古代の松原を通る官道 丹比斜行道

丹比斜行道
丹比道は、難波と大和飛鳥を結ぶ国家によって飛鳥時代前後に作られた大道の河内域部分である、すなわち、難波宮から河内までは、難波大道と呼び、丹比道で河内を通り大和に入り長尾神社至る、ここより横大路の大道で飛鳥に通じていたとされている

この丹比道が松原市のどの地域を通っていたかの答えとして
1)難波大道で金岡ここより竹内街道で大和へ
2)難波大道で天美我堂ここより長尾街道で国分、関屋峠を越え大和に入り南下し長尾へ、都が平城に移ると国分から亀の瀬越えで大和に入る
の説があるが、第三の説として3)長尾街道が西除川の橋付近から高見の里、新堂、立部ここで竹内街道ルートで大和、長尾へ、がある、この道を丹比斜行道と呼ぶ

1)2)3)の道は、いずれも存在しており、まず、3)の道が先にでき、都が平城に移ってから2)の道が発展し3)が衰退、住吉街道として残ったと考えられる更に都が京都平安に移ると2)の道も衰退し長谷寺、伊勢、等の参詣道として残る、明治に大和が堺県の1部となった時期に1時発展する

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