古代の松原を通る官道
難波大道更新09.03.28

難波大道
1970年に岸俊男・足利健亮の研究により、そのルートが具体的に示され
 昭和55年(1980)大和川今池遺跡の発掘調査で、両側溝を備え、南北直線方向に伸びる飛鳥時代の道路跡が発見されました。道路幅は側溝芯々幅で19mもあり、当時の一級官道としての規模を備えたもので、また発見されたその位置が、難波宮中心線に合致することから、記紀に見える難波宮から飛鳥宮に至る大道に相当するものであると考えられ、”難波大道”と銘々されました。--- 「今池遺跡と難波大道」詳細は こちらへ

その後、平成6年の今池処理場建設に伴い行われた発掘調査、平成19年11月から平成21年1月にかけての阪神高速大和川線建設に伴う、発掘調査において,見つかった道路遺構を含めると総延長約280mに、及び難波大道の存在がより確実になった

下図は下高野街道沿いにある別名田辺不動さんの「法楽寺」の西門に掲示してある標識です
TopPageへ > 松原を通る古道へ > 下高野街道
 >中河内の街道、古道