の議論に、そして社会保障をどう政策全体の中に位置づけるかの議論につなげるシステムを考えていく必要があるのではと思っています。

 もうひとつ、会議の名前の冒頭 障がい・・ となっていますが、これはどう考えても「医療モデル」的なところにとらわれたネーミングではないかと思っています。そのあたりの議論もしておかないと法律のネーミングがおかしなことになってしまうのではと危惧しています。

 

 これから余談的になるのですが、先日「障害者」の友人とこの会議の話をしていたら、「あのメンバーでは意見などまとまらないよ」と断言していました。そもそも、この会議に参加している当事者団体は「日本障害者フォーラム」の構成団体で、権利条約に対して同意見をまとめていくか、自立支援法制定の際にどう意見をとりまとめるかというところで作られた団体です。その中でも意見は割れていたのですが、それなりに意見はまとまるところはまとまるのではないかとわたしは思います。それにそもそもこと当事者団体のニーズはきちん押さえて出していくのでは、そこでの整理されなさはほとんどないと言い得ます。

 問題なのは、「障害者」総体の利害のとらえ方なり、狭義の障害の枠を超えた障害概念の拡大の必要です。

 そのことは投稿の中にも書いたのですが、このあたりはわたしはむしろ「会議が踊る」というような言葉を想起していました。自立支援法の見直しは政権が替わったときに、すぐにも実行されるようなイメージがあったのですが、この会議を受けてとなると、相当先延ばしになります。

 そもそも政策決定過程がとらえられません。昔から、超党派の議員連盟で問題の解決を図ろうとするとき、その会議の中でかなり先進的な意見としてまとまっていたのに、それが与党の実力者の意向であっさり反古にされていた歴史があります。民主党にも既にその兆候は現れています。

 わたしはむしろ、在野の方できちんと議論を煮詰めて、それを攻め上るということが必要なのではと思います。社会保障総体の議論もベーシックインカムの議論としてかなりあちこちで語られてきています。そこにまでつなげていけないと、予算がないという一言で切り捨てられていくこれまでの構図の中で、パイの分け前論に陥り、各種団体の個別ニーズさえくみとられていかないという情況に陥っていきます。

 今一度根底的な議論をと思っています。

 

[註] わたしが数えたところで、「障害者団体とカウントされているけど、参加しているメンバーが当事者ではないところで、過半数を超えていないようです。

 

 

 

P更新通知・掲載予定・ブログのこと

◆「反障害通信21号」アップ(10315)

◆三村出版本に対するオープンな批判・意見をこのホームページに掲載していきたいと思っています。とりあえずリアルなやりとりをブログでやりたいと思っています。「対話を求めて」というカテゴリーを作りました。そこの「本を出版しました」にコメントという形で応答して下さい。

ブログのタイトルは「たわしの雑感&読書メモ」

URLは  http://blogs.dion.ne.jp/hiroads/

◆この「通信」休刊中にブログで「読書メモ」を掲載していました。この「通信」を「個人誌」的なところから抜け出させる意味でも、読書メモをブログに移すことを考えています。読書メモの中で特にとりあげるものを、再読し書評という形で出していくことです。が、インターネットをされていない読者もおられます。まだ、きちんと広げていく作業もできていません。というところで、当面二重掲載します。

◆ブログはそもそも非公開設定していました。「通信」を配信しているひとの間だけで読んでもらうこととして。ところがホームページとリンクさせたがために、ホームページが検索にかかるのと一緒にそのブログも表に出てしまいました。対話というより、むしろ自己記録の、しかもメモとして思いつくまま書きおいているのですが、それでもいくつか関係を考えてオープンにしていないものがあります。今後どうするか考え中です。

 

 

お知らせ

◆ホームページは横書きのテキストファイルに近い形で作成しています。印字でうまく出ないとき、読み込めないときはメールで連絡ください。また縦2段組みで印刷したものもあります。こちらが欲しい方も連絡もらえれば、メール・郵送にてお送りします。

 

 

対話の中から

           もらったメールから考えたこと

 本を出版して、これまでホームページの「通信」を見ていたというひとからメールをもらいました。すぎむらなおみさん、いろんなところに文を書いているひとです。

 で、「「反障害通信」を読んで引用した文章を添付させていただきます。」とあり、その文を送ってもらいました。実は、その箇所を読み落としていて、その前にあった区別と差別に関する論考にわたしの論を参考にされたのだと勘違いしていろいろ考え込んでいました。その論文は送ってもらった箇所だけでも、かなり長い文なので、冒頭とわたしの論形成にインパクトを貰ったところを、本人の許可をもらって転載します。で、引用の後に勘違いから生まれたわたしの論攷を書いてみます。

 

 

特別扱いと差別観

学校では、「区別しなければ、差別はない。だから、区別してはいけない」ということをよくいいます。「区別」とは、人とはちがったところをみつけるということ、「差別」とは、「いじめる」にちかい いみです。この言葉をつかって いいかえてみると「人と ちがったところを みつけなければ、いじめはない。だから、ちがったところさがしは、してはいけない」ということになります。これ、ほんとうでしょうか。私たちが、「この人は○○ちゃん」といいあてることができるのは、ほかの人と ちがっているところを しっているからですよね。人は、いつのまにか、「ちがうところさがし」をしています。それなのに、それに きづかなかったふりを するなんて…。ほんとうに してはいけないことは、「ちがうところさがし」ではなく、みつけた「ちがうところ」を「いじめ」のネタに つかうことです。

だったら、「ここが、ちがうよね」ってみつけたら、さらに「○○ちゃんは、こんなことが、にがてだよね」って、その子といっしょに さがすこと。そして、「にがてなことを、できるようにするには、どうしたらいいかな?」って、一緒にかんがえることが、必要です。はじめの言葉をつかえば、「区別して、差別しない」ことが、大切です。

 

 

        中略(引用者)

 

 

3.区別と差別

 現在でも教師が個々の生徒の生活背景を「詮索」することは表向き禁じられている。たとえば定時制高校には、貧困家庭や外国籍の生徒が入学してくることもおおい。そうした生徒に対して、カウンセリングは無力にひとしい。必要なのは、社会福祉の活用知識であったり、求人広告の見方のノウハウであったりする。しかし、教員の研修レポートにこうした生徒の生活状況などを記入することは許されない。管理職の「好意[1]」で、生徒の背景の記述は削除することを求められる。結果的になにが根本的な問題かはレポートの読み手、つまり教育委員会の構成員にはつたわらなくなる。もちろん、管理職の中にも「個々の生徒の背景を知ることは、教育上必要である」と考え、生徒の個別具体的な情報を教員が把握できるシステムに変更するよう教育委員会に提言するものもいるが、教育委員会の「知っていること自体が差別につながるから、好ましくない[2]」という見解はゆらがない。教育委員会の構成員は、そのほとんどが教員である。学校において個々の生徒の背景を知ろうとすることがいかに忌避されているか端的にわかる例であろう。

 

区別する

 

 差別

差別

しない

する

 

区別しない

 

 この「知っていることが差別につながる」という認識がどういう意味をもつのか、ここで「区別(差異の認識)」と「差別」という軸をたてて考えてみる。イ<区別する&差別する>、ロ<区別しない&差別する>、ハ<区別しない&差別しない>、ニ<区別する&差別しない>という四つの象限ができる。通常、私たちはイ<区別するから、差別がある>、だからハ<区別しなければ、差別はない>、と考えている。日教組はこの枠ぐみをロ<区別しないのに、差別する>ことはありえないからだと説明した。しかし、現実にそうであろうか。たとえばある集団内に聴覚障害の人[3]がいることに気づかずに口頭でのみ指示を与えたとする。当然、聴覚障害の人はおきざりにされる。むろんこの状況は、指示を与える側にとっては「知らなかったのだからしかたがない」ことであり、「差別ではない」と言いきることができる。しかし聴覚障害者にとっては、「耳が聞こえないために排除された」という差別経験がひとつ加えられるのだ。誰の視点にたつかによって差別の有無は可変である。指示を与える側に「差別している」ことが意識にすらのぼっていなかったとしても、この状況を外側からみるものにとっては、これは事実上の聴覚障害者差別である。ハ<区別しないから、差別はない>とはいいきれないのだ。つまり、ロ<区別しなくても差別はある>以上、どんな視点からみても「差別はない」と言いきれるのは、ニ<区別したうえで差別しない>という選択以外ないことになる。さて、この論理は正しいのであろうか。

 

 ここで、引用終わります。

 さて、差別と区別との関係ということで対話してみます。わたしはむしろ差別は垂直方向への分離、区別は水平な分離というようなとらえ方をしていました。で、区別をしないことが差別になるという発想はできていませんでした。障害各論の中で、介助を得られないことの差別を問題にし、その存在を無視されることを排除として問題にはしてはいました。

実は本を出版してから、「精神病」関係の本を読んでいました。で、反精神医学のクーパーやレインあたりが家族の過介入や放置ということが「統合失調症」を生み出すという記述を読んでいました。で、本の8章3節の差別形態論各論で、過加入は抑圧としておさえられるのですが、この放置ということがどう位置づけられるのかを考えていました。ここで、わたしの論の根底に関わることで、誤解を生むことを恐れて、取り急ぎ補足しておきます。わたしはそもそも「「障害の否定性」の否定」というところを動因にして論を展開しています。「抑圧や放置が「統合失調症」をうむ」と謂うことを書くと、「「統合失調症」=「障害」を否定的にとらえるのか」という批判を受けることになると思います。実はわたしが「「障害の否定性」の否定」というところで議論していたときに、「精神病」者から「「精神病」は苦しいんだよ」という応答をもらったことがあります。で、その苦しさとは何かということを考えつづけているのですが、とりあえず、抑圧や放置からくる苦しさへのアンチとしておきる「病」の苦しさということを押さえ、その苦しさの元になる抑圧や放置を問題にしなきゃいけないとまでは言い得るのではないかと考えています(このあたりは、集中学習していることが一段落したら、当事者との対話を試みながら改めて文を書きたいと思っています)。

 

さて、話を戻します。引用文は、すぎむらなおみ『発達障害チェックシート できました がっこうの まいにちを ゆらす・ずらす・つくる』生活書院 二月にでたばかりの本からです。実はこの本、わたしは書店で見ています。まだ入手していません。主タイトルだけ見て、医学モデルの本かと手にしないままでした。で、今回のやりとりの中で文を読みながら、区別と差別の関係という筆者のモチーフがあるのだと推測しています。わたしはこの本にはわたしのような誤解をするひとのためにもう一段のサブタイトルが必要ではないかと思っています。勿論、すでにすてきにサブタイトルがついています。で、隠されたサブタイトルとしてでです。それは筆者自身の仕事ですが、あくまで引用文に限ったところの話ですが、参考意見として書いてみるなら「区別されない差別から脱するために」となるでしょうか? 

転載させて貰った文は「障害児」の母親が学校に「配慮」を求めたときに、「特別扱い-区別はしません」謂われたと相談を受けたところから思いついたようです。ですから、これはまさに「障害児を普通学校へ」というところでの交渉にすごく有意義な文、そして分かりやすい図なのです。この図は「すぎむら図」として学的には勿論、実践的に使われていくのではないかと思っています。

まだ本を読んでいません。ちゃんと読んだら、また読書メモか書評でとりあげます。

 

 

補説-区別に関する論考の掘り下げ-蛇足?

さて、ここで話が終える方が良いと思います。交渉の際に使えるということも、ざっくり提示した方がインパクトがあります。

ですが、差異論をやってきた立場でもっと論考を掘り下げて行くと問題になっていくことが出てくると、更に区別についての論考を進めます。

区別というとき、最初に問題になるのは、「違いを認識する」ということです。で、そこで、問題になるのは区別という場合は既に異化している中でそれと反転して同一性がとらえられた中での違い-わたしはそれを最初の異化としての「差異」と区別して「相違」としてとらえます。ですから、わたしの場合は最初の異化という中での「違い」という認識がどこからでてくるかということを問題にしようとしています。ですが、実際に異化しているところで、それを現実的にどうするのかという問題が立てられます。それがすぎむらさんが問題にしている「違い」と区別に関する論攷です。

で、「違い」を認識した(認識的に区別した)ところで、相即的に(ほぼ同時に)行動としての区別が生まれます(なにもしないということも含めて)。それは、わたしの論では中身的に、共生というところでの実践としての支援(-共にいきるためにニーズをとらえ返しそれに応える)、分離、放置、抑圧(融和・同化)として押さえられます。最初の支援はすぎむらさん的にいえばプラス方向の区別、後の三つはマイナス方向の区別となります。

 

本当に蛇足と思いつつ、あえて書き加えました。

この図はそういういろんなことを考えさせてくれるすてきな図です。

 

 

 

読書メモ

ブログで継続していたのを同時掲載にしています。

 

ブログ70

・木村敏『時間と自己』中公新書(中央公論新社) 1982

 「精神病」を時間論から三分類して見せています。アンチ・フェストゥム、ポストフェストゥム、イントラ・フェストゥムというとらえ方は木村さんのオリジナルな論攷。

ものとこととの関係をとらえかえそうとしていてとても興味深い論攷になっています。

自己の析出を時間との関係、デリダの差延あたりとリンクさせている論攷は刺激的でした。ただ、自己を自己の差異化というところでとらえていて、他我論が出て来ないのは現象学派が引きずっている限界の中に彼もいるのでしょうか?

廣松さんの事的世界観との共通タームがかなりあり、廣松さんの論考から木村さんとの対話をもう少しやってみたいとの思いが出てきます。現象学派は三項図式を超ええていないとして、廣松さんが共同主観性論をもって超えようとしているところとどう対話しているのでしよう?

ハイデッガーの時間論の学習の中で、もう一度木村さんの時間概念をやってみたいとの思いが湧いてくるのですが、相当な時間が必要になり、わたしには別の主題があり、とてもやれそうにないという絶望的思いも抱いています。

木村さんの学習はこれで一旦お休みです。

 

ブログ71

・廣松渉『フッサール現象学への視角』青土社 1994

 これは『現代思想』に1986-1989に連載されたA.シュッツの現象学的社会学を主題的に論じた「社会行為論ノート」の外篇として挟まれたフッサールの他我認識論への廣松さんの論攷を単行本化したものです。

連載された当時読んだ、というより読み飛ばしたのですが、単行本されて改めて読み直そうとしつつ、そのままにしていました。

木村敏さんの現象学的精神病理学を廣松さんサイドからどうとらえ返すかという課題の中で、この本を思い出しなぞるように読みました。

木村さんとの対話はむしろハイデッガーを読むことなのですが。最近、廣松さんを現象学派ととらえるような論攷と出会っていたし、この本がどうしようもなく気になり出して、急遽読書計画の中に挟み込みました。

そもそもフッサールから読んでいくことなのですが、フッサールはいくえもの断絶を経ていて、しかもいろいろな矛盾が指摘されているところで、とてもフッサールだけを追ってもその中で完結し得ない、むしろ周辺から外堀を埋めるような学習が必要なようで、踏み込めぬままになっています。で、またしても、なぞらえただけの学習に終わってしまうのですが、少なくとも廣松さんのフッサール批判の輪郭だけはおぼろげなりともつかみ、廣松さんが現象学派であるという規定が誤解であると追認したところです。

読書メモという性格で、誤読したことを恐れず、メモ的なことを後論のために残しておきます。

現象学派はというより、近代哲学の地平を超えようとしたいろいろな学派の多くが、結局、意識作用―意識内容―意識作用という三項図式を超ええていないという廣松さんの結論的指摘があります(全篇そのために論じられているのですが、特に151P)。一方で、「但し、皮肉なことに、フッサールの他我構成論、間主観性論が、認識論的論攷の場に初めて主題的にこの論件を投じ、そのことによって近代哲学のパラダイムそのものの理路閉塞性を自覚せしめる一大気炎はなりえた」(151P)という評価があります。そのあたりはフッサールの論攷の意議ということを押さえどのような課題が出てくるかを156-157Pで論じています。そのあたりのことは廣松さんが他の書で、ずーっと論じてきた、きていることです。廣松さんはこの論攷の単行本化の校正作業を終えて亡くなっているのですが。

さて、フッサールの現象学と廣松さんの違いというようなことですが、元々数学から哲学に入ったフッサールが数論の概念からブレンターノの指向性論を受けて、三項図式を超ええたという錯覚に陥ったとかいう指摘がでてきます(58-59P)。フッサールは結局カメラ的な視覚モデルにとらわれて、三項図式を超ええなかったという廣松さんの押さえ、廣松さんは視覚モデルに判断モデルを対置し、そこにおける役割理論をもって、共同主観性論、四肢構造論で三項図式を超えようとしたのです。四肢構造論も実体主義や物象化された世界に妥協し、引きずられがあるとしても、一応三項図式は超ええているのではと。

まさに自家用のメモに過ぎないことになっているのですが、何とかわたしのこの本から得たこととして記しておきます。

 

ブログ72

・亀井伸孝『手話の世界を訪ねよう』岩波ジュニア新書(岩波書店)2009

 この本は朝日新聞の「ひと」欄で筆者紹介され(09.8.14)、厚生労働省社会保障審議会「児童福祉文化財」推薦図書に指定されています。

この本はこれから手話を学ぼうとするひとたちの入門書として広く読まれていくと思います。ですが、筆者は上述の「ひと」欄でインビューに答えて、「でもわたしは入り口までの案内人」と話しています。

この本で、繰り返し「文化人類学」の立場で書いた本だということが強調されています。これは二つの意味があるのではないかと推測しています。ひとつは文化人類学的に自文化を語る主体は当事者ということがあります。またろう運動的にも当事者主体の問題があり、筆者は当然それを押さえた上で、文化人類学的な比較人類学・文化論の立場で手話を論じるのだという姿勢を貫いているのではと。

で、彼はかなりろう者社会に入り込み、そして文化人類学の観点からのとらえ返しもあり、その手話・ろう文化論は鋭いことがあるのではとわたしは感じています。また、これほど要領よくまとめた案内書はみあたりません。文化人類学者は、比較文化の中で、伝えるということで的確な文を書けるようになるのではと感嘆しています。勿論、当事者ではないわたしが評価することは筋違いなのですが、わたしが知る限りのろう者の主張にきちんと棹さした論攷になっているのではと。

さて、ここで問題になっているのは実は、手話に対する考え方がいろいろあり、筆者の考えはそのひとつの流れの中にあるということです。

そのことはこの著でも音声対応手話と日本手話の違いということでちょっと書かれています。筆者は文化人類学的には当然彼の棹さす流れの中にあるのだという思いがあるのかもしれません。

ですが、問題なのは、彼は入り口までの案内係を自認しているのですが、その入り口の問題。手話の学習を始めるひとの多くが入り口を間違えているとしか思えない情況があります。そして、長年手話に関わっているひとが入り口を間違えて入ったまま、手話に対するおかしな考え方を持ち続けたままいることがあります。そして、筆者も書いているように手話を学ぶことはろう者の世界に入っていくことだと思うのですが、ろう者の世界の周辺に聴者の集団を作っている現実もあります。

実は、この本に対するわたしの一番の思いは、間違った手話・ろう者・ろう文化に対する考え方をこの本を読む中で是正して欲しいということなのですが、予断と偏見を抱いているひと(そういう思い込みが激しいひと)は、自分は手話のことを充分知っているというおごりから、きっとこの本を手にすることはないのかもしれません。

このあたりのことを筆者は書いていません。それは当事者間で解決すべきもので、口出すことではないという思いがあるのだと推測できるのですが、ですが、手話の案内ということで、この現実を書き落としたらどうなるのか、入り口を間違えている、そしてむしろ現実にはこちらの方が主流になっている現実をどうするのか、この本を読んで、もっともポピュラーなパターンとして、手話を学ぼうとして地域の手話講習会なり手話サークルの門をたたいたら、そのギャップに戸惑うのではないでしょうか、そのことを超えて手話を学ぼうという意志を持ち続けてくれたら良いのですが、・・。でも、筆者の文化人類学をやっている立場からはそのあたりのことは書けないのかも知れません。

 

前述したようにこの書は一つの流れの中に棹さしています。ということはその中の抱えている問題も一緒に抱え込んでいることがあります。

まず、結局医学生物学-医学モデルを脱しえていないということ。もうひとつ、そのことにつながっていくのですが、「難聴者」や「中途失聴者」が陥っていく陥穽をとらえきれないという問題です。これはわたしはマージナル・パーソンの先行研究からとらえかえすことではないかとわたしは思っています。それは人工内耳問題に関しても同じ視点からのとらえ返しが必要になるのではと思ったりしています。

さて、実はわたしはこの本をずーっと前から手にしていたのですが、ずーっと抱え込んでいました。というのは、この著にも書かれていますが、わたしは言語学習はネイティブなひとたちの中に飛び込んでいくことという思いがあり、手話を学ぶ前の入り口のようなことで入門書みたいなことを書く意味が分からなかったことです。しかも、何か手話を勉強するに当たってのマニュアルのような書き方、「しましょう」という表記に疑問をもってしまったのです。ひととひととの関係でマニュアルみたいなことが出てくることに抵抗感があったのです。でも、よく考えると、このあたりは、きっと、文化人類学がその文化の中に飛び込んでいくという姿勢だとしても、とりかえしのつかない事態に陥らないように、基本的なことをきちんと押さえておくと言うことで、基本的姿勢をたたきこまれるということで、筆者の学者の立場で展開があったのだと思い直しています。

もうひとつは、‘参与観察’だとかいうことばがでてきます。これは筆者も書いているように、学という立場を超えて関わるひとが出てくるというところでは、むしろ‘参与観察’というところから離脱していくのですが、筆者がなぜ参与観察ということばを続けて使っていくのかという思いを持ってしまったのですが、これはむしろ筆者が文化人類学者としての立場で関わっていくという思いがなせることなのかもしれません。運動家のわたしは、立場を超えて欲しいと思ったりしてしまいます。でも、ひとはそれぞれその人の立場で関わっていく、そこで「貢献」できるのかもしれません。むしろそれだからこそ、この本が出され、そして読み継がれていく本になっていくのだと思い直しています。

ろう者自身が手話、ろう文化について語ってときに、この本は参考図書にあけられていくのではとも、まさに入り口までの案内役を担っていくのだと。

いろいろ書きすぎ、まとまらぬまま、カットしようかとの思いを持ちつつ、あくまでメモとして書き残します。

 

 

ブログ73  

・廣松渉「精神の間主体的存在構造―「精神異常」の存立構制の定位のために―」

・鼎談木村敏/廣松渉/中川久定「自己・役割・他者」

                           (『思想1983.2』所収)

 62で出した、『思想』掲載論文・鼎談の再読。

 これを読み直すために、木村さんの本を読んでいたのですが、木村さんが現象学的精神病理学がひきずっている現象学の限界を超えて、ベルグソン、ドゥールズ、デリダあたりの時間概念の中からとらえかえしてきたことと、かなり廣松さんとの共通性が感じられました。また廣松さんの理論に「精神病」的な「異常」ということを反転させながら、自我-他我論を展開しているところはその博学的なところを改めて確認した次第です。

 木村さんの論攷にはちょっと違うという思いも残っているのですが、きちんと展開するには廣松さん、木村さん双方の再読を必要とします。

 とりあえず、ここで一旦閉じます。

 

ブログ74  

・向谷地生良『べてるな人びと第1集』人麦出版社2008

 これは「精神障害」の既成概念を覆す、ピアサポートの実践記録です。

「精神障害」の負価値性を脱構築したり、反転させたりしているやりとりは貴重な記録です。

ずーっと前から、べてるの話は聞いていたのですが、いわゆる「病気と友達になる」というようなところでとらえていただけでした。それで、わたしはむしろ共同主観的なところを問題にしてきたので、読み落としていたのですが、ここでの(ここでこんなことばを使うことに違和があるのですが、わたしがこれまでやつていたところからすると「間主観性的な」)実践はすごいことを感じています。

うまく書き表し得ません。とにかく、臨床とかを問題にしているひとは是非読んでください。

 

ブログ75  

・綾屋紗月+熊谷晋一郎『発達障害当事者研究―ゆっくりていねいにつながりたい』

医学書院2008

 「アスペルガー」と成人後、(自分でたどりつくように)規定されたひとの自分の感覚、行動パターンをきちんと自己分析した当事者研究。昔、ドナ・ウィリアムズの本を読んだのですが、かなり重なる部分があります。

 筆者が書いている自己規定の言葉が端的に表しています。「人よりも身体の内外の感覚を細かく大量に感受する者」。

 よく、非「障害者」から「障害者」が異化することを、超能力者から非「障害者」が異化する関係と類比する論攷があります。わたしもやっているのですが、「アスペルガー」と規定されるひとは、またいろんなひとがいるのかも知れませんが、筆者の場合などはまさに一種、より多く感じれるという意味で「超能力」的なのかも知れません。ただ、それが統合するということで、困難な情況を生み出すということで、現在社会で「障害」と規定されることになっていくようです。

 最後に周りになにを求めていくのかということを共著者のアドバイスもあって、書いていっています。

 この本は車いす使用者との共著です。体内感覚ということからつながって行くこととして、相互提起の中で、この本ができあがっていったよう、それは非「障害者」にもつながっていくこと、そもそも障害とは何かというわたしの問題意識ともつながって行きます。

 もうひとつ興味深いことは筆者が「聴覚過敏」というところから、音声言語よりも手話の世界がよいと手話の世界にアプローチしていったとのこと。わたしの場合「言語障害者」の立場から、「出す方」で手話の世界が良いとのことでのアブローチ、筆者は「入る方」でのアブローチ、手話の世界もこのあたりで広がりをもって欲しいなと共感していました。

 実は、この本は、『ぺてるの家の当事者研究』という本をインターネットで買うときに間違えて買ったのですが、筆者の自己分析から当事者研究につなげ、それを障害そして、ひとは何かというところまで展開していっている貴重な本です。

 

ブログ76  

・亀井伸孝編『遊びの人類学ことはじめ―フィールドで出会った“子ども”たち』

昭和堂2009

 この本は手話関係の本を書いている亀井さんの著作を追っていて出会った本。

編集・共著者である亀井さんの文だけでも読んでおこうと買い求めたのですが、読み始めたら全部読んでしまいました。その中で思いがけない収穫を得ました。

この本はひととサルの遊びに関する本です。そもそも遊びとは何かという定義を本総体の中で出していません。著者は四人、その四人の文を読んでいくと、遊びということの輪郭が浮かびあがるというスタンスです。

そして、ひとの遊びの研究をしているひとは、遊びの定義をすることに消極的、サルの研究を主題にしているひとは定義を試みています。これはひとの文化の違いという中からフィールドワークに入るひとは予断と偏見を排するという文化人類学の姿勢からくることではないかなどと思ったりしています。

さて、思いがけない収穫というのは、わたしは反差別論を論じる立場から、労働-仕事論を論じてきました。その際に、労働崇拝に対置するようなこととして、ずーっと前に井上陽水が車の宣伝で、「クウ、ネル、アソブ」という言葉を発していることが頭の中に残っています。で、ここで、テーマになっているのはその遊びです。

 

で、わたしなりにこの本との対話として、門外漢として、だからこそ自由な提起ができることとして、遊びの定義を試みます。

遊びとの何かというのは、逆に仕事ではないというところから反照規定として浮かびあがったことではないでしょうか? 直接的(生産的)活動としての仕事(わたしは今村仁司さんにならって、労働と仕事を区別しています)の反照規定です。そして、これは広義の規定、だから車の運転における遊びとかいう概念にも通じてきます。狭義には、そこに楽しい、快であるということが加わります。この楽しいというのは観察者からみての極めて主観的なとらえ方、だから遊びの定義がむずかしくなります。往々にして観察者の主観を入れすぎたこととして批判される事態が生まれます。もう少し書き加えてみますが、広義においては、生物の意味なく浮遊している事態も遊びとかとらえられないこともないのではとの思いも湧いてきます。

 

さて、余談になりますが、どうも気になる言葉が出てきます。それは‘競争’ということばです。亀井さんはフィールドワークから自然と共生的にいきるひとたちには競争ということがない、ということを示してくれていて、これは凄くわたしにとってわくわくすることでした。ですが、「自然との競争」というような言い方が出てきます。どうもわからないのです。‘競争’という言葉の定義をする必要があります。確かに、広義にはそのような言い方も可能かも知れませんが、狭義には「同じ種内で優劣をつける活動」を競争と定義するのではとわたしは、また批判されることを覚悟の上で規定してみます。

さて、そこでもうひとつのこの本で得た収穫、ひとは動物世界の自分の子孫を残すための闘いを「生存競争」ということの一種としてとらえているのですが、わたしはひとと動物の違いということを考えています。ひとは優劣ということを示すために競争するのですが、動物は優劣をつけるために「競争」しているわけではない、もし、同じ‘競争’という言葉を使うと誤解が生じるのではと。

 

以上、きっと文化人類学の膨大な蓄積を無視した笑止千万なこととしてうち捨てられることとは思いつつ、わたしはわたしの立場からあえて対話を試みてみました。

 

ブログ77  

・川渕依子編『手話讃美―手話を守り抜いた高橋潔の信念-』サンライズ出版 2000

 高橋潔さんは山本おさむさんの『わが指のオーケストラ』でやっと脚光を浴びたのですが、ろう教育が口話主義に流れる中で、手話教育をまもり抜こうとした大阪市立聾学校の校長をつとめたひとです。

 わたしが最初に高橋潔さんのことを最初に知ったのは、この本の編集をしている娘さん川渕依子さんの本『指骨』です。ちゃんと読んだのではありません。コピーで最初の導入部を貰って、サークルの会報に掲載していたら、著作権とかがあるとかでストップがかかり、内容もつかめぬままでした。『わが指のオーケストラ』を読んで『指骨』を古本で探しているのですが、未だに出会えないでいます。

この本はその存在も知らなかったのですが、手話仲間から借りて読みました。高橋さん生誕110年ということで企画出版された本です。高橋さんは活動のひと、そして弁舌鋭いひとのようで(手話も美しい手話との話ですが)、文をほとんど残していないようでしたが、この本には高橋さんの貴重な文が載せられています。そして追悼として多くのひとが思い出の文を寄せ、編集者の娘さんも思い出を書き綴っています。

さて、手話教育と書きましたが、彼はむしろ適正教育という考え方、当時、世界的な動きもあって、口話主義一辺倒に染め上げられていく中で、子どもたちの中に入っていく、そして子どもと対等な立場というようなことでの教育ということを実践していたが故に、適正教育を考えれば、口話主義はおかしいと批判し続けていたのです。

この本を読んでいくと、後になって誰もがおかしいと分かっていくことが時代の流れの中で押し流されるという事態と、そして当事者の中に飛び込んでいくことの中でおかしいことをおかしいとつかみ、大きな流れ・抑圧に抗しきちんと批判・指摘しつづけることの大切さを感じていました。そのようなことは、他にも事例があるのですが、改めて対等な立場からひとの中に入っていく必要を感じています。

この本を読んでいくと、情熱と信念をもって自分の考える途を進んだひとのすばらしさというようなことを感じています。わたしは遅読をもって任じているのですが、この本は二日で読み切りました。時代拘束性もあって、ちょっと言葉に違和とかもありますが、その基本的な姿勢や考え、今も活かしていける、いやむしろ再生させねばと思っていました。

川渕さんの著に「手話は心」というタイトル本があるのですが、この本も絶版になって入らないのですが、これも高橋さんのことばではないかと推測しています。このことばはわたしの手話の先生の故黄田貫之先生がつねに口にされていた言葉、「名もなく貧しく美しく」の映画指導をされたひとですが、大阪市立ろう学校の卒業生で、この本の中にも二回ほど絵の上手な生徒、卒業生として名が出てきます。手話はその手話する心と共に、ひとの中に広がっていったのだと思うのです。今日その心が風化しているような現実にも出会うのですが、改めてその心を、高橋校長の心を思いつつ、そして何よりもろう者の手話に対する思いをとらえつつ、そのことを伝承していく必要を感じていました。

 

ブログ78  

・浦河べてるの家『べてるの家の当事者研究』医学書院 2005

 これまでの「精神医療」の常識を覆すような当事者を軸にした北海道浦河での実践記録です。

  「精神病」と言われていることを「お宝」として反転させるようなところで、関係を作って行く試みで、今、すごく注目されて見学者が絶えないという情況も生まれているようです。これまでの「精神医療」は「患者」の負担をいかに取り除くかということで投薬などを軸におこなってきているのですが、本人自身が自分のことを研究していく中で、むしろ「苦労をしょいこむ」ということの中で、本人が新たな関係を作っていくことを模索していく、そんな実践の記録です。

 わたしは「精神病」ということを関係からの抑圧としてとりわけ「社会的」なところからとらえようとしていたのですが、では現実に苦しいという情況をどうするのかという問題をたなあげにしていく、そこはまた別な回路で考えていくということでやってきたのです。で、いわばわたしは共同主観的なところで、情況や体制ということを問題にしていたのですが、この実践はむしろ、相互主観性、間主観性というところでどうするのか、ということを突き詰めていることだと言い得ます。むしろ、そこでもこれだけやれるのだという実践の記録です。

 そして、この記録は、そもそもひととひととの関係、ひととは何かということまでも考えさせられる、「障害者の生きやすい街はみんなが生きやすい街である」というところまで広げ得るのではないかなどと思っていました。こんぶ販売の起業などの話はイタリアのアウトノミアとかにつながってもいくような話ではないかと勝手に思いを巡らせていました。

 わたしは将来の社会のあり方の原型がここにあるのではないかなどとまで想っています。

 

 実をいうとわたしは自分の当事者性のある「吃音者」の団体が「気持ちの持ち方を変える」「セルフヘルプ活動」という陥穽はまり込んでいったことへの批判があり、また「病気と友達になる」みたいなところの「気持ちの持ち方の転換」というようなところにとどまる活動への批判のようなことがあり、このべてるの家の話をずーっと前から見ていたのを予断をもって読まないままにきたのですが、この活動にはもっと深いものがあると改めてとらえ返しています。

 当事者のみならず、ソーシャルワーカー、医者の個性をもったひとたちの出会いの中で生まれた極めて「特異的な」場なのでしょうが、この場が「社会」総体にまで広げ得たときに、どういう「社会」になりえるのだろうとふと想ったりしています。

 

ブログ79  

・浦河べてるの家『べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章』

医学書院 2002

 べてるの三冊目の本。『当事者研究』の前に出された本。読む順番を間違えたようで、『当事者研究』のインパクトが強かったので、すーっと読んでしまいました。

 それでも、いろいろ得ることがありました。助けないことによって助けるという反語的な援助論。苦労を取り戻すというところでの実践。

浦河という過疎地域だからこそ、生み出せたコミュニティというような思いを抱きました。

リハビリテーションからコミュニケーションという転換論はインパクトがありました。

 

ブログ80  

・向谷地生良/浦河べてるの家『安心して絶望できる人生』

生活人新書(日本放送出版協会) 2006

 この本は「当事者研究」の続編として出された本。新書本で、これまでわたしの読んだべてるの本で一番コンパクトにまとまった本だと感じています。

べてるの人たちは短いことばで、的を得た表現をするのが上手です。

 言葉を語れなかった当事者たちが、むしろそれだからこそ堰をきったように言葉を紡ぎだしていくことができるのかもしれません。

 「三度の飯よりミーティング」「安心してさぼれる職場づくり」「自分でつけよう自分の病気」「幻聴から幻聴さんへ」「そのまんまがいいみたい」「弱さの情報公開」「利益のないところを大切に」「偏見差別大歓迎」「昇人生から降りる人生」「苦労を取り戻す」「弱さを絆に」「場の力を信じる」「手を動かすより口を動かせ」「それで順調」(11P)

   その上に「今日も、明日も、あさっても、順調に問題だらけ・・・」

  まさに現在社会の思考・価値観の反転と言い得ることです。

 さて、べてるのひとたちの触媒になったひとがいます。そのひとりがケースワーカー向

谷地生良さんで、いわばスポークスマン。けれど心ならずもスポークスマンとして出発しつつ、むしろ影が薄くなっていくことを望んでいるようなひと。むしろ彼自身も当事者から導かれてそのような位置着いたというひとなのですが、この本の第一部で書いている彼の言葉が刺激的なのでその言葉を抜き出してみます。抜き出しということのもつ弊害を充分承知しつつ、それでもこのインパクトのある提起を契機に実際にこの本を読んでもらうために。

 

 「べてるの家のシステムの一番大切なところは、問題探しをして、改善しようというシステムではなく、「人を信じるシステム」「人を活かすシステム」「他者の評価からの自立のシステム」によって培われていることです。」35P

 「当事者研究とは、歴史性の取り戻しの作業のお手伝いでもあります。自分という人間が、今、ここに生きてあることを支える具体的な人のつながりを蘇らせていく歩みでもあります。当事者研究とは、まさしく悩みを苦労に変え、苦労をテーマに変えていく作用を持っています。」38P

「「べてるの法則」というものがあります。病院は病気の悪いところを治そうとします。いわゆる「医療のモデル」といわれるものです。最近は「希望指向のモデル」が着目されていて、悪いところでなく健康的な部分に着目し強めることを大切にします。/それに対して「べてるのモデル」というのは、「問題」といわれていることが役に立ったり、有利だと思われることが、マイナスに作用する世界だということができます。・・・・/「べてるの法則」では、「弱さと弱さ」が集まると「強さや優しさ」が生まれます。強さと強さの結合は最も脆うい組み合わせです。強さと弱さが集まるとちょっと‘いい加減’になります。私たちの非援助論の根底に流れる私たち一人ひとりが持つ無力さ、専門家の無力、家族の無力、当事者の無力、これがうまくつながり合ったときに、大きな力が生まれるのです。」44-45P

 「・・「囲」学=囲い込まれて・「管」護=管理されて・「服」祉=服従する、という構造の中で、本来の医療の目的が歪められている・・」66P

 「自己決定とは「自分だけでは決めない」という、人とのつながりの確かさがあってこそ、成り立つ態度ということもできます。」68P

 

 これらの文を読みながら、わたしはむしろ、べてるのひとたちは今の社会の中で疎外されてきたからこそ、その中でむしろコミュニケーションの大切さを感じながら、コミュニケーションを苦労と共に取り戻そうとしているのではないか、「健常な社会」と言われている「社会」こそがコミュニケーション障害にとらわれた空間ではないかと思ったりしていました。

 

 さて、蛇足になることを恐れつつもわたしの問題意識から書き加えておきます。わたしはこれは過疎と「精神病」ということの出会いの中で生まれたコミュニティ-コミューンではないかと思ったりしていました。そこで「新しいむら」とかに始まるそういう共同体は崩壊の憂き目にあってきたというところにリンクしてしまうのですが、むしろ、このコミュニティは「精神病」を治さないというところから来ているので、崩壊しようもないのではという思いも湧いてきます。そもそも、恒常的にある危うさの中にあるのだから、崩壊するか否かの危うさの次元などこえたところでつながっているのではと思ったりしています。むしろ、場の信頼とかというところで、そんなところでの懸念などとは無縁なのかもしれません。

 「日本には障害者文化と言えることが二つある」と立岩さんが書いていました。そこで挙げられていたのは、青い芝の文化とろう文化だったのですが、この本の中にも書かれているように(238P)、これは大きなうねりを生み出していくまさに「障害者文化」と言えることではないかとも思ったりしています(238P)。「障害者の社会参加」とかいうことばがあり、「病」者の場合には「社会復帰」という言葉が使われるのですが、むしろ、ここから、コミュニケーションとは何か、ひととは何か、ということの問いかけがなされ、そこから新しい関係作りの波が広がって行くのではと思ったりしています。

 さて、もうひとつ書いておきたいのは、べてるのやっている当事者研究は、同時に臨床をやっているひとたち-専門性をもっているといわれているひとたちにとっても、「臨床をする立場」で当事者研究の必要性を問いかけているということです(238P)。きっと臨床をするひとたちの必読書となっていくのではとも思っています。

 さて、このべてる本はわたしがこの間テーマにしてきた反転としいうことを、実践において示している本。わたしにとって大切な本として、記しておきたいと思っています。

 

ブログ81  

・D.クーパー『反精神医学』岩崎学術出版社 1974

 反精神医学の本の存在はずーっと気になりつつも、日本における反精神医学の動向ということが当事者サイドから入っていて、むしろそちらの本で読んでいて、しかも、「反精神医学」は「反精神医学の医学」でしかない、それは果たして「反精神医学」と言い得るのかという思いがずーっとありました。というところで読まないままに来てしまっていました。べてる関係の本を読みながら気になり出して、やっと手にしたところです。

さて、読んで気づいたのは、分析的理性に対置するサルトルの弁証法的理性というようなところで、現象学と実存主義が交差する流れの中で、「反精神医学」が起きてきているということです。前に読んでいた木村敏さんはハイデッガー的な現象学と実存主義の流れの中でのかなり独自をもった論形成だったのですが。

さて、その「反精神医学」はそのような認識論的な論考があるところで、そして近代知の地平を超えんとする現代思想の流れの中にあるところにおいて、当然実体主義批判というところ、関係論的なところも出てきます。そのあたりの論考がどう展開しえるのかという期待を抱かせます。ところで、わたしはこの反精神医学という突き出しはちょっと実態にあっていない、むしろマルクスの『資本論』の副題の「経済学批判」になぞらえられる「精神医学批判」というタイトルが妥当ではないかと思ったりしていました。

話が脱線しますが、この本の中で「治療共同社会」という概念が出てきます。これがまさに「反精神医学の医学」でしかないというゆえんなのですが、でも、クーパーの理論の中でも、自由のための「病」というような反転があり、治療を超えた共同性指向ということがあります。これはどうも、指向性にとどまってしまっています。ところで、この本を読む前にわたしが読んでいた「べてる」の実践がまさに治療を超えた共同性での実践になっているのではという思いを抱いていました。しかも、当事者のピアサポートということが軸になってきているという意味で、これはクーパーの中にあった指向性を更に文字通り「反精神医学」として踏み出したことではないかと。というより、むしろ「反精神医学」などというより、「非精神医学」とでもいうことではないかと思ったりしています。

 

さて、「反精神医学」ということでは吉田おさみさんの『”狂気”からの反撃―精神医療解体運動への視点』ということがまさにそれだったのですが(これについては「通信18」で書評を書いています)、今日そのような流れがどうなっているのか、わたしにはつかめていません。今日、むしろ「精神病の苦しさの言説」ということが素直に出てきていて、その上にたって、どうもう一度「精神病」ということをどうとらえ返すのかという論考が必要になってきているようにも思います。

そのあたりはむしろ当事者サイドから語られていくことで、べてるの語りもまさにそのことの実践だとも言い得るのではないかと思っています。で、「「障害の否定性」の否定」で論を展開してきたわたしの立場から蛇足的にあえて書きおけば、「精神病」自体が抑圧の中でアンチとして起きてきているという意味において、抑圧というつらさということからくる当然そこから起きてるアンチとしてもつらさを抱え込んでいるところで、抑圧自体をどうなくしていくのかという実践の中で、むしろ、つらさということが止揚されたことが、「幻聴から幻聴さん」へと移行するなり、むしろ幻聴さんなり妄想をお客さんとして対話を楽しむという自体さえ生まれてきているのではないか、などと思ったりしています。

この本の中では、家族の中における関係ということが「病」を生み出していく構図ということが展開されているのですが、ひとつ分からないのは、抑圧がなくなれば「病」は消えるのかという問題です。もし、そこで何か「病」と規定されないでも「異化」することがあっても、そこにつらさということがあるのか、むしろ「べてるの語り」の中でも出てくる幻聴さんとの対話を楽しむという事態になっていくこともあるのではと思ったりしています。素人談義とかいう批判承知しつつ、また今現在つらさを抱え込んでいるひとから批判されることを思いつつも、そこから逆にとらえられることもあるのではと、あえて書きおきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『反障害原論』への補説的断章(1)

(まえおき)

本を出版して二ヶ月になります。本を手にしてざーっと読んでいただけでも、校正しおとしたところがありました。何度も筆者校正を積み重ねていたところで、最後に大幅な校正を出版社から入れて貰ったところで、再度筆者校正を何度か重ねるべきところを、自分の集中力を過信したようで、かなり校正し落としました。筆者責任以外の何物でもないのです。

とりあえず、この補説的断章で校正を重ねることにします。もし、読者のみなさんで気づかれたところがありましたら、連絡下さればと願っています。また、最終校正している段階でも、書き足したいことが湧いてきていました。特に、ちょうど本の最終校正段階に入っていたころに、「自閉症論」「精神病論」の本を読んでいて、反転の事例などを多々読み込んでいました。それらのことを少し書き加えたいと思っています。

また、本の出版する中で、わたしのHPの読者だったというひとからメールをもらい、しかも、そのひとも独自に論を深めているひと、その対話の中で論の深化を深めていけそうな予感を抱いています。

それらのことを「補説的断章」という形で、この「通信」で連載します。

この本は予期していたこととはいえ、とても難解だとの批判を貰っています。もとより、もう一冊の読みやすい本とセットにして出す企画を抱いていました。本をだしてもらった出版社に新書シリーズの企画があり、すでに何冊か出ています。できたらそれに便乗して出版をとの思いをもっているのですが、まずは、今回出した本の在庫を一掃せねばと、不得手な「営業活動」に励まねばなりません。

 

前置きはこのくらいにして、校正の指摘です。

 

『反障害原論』第一刷筆者校正1

3P 下段9行 とりあえず、これまでの‘障害’に対して、社会モデルとしての概念の架け橋として‘反障害’という言葉を措定したいと思います。

      →とりあえず、これまでの医学モデルの‘障害’(後に‘「障害」’と区別して表記)に対して、「社会モデル」の概念の突き出しとして‘反障害’という言葉を措定したいと思います。

5P 下段7行論考→論攷

13行論稿→論攷

8P 表 最初のくぎり縦線を二重線に

下段1行 補節→補節一

13P  後から2行 入門書の翻訳→入門書の翻訳本へのコメント

16P  上段後から5行 国際的に→国際的な

18P 下段12行 絶対的排除だけの差別→絶対的排除の差別だけ

21P 下段後から3行 「内自由化」→「内自有化」

32P  上段9行 皆さん、→皆さんの、

34P 下段17-18行 価値的に両義的に→価値両義的に

35P 下段1行 厳密に言うと<そのもの>につなげてしまって

→厳密に言うと<そのもの>としか言いようのないことを“障害”につなげてしまって

38P 上段8行 国連の「障害者の権利宣言」→

国連の「障害者の権利宣言」の障害(者)規定

39P  上段後から5行 「社会的責任」→「社会の責任」

47P 上段9行 んでいく→んでいく。

54P 上段4行 わたしの→わたしが

69P 下段後から1行 行き→生き

87P 下段2行 有機体的世界観→有機体的世界観の成立、

     10行 物理論→物理学

89P 上段14行 わたしの発見→わたしの“発見”

      下段7行  こころみ→試み

106P 上段後から9行 ものです。→ことです。

   下段後から6行 ひとつのテーマとして→障害学のひとつのテーマとして

     後から5行 生み出してきました。→生み出そうとしてきました。

114P 上段8行 補説二〇頁→補説二 一六六頁

135P  上段後から3行 モデルところからの障害分析→モデルからの「障害」分析 

147P 上段後から9行 一人のひとは一部に関与し→一人のひとはその一部に関与し

   下段後から8行 整理→管理

165P 下段11行 今の社会資本主義社会→今の社会-資本主義社会

171P 下段1行 補節→補節一

180P 上段1行 きているという指摘されています。→きていると指摘されています。

   下段15行 押さられます。→押さえられます。

183P  下段13行 する。→、

198P  下段3行 「重度障害者を」→「重度障害者」を

208P  上段後から2-3行 (性<差>)→(性(差))

210P 下段最終行 いう問題にも→いう記述を入れている問題にも

214P  下段後から7行 り結局、→り、結局、

223P  上段一節のタイトル 翻訳→翻訳本へのコメント

229P 13行 しています。(一四〇頁)→ しています(一四〇頁)。

242P  下段7行 と書いていました。→という趣旨のことを書いていました。

255P 下段10行 あり、そのことを青い芝の人たち→あり、青い芝の人たち

263P 2行 茂木の本発行年数落ちている→1990

奥付 上から12行 (生活書院 2008年)→(生活書院 2008年)から

 

 

(編集後記)

◆ボツボツ対話をもとめて動き出したいと思っています。そのような思いのひとつで、「推進会議」などの意見のメールをしました。「推進会議」の中での議論では、基本的言葉の概念とかはとてもまとまりそうにありません。むしろ、外からの議論をそこに波及させていくことを考えねばなりません。その他いろいろの場での対話をもとめて動き出します。

◆本を出版して「以前から「通信」を見ていました」というメールをもらいました。今まで運動の議論以外は、ほとんど対話なしに(本との対話を軸に)学習してきたのですが、情報の狭さを感じています。もっと積極的に対話をもとめて動いていきたいと思っています。

◆本の出版の作業の中で本の学習がほとんど進まないということがあったのですが、その反動か、かなりの本を一挙に読みました。読書メモにばらつきがあり、まとめきれていないでいます。ぼつぼつこの「通信」から読書メモを切り離し、読書メモはブログだけにして、この「通信」を対話の場にするか、新しい場を作っていくことを考えています。

◆「『反障害原論』への補足的断章」の連載を始めました。この本は深化を軸にした本。もう一冊広がりを求めた新書的なものを考えています。

◆『反障害原論』の本は議論のために出したこと。出版の中で対話を求めていきたいと思います。この「通信」の読者のみなさんの批判・意見をよせて貰いたいのです。書評などを雑誌や本関係の新聞に載せて貰う話もあります。書評という形で出してもらえたら、いろんな場、機会で対話をもとめていけたらと願っています。

 

 

 

反障害研究会
新しい出発に関して二項目を追加しました。

■会の性格規定

 今、‘障害という言葉ほど混乱した使われ方をしている言葉はありません。わたしたちは「障害者が障害を持っている」という医療モデルから、「障害とは社会が障害者と規定するひとたちに作った障壁と抑圧である」という「障害の社会モデル」をとらえ返し、更に、「障害とは関係性の中で、「障害者」に内自有化する形で浮かび上がる」という障害関係論への、障害概念のパラダイム(基本的考え方の枠組み)の転換を図ります。そのことを通して、障害のみならず他の差別をなくしていく反差別の理論を作り上げ、その運動に参画していきます。このホームページにアクセスしてきた方との議論の中で、ともに深化と広がりを求めていきたいと願っています。

■会という名で出していますが、まだ個人発の一方的発信の域を出していません。もとより、働き掛け合いとして設定したこと。読者の皆さんが活用して頂けたら、またメーリングリストみたいな形に展開していけたらとも思っています。

■連絡先

 Eメール  hiro3.ads@ac.auone-net.jp

HPアドレス http://www.k3.dion.ne.jp/~ads/



[1] 事実、管理職は教育委員会から「問題教員」としてチェックされることを心配してくれている。

[2] 入学した生徒に住民票の提出を求めるのを禁じている教育委員会がある。「被差別部落」に居住していることや外国籍であることを教員が知ること自体が差別につながるという理由らしい。しかし、「いじめ」や「進路選択」において、生徒の状況を知らなかったがために適切な対応をとれないケースはままある。たとえば、教員が「いじめ」の当事者に本人の背景を問いただすこと自体が、「だから」いじめられた/いじめたと周囲が考えていることを強調することにつながり、当事者に痛みを感じさせることはおおいのではないだろうか。むろん教育委員会が、生徒の個人情報を「悪用」する教員がいることを前提として禁止している可能性も否定はできない。

[3] 「聴覚障害」「耳のきこえない人」という言葉は、欠損をしめすものだとして、「ろう」「ろう者」という言葉をつかおうという運動をする「ろう」の人たちもいるが、ここでは「一般的」な表記にとどめる。