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| 「わたしが死んでもいい理由」美智子交合著 太田出版、1,000円+税 この本は「毒物宅配事件」あるいは「ドクター・キリコ事件」として世間が大騒ぎした事件の当事者が「ほんとうのところ」を隅々まで書いた一冊の本である。友人にすすめられて読んだのだけれど、この本にはたくさんの事実誤認やインターネットの可能性、マスコミのいやらしさなどが詰まっている。けれど一番わたしが大切なことだと思い、またここでこうして「読んでいただきたい一冊」として紹介する理由は、鬱状態(うつ状態)や境界例の心理を実に見事に文章化してくれているという点だ。 著者は死にたい、生きていたくないと何度も本書の中に書いている。しかし彼女は生きている。そういう彼女に対して「さっさと死ね」という言葉が浴びせられるという事実はわたしを絶望させる。死にたくても死ねない、生きたくても生きられない、そういう人間が世の中にいることがわからない「精神的健常者」(著者の言葉)はたくさんいる。わたしもたくさん非難の言葉を浴びてきた。理不尽な言葉も正論すぎて耐えられない言葉も聞かされてきた。それでも生きているのはわたしが自分の状態に対して「精神病」という名前の逃げ道を与えられたからだ。もし初診の時、「病気ではない、治療の必要はない」と言われていたなら今頃わたしは大阪市内のあるマンションから飛び降り自殺していたはずだ。そこまでたどり着いていたら、の話だけれど。 なぜ生きたくないのか、死にたいのか。そんなことに理由はない。この理由のなさも美智子交合は書き尽くしてくれている。そして「死んでもいい理由」についてもちゃんと筋道立てて説明してくれている。じゃあなぜ死なないのだろう、彼女は。彼女は書いている。「今、死んだら彼(ドクター・キリコと命名されていた人物、つまり青酸カリを送った人物)とそのご家族に迷惑がかかるから」だ。それだけだ。誰もが忘れた頃に死ぬ予定だと彼女は書いている。おそらく本当だろう。 彼女は常に虚しさと共に生きている。そしてもしハムスターがくるくると車輪をまわし、餌を食べるだけの生活に虚しさを感じたら、と想像する。その発想の知性の高さに彼女の悲劇があるような気がする。敏感な感性を持っていても知性が高くなければなんとか生きていける。けれど敏感な感性に高い知性を備えれば、この世の中には耐え難いことしかないのではなかろうか。 そんな風に、死へと向かうこの本なのだが、わたしにとってはこの本がEC(お守りとしての青酸カリを彼女はそう呼んでいる)になるような気がするのだ。この本を読むことでとりあえず死なずに済むような気がするのだ。 |
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