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市川市鍼灸院 パルス治療(電気はり)なら本八幡のきむら整骨院

治療院ストーリー

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きむら鍼・灸・整骨院ストーリー

の記憶が正しければ、小学校6年生の時将来の夢に接骨院の先生と書いた記憶があります。

父が、学生時代から柔道をしていてその先生を尊敬していた為小さい頃より話は良く聞かされていました。今考えると何故将来の夢に接骨院の先生と書いたのかは、思い出せませんが現在この仕事でご飯を食べさせて頂いている事は間違いありません。

私は長男で父は自営業ですが、家業を継ぐ事は考えませんでした。又、父より家業を継ぐ様に言われた事も一度もありません。人に聞くと「言わなくても継いでほしいんじゃない?」とか「長男は、継ぐものでしょう?」など言われますが、小さい頃から話をしてくれ、今の仕事に導いてくれた父、支えてくれた母、に尊敬すると共に感謝しています。

高校を卒業し、柔道整復師(接骨院・整骨院の先生の資格)になる為の学校に入学して入学式が終わったその日に師匠の所に弟子入りに伺いました。その師匠こそ父の尊敬する柔道の先生です。
親子二代でお世話になる事になりました。
この日が私の仕事・社会に踏み出す第一歩になりました。大変厳しく、忙しい先生なので緊張の毎日でした。 何とか先生の技術を見て憶えて盗もうとしましたし、会話も大変大事な部分なので初めのうちはただマネをするだけでした。
本当に何も出来ませんでした。

そんな時身近にいた兄弟子の存在が心強く今でも目標の先生で、治療の事はもちろん、患者さんの接し方・カルテの書き方・電話の出方・プライベートの事等、一から教わりました。今でも良いお付き合いをさせて頂いています。先生の所で丸6年お世話になりました。
今でも年2回ご挨拶に伺いますが大変緊張しますし、正直怖いです。目も見られません。(笑)
しかし今の私の仕事の原点・基礎は先生(師匠)である事は間違いありません。

その後、治療技術の引き出しを増やす為に鍼灸学校に入学。
平行して墨田区内の救急病院(物療科) 、新小岩の鍼灸整骨院に勤務。

病院勤務時代は、主にリハビリ(麻痺患者さんの歩行訓練や関節可動域の訓練)外傷の固定・治療をしておりました。手術の見学もさせて頂きました。大変勉強になりましたし、とても良い社会勉強になりました。
仕事が終わってから夜学の学校だったので大変でしたね。

新小岩では、暖かい患者さんばかりで開業に向けて本当に励まして頂き、自信になりました。これから開業する上での基礎を作らせて頂きました。

2000(平成12年)7月26日に開業しました。さぁ、いよいよ自分の城を構えて勝負です!
開業前に近所の内科の先生、MRIのある個人院の脳外科の先生に患者さんが万が一具合が悪くなった時に診て頂ける様ご挨拶に伺いました。

ここまでは、皆さん開業前にはされると思いますが、私はこれほど早く紹介する事になるとは夢にも思いませんでした。その患者さんは、「義理の母」だったのです。
以前より頭痛・吐き気があるのは聞いていましたが、雨の降る前や気圧の変化の時は、頭痛がありました。それは何十年も前からだと聞いていたので、偏頭痛だと思っていました。開業して一ヵ月後頭痛がひどいと聞いたのでその時は軽い気持ちで脳外科の先生にMRIの診断をお願い致しました。

報告書にはこう書いてありました。「多発性脳腫瘍」余命3ヶ月。

今でもその時の事を考えると嫌な汗がでます。どう家内に伝えたか思い出せません。その時同封されていた写真を見たら素人でもまずいと思いました。

脳一面に腫瘍がありましたから。やはりもう手を付けられる状態ではなく翌々年の初めに他界致しました。しかし母は、一年半もがんばりました。最後は病院のベッドでしたが、母の悔しさを思うと今でも涙が出てきます。そして、私の心残りは、病気が発見された翌年に生まれた初孫(長男)を抱かせてあげられなかったのが今でも心残りでなりません。

当院では地域NO.1を目指し一人一人の患者さんを大切に身体の手入れ (ケアー)をさせて頂きます。どうぞ末永くご愛願宜しくお願い致します。

 



院長     木村 誠一 S47.2.24
職歴     加藤接骨院(市川市八幡)
        墨田中央病院(物療科)(東京都墨田区京島)
        井新鍼灸接骨院(東京都葛飾区新小岩)
趣味     旅行 /サーフィン(ロングボード)/海釣り(ボート)
大切なもの 家族
家族     妻・子供(男の子2人)


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