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Bank of Buddha(仏陀銀行)とは

 

 

“グローバリゼーション”は、私たちに多くの恩恵を齎した一方で、

「格差の増大」や「地球環境問題」という負の側面をも齎してしまいました。

しかし、これら負の側面は、全人類が共通して取り組める課題が提供されたという点で、

ひとつの希望と捉え直すこともできるでしょう。

世界を席巻することとなったグローバルな資本制経済のシステムは、

そのシステムに乗り切れない人たちで世界中が溢れかえるという現実を突き付けています。

そして、それは、経済システムそのものに欠陥があると言うよりも、

経済システムを利用する「顔の見えない人間」に問題があることを私たちは見出しました。

Bank of Buddhaは、こうした人類の課題を根底から問い直しつつ対処すべきと考え、

「諸行無常」という仏教の原理に唯一的に反し、

時間と共に価値が増殖する「利子」という問題に焦点を当て、

「地域通貨」と「小規模融資」を融合することで成り立つ「無利子銀行」の試みを通じ、

「お金」に内包されている人間の倫理性の問題を掘り起こし、

倫理性と世界性を兼ね備えた個々人の自立的な生き方と

「利他」と「慈悲」の精神による他者との共存共栄的な生き方。

そして、顔の見える自律的なコミュニティーの再生と

それらの国境を越えた連携(四方僧伽)を、

仏教という宗教的地平の上に構築することで、

不安定で暴力的な国際社会の現実を平和的にバランスする

グローバルな倫理的均衡勢力の実現という

具体的な世界平和ビジョンの下に運営されています。

Bank of Buddhaは、国籍や宗教の相違を超えてすべての人に門戸を開いています。

今、その場所から、あなたも共に一歩を踏み出しませんか?




世界市民通貨(BD)と小規模融資(マイクロ・クレジット)について

●世界市民通貨(超・地域通貨)について

 

 単位:ボーディー(BodhiBD、菩提)

 換算基準:1BD=1円 但し、換金は不可 

 様体:紙幣もコイン(硬貨)も不使用。通帳のみを使用。
    (偽造の不可、通帳=メンバー証)

 利用方法:個々人の職能を(通帳を通して)相互に交換し合う。=交換リング形式
          個々人の提供できる職能と提供して欲しい職能をリスト化して広報する      

      ・リストには個々人の職能リスト・連絡先を明記する。

      ・価格は2者間合意。(銀行は必要に応じて仲介する)
       (相殺原理=ゼロ・サム理論=空)

・取引は相互に通帳に差し引き合計金額を記述し、サインする。
         ・取引後に「Bank of Buddha」に報告する。

      ・BD通貨利用者のみが、後述の小規模融資(国家通貨+BD)を
       利用することができる。

      ・銀行員はBD利用者を増やすことを主な仕事とする。
       (職能力の増加=高度な自給へ)

効能・効果:コミュニティーの自立
       (グローバリゼーション経済に対峙する高度な自治)

・国家通貨への依存度の低減(家計のセーブ)

     ・誰もが地域作りに参加できる
       (高齢者、失業者、引きこもり、学生、主婦 
etc

     ・非匿名性による顔の見える地域作り(モラル・ハザードへの抵抗)

      ・「お金」は人間のツール(道具)であることの再認識

●小規模融資(マイクロ・クレジット)について


どうして小規模なのか?
・課税対象外(課税範囲は各国家(法律)によって異なっているものの)であること。
・小規模融資で自立可能な人々が多くいること。(箱もの援助から個々の自立支援へ)
・コミュニティー内の個々人の経済的自立による結果的なコミュニティーの自立を目指すべきと考えるため。


金額は?
・1口当たりの上限を5,000ドル(約50万円)とする。(借方の課税対策)
※それ以上の金額を要する事業は、NGOの人道援助活動として(非課税で)実施する。
CSの場合、緊急救援事業やライフ・ライン・プロジェクトとして実施している。)
※融資は最低3人組の連帯責任制(グループ制)を取るが、
 複数のグループによる共同事業の場合は、2口以上の融資も不可能ではない。
 (但し、課税対象とならない範囲で)


融資方法は?
・借方(申請者、但しグループ制)は事業計画書、予算書、返済計画書を提出する。
・借方はコミュニティー通貨(BD)に加入していること。
・借方は「Bank of Buddha」に出資(国家通貨)していること。金額は事前に合意。
 (自助努力の奨励。但し、借方の事情によって完済後の利益から後日出資することもあり得る。)

・衣食住に関連する自立したコミュニティー作りに貢献する事業であること。
・「Bank of Buddha委員会」(貸方;各コミュニティー単位)が審査する。
・融資は、窓口となる「Bank of Buddha委員会」の審査を通して決定される。
   
尚、自然災害等、不測の事態によって返済が滞る事態が生じた場合、
   自立のための更なる融資を行う。その場合は漸次、
  「Bank of Buddha委員会」(貸方;各コミュニティー単位)が審査・決定する。

・上記の情報は公開される。


返済については?
・借方の収入発生時より毎週または毎月、毎年ごとの返済(業種により異なる)
・無利子銀行であるため、借方は元金(借入金)のみの返済で責務が完了する。
・但し、返済時に別途「Bank of Buddha」に布施を行う。
(非強制、任意。法定通貨のみ)

・返済や自立に向けての(借方への)教導・相談等は僧侶・銀行員が
 中心となって行っていく。

 (如何にして前向きに生きていくかを導くこと=仏教者の使命)


銀行(貸方)の資金調達方法は?
・個人や団体からの出資

※無利子貯金(タンス貯金)

※出資金は小規模融資事業を通した社会開発事業に活用される。

※出資金は(預金後)半年以後から引き出す(脱退)することができる。
・高額医療共済組合(CSカンボジアで試行中)の毎月の積立金
・布施(個々の収益事業より借方が完済後に布施を行う。)
CSの場合、名香「四方僧伽」販売(CSJapan)や作務衣等の販売(CSCambodia
・寄付(有志団体・個人)
・銀行員(スタッフ)は、コミュニティー通貨BD(内部通貨)に上記収益事業、布施、 寄付金からの国家通貨を混ぜた給与を支給する。


講演会『仏陀銀行』リポート



宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会(以下、SS)・関東ブロックでは、去る平成21年1月10日に、当会幹事である井本勝幸氏を講師に迎えて講演会を開催した。
テーマは「国際チベットサポート会議の報告・仏教経済学概論」。
チベット問題を始め、世界各地で止むことを知らない紛争の背景には、現状の経済システムがある。貨幣経済が隅々まで行き届く一方で、貧困層の固定化が進み、教育チャンスから排除される人々を生む。追い詰められた貧困層は、より低賃金、より悪環境へと追い詰められ、暴力やエイズの誘引など負の連鎖を招き続けている。こうした貧困層を拡大し続けることで成り立つ現在の世界経済のあり方とチベット問題は決して無縁ではない。むしろ、今日の経済のあり方、金融資本のあり方、市場経済のあり方の中に、チベット問題をはじめとする世界各地の紛争の根っこがあるのではないか。
『苦しみの因を問う』ことを基本的な姿勢に持つ仏教徒として、社会の仕組みが苦しみの多くを生み出しているのではないか、との気づきからこの苦の原因を探り、そのような苦しみを生み出すシステムからの脱却を目指すことは、大切なことではないだろうか。
そこで、あらためて「チベット問題の解決のためには、いったい何が必要なのか」という問題意識から、関東ブロックでは、問題解決に向けて経済システムのあり方を問い直す学びの場を設けた。
講師の井本師は、アジアに広がる仏教徒のネットワーク「四方僧伽」で、普く人々に幸福をもたらす経済のあり方を追及し活動している。
現在、井本氏たちの新たな取り組みにおける『仏陀銀行』とは何か。
その講演会に参加した、当会幹事の本多静芳師のリポートを以下に掲載する。

「井本勝幸師の仏陀銀行の主旨を聞いて」
                    本多 靜芳(SS幹事、アーユス理事)

○現行の金融システムとは何か?

 師の仏陀銀行の設立の意義を学ぶことによって、今まで理解していなかったことが沢山分かってきたことに非常に大きな意味があると思う。
 先ず、現在の経済金融市場に関わるということ自体が、結果として、西洋型の経済資本主義の市場のあり方を容認することだということだ。そして、それは必然的にそこに派生する投機的な金融の分配を偏って成り立たせることになる。確認すれば当たり前のことだが、普段気づくことのなかった認識を持つことができた。
 ところでこの投機的市場を背景にする莫大な金融の動きは、実質経済を伴うことがないまま経済的な富の偏在をもたらすことになっている。例えば一昨年の国際間の金融取引は年間約三〇〇兆ドルといい、相場の成り立つ日毎に平均すれば一日一兆ドルであり、しかもその九〇%以上が投機的な短期資金が動いているに過ぎないという。
 そのために、そうしたあり方を問いにせず、現在の金融市場をそのままにして被援助国に開発のためだといって経済的な支援を行うことは、一時的な富の移行を貧困社会にもたらしても、結果として現在の金融市場を温存させ、かえって富の偏在に加担することになる罪作りなことに過ぎないという。

○アジアの経済システムを見つめる

 つまり、経済システムそのものを問いにしないままで、NGOや、経済的なボランティアの金融支援にかかわることは、こうした理由によって、根本的な問題解決をもたらすものではなく、現在の金融市場主義を再補填するのに過ぎないというのが井本師の主張である。
 この主張は、現在、一般的なNGO活動をしている諸団体などにとって、いささかショッキングなものである。しかし、政府主導の低開発国支援という名で行われているODAが、今までに大きな経済的な不均衡をもたらしてきたことは周知の事実である。こうした現実の背景には、現在の経済市場で資本の扱われ方が、実質経済を伴わない投機的な金融市場によってなりたっている問題点があると井本師は明らかにされる。
 西欧型の一般的な経済システムが富の偏在をもたらしているために、本来、経済的自立が可能なはずのアジア諸地域の多くの人びとが、ほんの少しの借金を形に、生涯その返済に振り回されている。そうした現実に直面した師が、新たに主張し立ち上げたのが仏陀銀行である。西欧金融市場が投機的な虚構の経済を展開して、農耕、漁業、林業、手工業など、第一次産業という現実的な人間の営みに対してむしろマイナスの結果を出していることの反省から生まれた全く新しい金融システムである。
 現在の投機的金融が跋扈してきた背景にあるのは、利子という名で生まれる架空の経済価値であり、それは実質経済活動を伴うものではない(無論、現在のシステムの中にある人びとは、決してそうは思わないし、それをまるで空気のように当たり前のものと受けとめている。私自身も井本師の説明を直接聞くまでは自分の問いにならなかった)。そのために、利子によって、架空の経済価値が生まれている以上、それは結果としてマイナスの現実的な経済損失を被る人びとが生まれる。これは、現在の言葉でいえば、「勝ち組」と「負け組」ということであろう。
 師は、アジアの諸地域で、第一次産業をもとに暮らす人びとの生活によりそい、たとえば、たった千円があれば経済的に自立できるにも関わらず、その千円を架空経済を背景にして利子を生ずる金融システムの中で借りてしまったがために(師にいわせれば、借りさせられたために)生涯をかけてといってよいほど、利子を返し続けなければならない人びとがおり、また、そうした経済システムに乗って、巨万の富が偏在していることになるという。

○利子をどう捉えるか?

 さて、西洋の経済は、相手との取引から利潤を生み出すということを前提として成り立っている。この経済の発想のもとになるのは、自分と相手を主客二分して判断することであると私は受けとめた。そのように関係性を二分することによって私たちは相手を対象化、客観化することができる。そして、そのような関係性に立つからこそ、相手を切り離した私がいくらでも利潤としての利子を受ける事に何ら倫理的問題を考えなくてもいいシステムをつくり出したといえよう。
 つまり、西洋の発想を背景として成り立つ経済の利子というシステムは、相手との関係性の中で、金銭を合法的に移行する措置として十分に機能し、またそれが次の利子を合法的に獲得することを可能にしている。こうした経済市場において利子という利潤を求めようとする投資家がいるかぎり、その利子を補完するために、利子を常に生み出す提供者を担保していなければこのシステムは成り立たず、そこに架空の金銭が動くということになる。
 一方、東洋の発想は、主客二元という分別の論理を見据えつつも、なお、自他一体の縁起の論理がもとにある。このことは端的に、明治維新以降、日本に自然という視点が生まれたことにもその問題性が伺える。明治以前、もともと自然と書いてじねんと呼ぶのが、一般的であった。その自然(じねん)は、ものごとが縁起によって自ずとそうなっていることを示す言葉である。明治以降、私を離れた海や山などの対象的で客観的な自然という感覚を日本人は受容してきたが、それ以前は自他一体の縁起観がもとになっていた。もっとも昨年2008年朝日新聞にも紹介されていたが、アイヌ民族でも対象的な自然(しぜん)という概念はなかったという。
 私は、井本師の提起している経済システムの全てを理解している訳ではない。しかし、今まで西洋の主客二元の論理から生まれた経済を当たり前にしてしまっている。が、私とあなたは同じいのちを分け合って生きている、そして、今たまたまお互いがお互いのいのちを生きているから、経済的にも、たまたま貸借関係が成り立っていると受けとめるのが自然であろう。
 仏陀銀行では基本通貨単位をボーディ(目覚め)と呼び、利子の代わりに貸しだし金の一割を地方で通用するチケットとする。それによって、地域での具体的な「はたらき」をやり取りするのだ、例えば自転車屋さんならその専門の技術を、マッサージの上手な人はその技術を、などなど、金利の代わりとなるこれらのやり取りが結果として地域の経済循環を活発化していく。つまり小規模融資がより縁起する社会に適合した金融であるという訳だ。
 地方のサンガ内での経済循環社会を目指すとき、大変有用な既存の信用組織が寺という仏教文化を中心とした檀家制度という職能集団という訳である。
 ここで私たちの心を経済価値の生き方から、支え合い分かち合う縁起価値への生き方への変換が問われているといえよう。何故なら私たちは、余りにも大きな金融制度の破綻を目の前にしているからだ。



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