TOP
indexへ
ジョーティシュにおけるヨーガ
ジョーティシュで扱うところのヨーガとは、星と星とが形成するコンビネーションのことである。
ヨーガは、クンダリー(人や物事が発生した瞬間の星の配置)全体にパワーを与えたり、
あるいは取り去ったりする、
ある特別なコンビネーションであるといえる。
考えようによっては、グラハ(星)の組み合わせは全てヨーガであると言えなくもない。
しかし、高名なジョーティシャであるB. V. Raman師によれば、
「すべてのヨーガは
惑星のコンビネーションからなっているが、すべてのコンビネーションがヨーガであるとは
限らない。特定のコンビネーションのみがヨーガとして組み合わされ、ヨーガと称することが
できるのである」との事である。
そもそもヨーガとは
一緒になる、最高のものと一緒になる、
あるいは神様への合一、
結びつく事と関係する。
それではユティ(西洋占星術で言うコンジャンクション)とどこか違うのかという話になるが、
インド哲学の学者さんにお伺いしたところ、ユティの場合はただ一緒にある場合のことをいう。
それに対してヨーガとは、結びつくことによって、なにか特殊な高いレベルの意味が発生する
時のみ使う。
例えて言うなら、ただ一緒にあるだけでなく、一緒にあることで、なにかそのものが偉くなる
ような状態であると表現できるそうだ。
ところで、07年7月16日に当方で行ったジョーティシュ講座では、
社会的な事件、あるいは新月図を扱った社会占星術(マンデーン)をテーマにした。
そこにはおびただしい数の星の組み合わせが見られる。
それはなにか、大きな事件を起こしたクンダリーであるという、ある種の強さを
確かに表示している。
しかしクンダリーの示す強さとは、必ずしも質の良さとは比例しない。
そのために今回は、ヨーガのうちで有名なコンビネーションである
ラージャ・ヨーガをあえて扱わなかった。
ラージャ・ヨーガとは、どのようなヨーガであろうか。
トリコーナ(1,5,9)、そしてケーンドラ(1,4,7,10)の支配星の
コンビネーションが、ラージャ・ヨーガ(Raja yoga)を生じさせるのである。
(※1室を入れない説もある)
このラージャヨーガを形成するグラハが現れるダシャー(未来予測システム)において、
人は幸運や繁栄を得るということになっている。
しかし、この組み合わせにより爆発的な成功が生じたとしても、そのことによって本当の意味での
人々の喜び、
社会の発展、あるいは精神的な成長が訪れたかどうかは別問題なのである。
星が喜んだとしても、人が喜ぶとは限らないからである。
このあたりの判断を見誤ると、大犯罪者のクンダリーを見て、良いヨーガがたくさんあるから、
素晴らしい人だと解釈するようなおかしなことになる。
また逆に、精神的で善良な人間を、反社会的で非生産的なダメ人間として判断してしまう。
グラハ(惑星)、ラーシ(星座)、バーヴァ(部屋)などこれらの基礎的なカーラカ(表示するもの)
を深く理解しなければ、いくらヨーガを暗記したとしても、その予言は意味を成さないだろう。
また、ヨーガの強さによっても、その結果が大きいものであるか、
あるいはほとんど無効であるかの違いが現れる。
例えば、有名なヨーガに
月から数えてケーンドラに木星が位置している場合に生じる
ガジャケーサリ・ヨーガというものがある。
良いことばかり書かれてあるヨーガである。
しかし、これについてもB. V. Raman師は以下のように述べている。
「ガジャケーサリ・ヨーガがクンバ(みずがめ座)ラグナで形成されたとしよう。
すると、このヨーガを生成した月と木星は6室と11室の支配星ということになる。
そして結果的には、メーシャ(お羊座)ラグナにおいての
ガジャケーサリ・ヨーガよりは吉祥ではない。
メーシャ(お羊座)ラグナにおいては月は4室の支配星であり
木星は9室の支配星であるからである。
言い換えれば、不利なバーヴァを支配することによる
悪影響が、ガジャケーサリ(Gajakesari)の力をある程度制限してしまったということ
になる。」
ヨーガの力量が強大であれば、その人は大統領や大臣や知事や市長になる。
ヨーガの力量がさほどでもなければ、その人は仲間内の小さなグループの
まとめ役になる。
私見では、悪い状況で形成されたガジャケーサリ・ヨーガはない方がましである。
それなりの権力は得るが、人に多大な迷惑をかけるからである。
どのようにヨーガを判断すべきか、そして結果はどのように現れ、実感できるのか、
社会的な事件や新月図をもとに調べていこうと思う。
|