アメリカ農務省森林局発表の2004年度『アメリカ・バーダー調査』速報註1によると、バードウオッチングを楽しみ、自宅の庭にバードハウスを懸架、バードフィーダーで餌を与えバードバスを用意しているバーダー数は8520万人、アメリカ総人口2億8042万人註2の34%、国民の3人に1人がバーダーである。
コーネル鳥類学研究所、米オーデュボン協会は庭に集る野鳥の種類、鳥数を調査する『The Great Backyard Count』をアメリカ全州のバーダーの自主的参加により毎年実施している。2008年度は2月15日から同18日までの4日間行われ、参加者は自宅の庭に集る野鳥の数を毎日15分間カウントし結果を『The Great Backyard Count』に報告した。発表された調査結果によると提出されたリスト件数は85,725件野鳥の種類は635、数えられた野鳥数は9,805,216羽だった。2007年度に比してみると、提出件数、鳥種は増加しているが、鳥数は減少している。
市民達と野鳥とのふれあいは、たとい些細なことであっても絶えず新聞等によって報道され、市民達が自然と親しむための貴重な情報となっている。2007年度、一年間を通してアメリカの新聞に『バードハウス・フィーダー』と言う文字が使用されたニュースは898件、一日平均2.5件、2008年度は7月末現在で既に586件、一日平均2,8件である。
アメリカでは、コミュニテー、教会、学校、自治体等が中心となり四季に応じたフェステイバル、バザーが開催されるが商品として必ず登場するのがバードハウスである。
そしてバードハウスのオークションが活発に行われている。オークションには、司会者がバードハウスを入札者に示し価格を競り合う本格的オークション、購入希望者が事前に陳列されたバードハウス見て、入札用紙に金額を記入、入札するサイレント・オークションがある。
出品されるバードハウスは、地域の著名人、アーチスト、野鳥愛好家ー特にリタイヤーし、悠々自適の生活を送っている人たちの製作したバードハウスであり、その収益金は、生活困窮者の子供への援助金、脳性小児麻痺患者救済、エーズ撲滅運動等々に寄付され、社会的諸問題解決のために役立っている。またキリスト教会のバザーにもバードハウス、バードフィーダーは登場し、収益金は後進国でのキリスト教伝道資金等としても使われている。
新聞各紙には著名人の死亡記事が掲載されているが、内容は故人の経歴、業績に止まらず「生前755のバードハウスを製作寄贈したとか、リタイヤー後は毎年子供たちのためにバードハウス教室を開催していたといったバードハウスに関連事項が記載されているのは大変興味深いことである。
新聞が野鳥に関する記事を掲載するのは決して最近のことではない。自然と人間の共生を示唆したレイチエル・カーソン(1907~1964)が二十世紀半ばに発生した、農薬DDTの毒性による環境破壊を取り上げ、人間の愚かさを指摘、『沈黙の春』が誕生する切っ掛けとなったのも新聞の投書註3からだった。
オルガ・オーエンス・ハキンズ夫人は、マサチューセッツ州ダックスベリーに居住し、野鳥たちに餌を与え、沐浴するバードバスを用意、雛を育て、寒さ、嵐を防ぐシエルター・バードハウスを庭園に設けていた。ある日、農薬散布の飛行機から散布された害虫駆除農薬DDTにより彼女の庭園に集っていた野鳥たちは無残にも死亡してしまった。そして野鳥たちの死を悼む彼女の悲しみの投書が『ボストンヘラルド』誌に掲載され、それを読んだレイチェル・カーソンが環境問題に強い関心を持つ契機となったのだった。註3




3. 検証インディアンとパープル・マーチン



開拓者達が何時、何処でインディアンからパープル・マーチンとヒョウタンの巣箱について学んだかは諸説がある、、ピューリッアー賞、その他多くの自然、環境保護等の賞を受賞した作家るエドウィン・ウェー・テール( 1899~1980)(『ウォルデイン』の著者ヘンリー・デイヴィド・ソローHenry David Thoreau(1817~1862)と並び評価された作家)はアメリカのバードハウスの起源について次の様に述べている。註7
”初期のアメリカへの移住者はインディアンの部落で彼らがパープル・マーチンの為にヒョウタンの巣箱をぶら下げていたのを見た。然し実は、(巣箱の歴史はもっと古く、1492年)クリストファー・コロンブスが新大陸に上陸した時に、乗組員達は野鳥がヒョウタンの巣箱で生活しているのを見ているのである”
インディアンたちがパープル・マーチンの為にヒョウタンの巣箱を使用していたことを最初に指摘したのは英国の植物学者であり、聖職者だったジョン・バニスターJohn Banister (1650~1692)である。彼は博物学者John Rayが編纂した”History of Plant”の第2巻に彼がヴァジニアで発見した植物に書いている他”Observations on the Natural Productions of Jamaica", "The Insects
of Virginia”等8冊の著作がある。その中に”インディアンは、パープル・マーチンにポールの先端に取り付けたヒョウタンに巣作りをさせ、コーンを盗み食いし、ニワトリを襲撃するカラス等を防がしていた”註8と述べている。
次いで、ロンドンで博物誌を学んだ英国人。マーク・ケートビーMark Cateby(1683~1749)は『Natural History of Carolina,Florida and the Bahama Island』(1731-47)の中にパープル・マーチンの挿絵を入れ”彼らは家鳩を飼育するように、棒の先にヒョウタンを吊るし家を提供していた。パープル・マーチンは威勢のいい鳥で、家禽を襲うカラス、タカを追い払った”と述べている。註9
18世紀になるとアメリカ鳥類学の父と言われるアレキサンダー・ウイルソンAlexander Wilson (1766-1813)は『American Ornithology: The Natural History of the Birds of the United States』の中で ”孤独な生活をしていたインディアンはパープル・マーチンに対して特別な尊敬の念を持っていたようだ。”と述べ、更に先住民族チョクトウ、チョクソウ・インディアンたちの作ったバードハウスについて”彼らはヒョウタンを使ってバードハウスを作り住まいの近くの樹木に横木を渡しそこに懸架していた”、”インディアンたちは自分達の集落の周囲に多数のヒョウタンの箱を用意することにより、野生のパープル・マーチンを[semi domesticated] (飼いならし)、共生を図った”と述べている。註10
鳥類画家生としても著名なJohn James Audubon (1785-1851)はパープル・マーチンを”privileged piligrim and harbringer of spring”(光栄ある巡礼者
り、同時に、パープル・マーチンの日常生活はインディアンたちの時計の役割を果したと言われている。
本来、パープル・マーチンは森林の中の樹洞、キツツキの作った巣穴、崖の洞窟等に巣を作る習性を持っていた野鳥だった。当時インディアンたちは飲料水、酒を運ぶ水筒としてヒョウタンを使用していたが、たまたま乾燥させるために樹木にかけていたヒョウタンにパープル・マーチンが巣を作った。これを見たインディアンは自分達の生活に貴重な情報を提供するパープル・マーチンを身近に呼び寄せるために作ったのがヒョウタンのバードハウスであった。註6





註7 : John K. Terres:Songbirds in your garden (1953) に書いた序文、入手した古書の後扉に張られていた二人の写真、上が 専門地質生物学者であり、オーデュボンマガジン編集者であった著者John K. Terres(1905~2006)、下の写真はテールである。
註8 : .John Banister: Natural History of Virginia (1678-1692)
註9 : Robin Doughty and Rob Fergus: The Purple Martin (2000)
註10 : Alexander Wilson: American Ornithology ;or The Natural history of the Birds of the United States(1828)
Some people have large conveniences formed for the Martin with many apartments,whichare
useally tenanted and occupied regulary every spring, and in such places,
particular individuals have been noted to return to the same box for several
successive yearrs Even the solitary Indian seemes to have a paticular
respect for the birds, The Chactaws and Chickasaws cut off all the top
branches from a sapling near the cabin, leaving the pronge a foot or two
in length,on each of which they hang a gourd or same calabash, properly
hollowed out for their conveninence . On the banks of the Mississippi the
Negroes stick up long canes with the species of apartment fixed to their
tops, in which the Martins regulary breed , Wherever I have travelled in
this country I have seen with pleasure the hospitarity of the inhabitants
to this favorite bird.
註11 :John James Audubon:Birds of America(1831)
(Aug.29,2008) つづく




1. 8520万人の市民達が野鳥と生活を楽しんでいるアメリカ
2. ヒョウタンから始まったアメリカのバードハウス文化