血液型を活用したこころのエステシャン
(カウンセラー)のお部屋

血液型日記へ
カウンセリングのご案内
18歳以下は1回800円です。
18歳〜学生は1回1000円です。(1時間以内)
社会人の方は1回1500円〜応談にて個別対応です。
事前に銀行振り込みにて
詳しくはメールにてご案内いたします。

営業時間
月〜土曜日
10:00〜12:00
13:00〜17:30
![]()
血液型が違うだけで相手の考えがわからなくて、困ったことはありませんか?
実際にどこがどう違うのか、具体的な違いを知り、人間の個性への理解を深める
ことで日常の人間関係から生じるストレスを少しでも軽くできます
信じる、信じないとか、科学的根拠があるか、否か。
そういったことはこの際、いったん横に置いておくことにして…
それよりも目の前の問題解決のために、とりあえず利用できるものは
うまく利用していきたい、そういうことを考えてこれまでいろんな本で
研究してきて、わたしが一番理解しやすかったものが「血液型」
でした。
特に最近では、人付き合いが上手くできなくて
悩んでいる人が多いように思います。
昔は家族の数も多かったので、大人になるまでにごく自然に他人との
コミュニケーションをも学べたものですが、近頃では大人も子供も多忙に
なりすぎて、じっくり他者と向き合う時間をなくしてしまったように思います。
また、物質的な豊かさはそのまま誘惑の多さにつながり、さらにPCや
携帯電話の普及で、情報量は爆発的に増大し、現代人をとりまく環境は
ますますストレス過多になりつつあります。
過度なストレスを放置したばかりに、自分でも気づかないうちに
心や体を病んでしまい、深刻な事態になることもありうるからです。
そういうことで、今の社会でに生き抜くためには、それなりの知恵が
必要だと思います。
まずは、自分をよく知ることです。不完全で矛盾に満ちた自分と向き合うこと
は、同じく不完全で矛盾に満ちた他人を許容し、受け入れる素地となります。
血液型別の、「いろんな個性や考え方を幅広く
知ることによって、自分の間口を広くしてゆく」ことができます。
特に若いうちは、実体験の不足を補うためにも、他人を許容するための知識を
できるだけ身につけた方がいいと思います。
うかつに大事な人生を棒に振ってしまわぬよう
血液型活用術を身につけるといいと思います。
また、他人の欠点ばかり気になる人は、自分自身を許容できない人が多いです。
人に見返りばかりを期待し、奪うだけになりがちな人は、愛の循環ができずに
結局自分自身を不幸にすることになりますから、なるべくそのことに気がついて
ほしいです。(与える人ほど多くを得られる。たぶんそれが真理だと思います)
もちろん、登山と一緒で、向上を目指そうとすると自分の欠点と向き合うなど、苦しみも
出てきます。スポーツでも、欠点を克服しない限り、記録向上は出来ません。
自分はしょせんこんなものだと自己限定するのは簡単ですが、できること
なら可能な限り、上を目指していきましょう。
そして、くれぐれも誤解のなきように言っておきますが、
人の性格というものはとても複雑な要素で成り立っているもので、
性格の全てを完璧に掴むことは、本人ですら難しいものです。
とりわけたった4つしかない血液型で性格を決めつけられる訳がない!
と思われる方へ
とにかく血液型だけで性格のすべては語れないし、語るつもりはありません!
これはあらかじめ強く言っておきます!
あくまで、おおまかな傾向性を知る程度にしかならないことは
承知のうえです。ただ、貴重な自己認識の第一歩を踏み出すのにこれほど
親しみやすく、入りやすい方法はないと思います。
(ちなみに完全主義者ほど、100パーセントの成果にこだわるあまり、
科学的に証明されていないから信じられない!と考えます)。
皆さんはこれまでに
「自分を変えたい」→自分に何が足りないのか?
「自分を成長させたい」→どう学べばいいのか?
なんて思った事がありませんか?ただ、変わるにしても抵抗があったり、
怖かったり、何をどうしていいのか分からない...。
巷では「自分次第」だとか、「気持ちひとつ」だとか、
「今のままでイイじゃん」だとか.....。
いまひとつピンとこない。
でも、もし、「自分を成長させる方法」とか、変わらないにしても
「今の自分でいいんですよ!」なんて言う
生きかたがあったらどうします???
まるで魔法のように「あの人のように強く生きる」ことが出来る。
「誰かさんのように賢く生きる」ことが出来る。魔法の方法。(心を豊かに過ごす方法)
意外と「誰にでも理解できるような簡単なコツ」と
「チョットだけ考え方を変えてみる」だけで、
気付いているようで気付いていなかった、
分かっているようで分かっていなかった、
あなたの目の前に広がっている毎日・生活・人生・世界、
そして、何よりもあなた自身のこころを綺麗にするお手伝いをさせていただきます
カウンセリングとは
わたしが直接あなたの疑問・不安・悩みを解決するのではなく
わたしはコツとノウハウを紹介します。
そして、あなたが抱える疑問・不安・悩みを解決するキッカケになり、
今までとは違う自信と元気を得ることが出来たらと思います。。
なぜなら人間は肉体と同じように
こころにおいても自然治癒能力が備わっているからです!
カウンセラーはオールマイティではありません
あなたのこころの病気を病気の手術のように病巣をメスで切り取ることはできません。
できることはあなたのこころに影響ならびに感化あるいは一転語を与えることはできます。
でもそれはたとえば学校の先生がテストの解答のための
指導をすることと同じで、生徒はその問題を自分の力で答えを出さなくてはなりません。
先生が問題の答えを出すことは簡単です。しかしそれでは生徒の実力はつきません。
カウンセリングもそれと同じで人生の問題集は
自分で最終的には答えを出さなくてはあなた自身の本当の実力がつきません。
実際あなたには本来自分で自分を治せる力が備わっています。
神は人間をそんなできそこないで役立たずの人間は一人も作ってはおられません!
ただ。いままでの生育過程あるいは数々の人間関係において
家庭とか教育においてこころの
悩み解決の方法を教えてくれる所が無かっただけです。
わたしは最終的には自分で自分の問題集を解けるようになり。
いずれはみなさんが他に苦しみ悩んでいる人々に対して
なんらかのお手伝いが出来る人を数多く作りたいのです!
なぜならいくらわたしひとりがそれぞれのクライアントを
カウンセリングしても日本には現在何百万人ものこころを病んだ
人々が日々苦しみ悩んでいるからです。
そう、既にあなたの幸運は始まっています。
日本だけでも一億ページとも言われる
ホームページ・インターネットの海原の中から、
ここに辿り着いたのですから。
少し難しい説明ですが...↓

伝統的な心理学は社会に適応することを目指していたり、精神病理に注目していました。
それに対してアブラハム・マズロー、カール・ロジャース、フィリツ・パールズなどの
人間性心理学は人間を機械的に見るのではなく、
人間そのもの存在をとらえようとしました。
そして、マズローは人間性心理学を過渡期のものとみなすようになり、
人間性、アイデンティティ、自己実現などを超え、
人間の欲求や関心ではなく
宇宙に中心をおくトランスパーソナルで
、トランスヒューマンなより高次の心理学を提唱したのです。
「メタ欲求、究極の価値観、統合意識、至高体験、エクスタシー、
神秘体験、存在、本質、至福、畏怖、驚嘆、自己実現
、自己超越、魂、瞑想的生活、悟り、宇宙的覚醒、
霊的修行、慈悲、超個的現象、超個的自覚」など、
それらに関した、体験、活動の理論と実践に関する研究を発表していく」
(1969、American Transpersnal Association)として
トランスパーソナル心理学の研究や実践が始まり
、新しい意識へ向けての航海が始まったのです。
この新たなる航海へに向けての地図の下地には、
ウイリアム・ジェイムス、カール・ユング、ロベルト・アサジョーリ
などの研究が含まれており、
その延長線上に東洋思想と東洋宗教の修行体系がつけ加えられたのです。
トランスパーソナル心理学は
この東西の世界観に橋を架け統合する新しいパラダイムを提示しいます。
ロジャー・ウォルシュとフランシス・ヴォーン(1986)はこの立場から、
病理を回復させる伝統的セラピー存在にまつわる問いに答える実存的セラピー
悟りや解脱など、実存レベルで直面した
問題の超越をとらえる救済的セラピーの3つに分けました。
今までの多くの西洋心理学では前者2つのモデルを取り上げてきたのです。
トランスパーソナル心理学では、
これらの3つのモデルを包括した立場から人間の本性を探求しています。
従来の心理学との違いは心の在様を多元的にとらえ、
からだからのメッセージを重視し、
魂の領域でのスピリチュアリティ(霊性)に目を向けた点です。
トランスパーソナル心理学の大きな特徴の一つは、
意識の状態(the state of consciousness)を取り上げたことです。
このことでからだと魂の領域を無視することができなくなったのです。
伝統的な精神医学や臨床心理学では、
日常意識で感じられる以外の意識状態を経験すると、
異常あるいは精神病理として切り捨てられてきました。
ウオルシュとヴォーン(1986)は、早くから意識の状態について言及してきた
ウイリム・ジェームスの言葉を引用しています。
「われわれの日常の目覚めた意識は、意識の特殊なタイプにしかすぎない。
日常意識の周辺には薄いスクリーンに隔てられ、
それとはまったく異なる意識状態が潜んでいる。
そういった意識の存在に関心を抱かなくても、人生を過ごすことはできよう。
しかしこういった異なる意識の形態を無視する限り、
いかに世界をその全体性において説明しょうとしても、決定的なものとなりえない。
要はそういった意識をどのようにとらえるかである。」
このような意識の状態に関しては、スタニスラフ・グロフ
彼のセラピーは、(非日常意識状態という言葉を使っている)を作り
、無意識から出てくる素材を取り上げていくセラピーです。
また、彼は精神病と呼ばれる人たちの中で、
霊的な深化で起こる状態と区別し、
スピリチュアルエマージエンシー(魂の危機)という新しい概念を作りました。
(1997、C・グロフ+S・グロフ)

現在のところ、トランスパーソナル療法として統合された技法があるわけではありません。
それぞれのセラピストが<トランスパーソナルの知>を用いて、
セラピーを行っているのが現状です。
初回面接では、セラピストとクライアントが出合う大切なセッションです。
多くの場合、共に旅をするのか否がこのときに決まります。
相談にくるクライアントは自分のいのちが生きれなくなり、
心身で症状を出すことでメッセージを送ってきています。
わたしはクライアントの症状の出し方や自我のバランスを見極めながら、
「この人の今生のテーマは何なのか」
という点に注目して話しを聴いています。
そこでは、クライアントの症状のラベルづけや病理を追求するのではありません。
部分としての「症状」だけを見るのではなく、
全体としての「その人」を見ているのです。
セラピーの内容は「クライアントの人生体験の全てを反映せざるを得ないので、
内容が全面的にトランスパーソナルなものになることはまずない。」
(1986、ヴォーン)
セラピストはクライアントのいのちの流れに従って、
生きていくうえでの日常の問題、生きる意味などの実存の問題、
個を超えた高次の問題など、そのセッションに現れたテーマに取り組んでいきます。
それらのテーマはクライアントがもつ多元的リアリティを取り上げます。
その人にとっての人生のテーマは魂のテーマと一つにつながっているからです。
多くのクライアントの相談を受けていると、
この世に生まれてきときから、いや前世を含めて
各自が背負わされたテーマと時代や社会によって
作りだされたテーマがあるように思われてなりません。
それらの各自のテーマは
苦が現れて始めて、自分に向かい合うことができるのです。
死にたくなるほどの苦しみであっても乗り越えられない
苦は与えられないように思われてなりません。
その人がその苦に向かい合い、
取り組むならば苦の迷宮から慈悲と呼ばれる
通路が向こうから開かれてくるのです。
その意味では苦と慈悲とは回転扉のようなものです。
セラピーでは、クライアントが「今・ここ」で意識していること、
感じていること、夢やイメージで現れてくること、
からだが表現していることを取り上げていきます。
からだに注目することは、トランスパーソナル療法の特徴の一つです。
それはクライアントが体験したことはからだが知っているからです。
からだをスクリーンとして、全身が語ることに注目し、その変化を眺めるのです。
そのためにはセラピストは意識をゆるめてボーッとクライアントを眺めるのがコッです。
クライアントの語ることは過去の出来事であったとしても、
「今・ここ」でのリアリティであり、
それを覚えている無意識のからだが反応しているからです。
また、心身のプロセスが動き始めると
クライアントのいのちの流れを信頼し、
そのプロセスを援助することが大切です。
そこではクライアントの内なる知恵が安全弁を発動しながら、
その時のプロセスが全うされるからです。

ニューソートとは、 19 世紀のアメリカで誕生した、一連の心癒し(mind cure)運動である。
この創始者は、フィニアス・P・クィンビー(Phineas P. Quimby)であるとされている。
癒しに興味を抱いていたクィンビーは、
一時期、メスメル派の心霊術の香り漂う催眠治療に魅せられて、その治療師をしていた。
しかし、やがて「信念が病を作り出している」
という強い信念にとらわれ、独自の治療を始めることとなった。
第二次信仰復興運動の嵐が吹き荒れていたアメリカで
、クィンビーは、自分の行っている治療が、
かつてイエスがキリストとして行なったものと同一であり、
自分はその原理である「キリスト科学」を再発見したのだと考えるようになった。
そして、エマニュエル・スヴェーデンボリなどの
影響も受けつつ、非常に理想的な神を語った。
後に、クィンビーの思想や治療は、
キリスト教科学(Christian Science)や、
ディヴァイン・サイエンス(Divine Science)教会や、
キリスト教ユニティ(Unity)派、宗教科学(Religious Science)などの
諸宗派に引き継がれ、これらはニューソートと呼ばれる
ゆるやかなつながりを持った宗教運動となった。
これらの思想的な方向性としては、心の世界が本質的なものであるとし、
神とはこの世の原理のようなものであり、本来は誰もが神の一部であり、
そのことを何らかの手段によって実感すれば、問題が解決すると考える傾向がある。
これらの思想は、後世のアメリカの数々の自己啓発書の著者たちに
、直接、間接の影響を与えてきた。
また、近年のニューエイジ、精神世界のスピリチュアルな部分への寄与も無視できない。
「人生は選択」であり、自らで自らの現実を作っていると考える。
そして、それ故、ありとあらゆる自分に起こってくる出来事は、
自分の責任であると考えることもある
このどことなく実存主義的でもあり、それでいて
それ以上の何かが秘められた、このような思想の源流の一つは、
ニューソートの哲学に遡ることができるのである。
だが、『人生は希望なくしては生きられない。
そこで、多くの人々は諦めきれず、また諦めた
多数の人々も、くやしさにさいなまれる。』
だからこそ、多少の苦しみがあっても、
目標に向かって進んでいく人生に人々はあこがれる。
たとえ条件が悪くとも、なんとか
その難関を突破していきたいと、
かなりの人々が心の底で思っているのだ。
物質に恵まれ、多くの知識や情報を与えられているが、
一面では孤独であり、精神的な激励に飢えている。
また、有意義な仕事はむずかしいと思いながら、
希望とあこがれを捨てることができない。
私自身、様々な困難を乗り越え人生体験を重ねてていく中で、
人は自分が望むことは必ず実現することができるという確信を得て、
願望実現の真理、また、そのために何をすれば良いのか、
何をしてはいけないのかということを、研究してきました。

「混沌として先の読めない未曾有の社会環境の今こそ、
自分は何ものか、どんな人生が送りたいのか、
達成感を味わいながら、どんな状況にあっても
希望を持ち続ける大切さを、
一人でも多くの人に思い起こしてもらいたい。」
今こそ、願望実現哲学が必要です個々の講義あるいは
、インターネットを使って
、時間や場所や年齢の制約を受けずに
学んでいただけるよう頑張ります。
願望を実現することは、実は簡単なことなのです。
しかし、そのためには、人生の真理を知り、
「私はやるんだ」という前向きな気持ちが必要です。
今、私の文章を読まれている皆さんは、きっと、願望を実現することでしょう。
なぜならば、すでにその一歩を踏み出しているからです。
このホームページを訪れた時から。
真理の学習は一生のものです。
現在この私も、毎日少しずつ続けています。
そして、これからも、次々に大きな目標を達成し、
大きな仕事を成し遂げて行こうと意欲を燃やしています。