一大率・難升米の読み方

白日別の意味

「難升米」は「奴国の・のぼる・こめ」である


目次

魏志倭人伝の「一大率」と
日本書紀における「魁帥・梟帥」

「難升米」の「米」は「大目」のことである


2章 難升米(なんしょうまい)

  

1節  「難升米」は「奴国の・のぼる・こめ」である

1. 魏志倭人伝(ぎしわじんでん)の難升米

 前章で、大率(だいそつ)は邪馬台国(やまたいこく)の制度としての職名であり、「たける」と読むことを述べた。
 魏志倭人伝の他の登場人物で主な者に「難升米」がある。魏志倭人伝での登場回数ではナンバー
1である。難升米の読み方を述べる前に、とりあえずは通称どおりに(なんしょうまい)としておこう。

 難升米魏志倭人伝に次のように述べられている。

 中国の年号で景初(けいしょ)2年(2386月、倭(わ)の女王は、難升米達を使者として朝鮮半島帯方(たいほう)郡に行かせ、魏(ぎ)の皇帝に朝貢したいと申し出た。帯方郡の太守(地方長官)は、部下に命じて難升米達を魏の都まで送って行かせた。

 難升米は邪馬台国の全権大使であり、魏の皇帝から卑弥呼(ひみこ)に金印を賜るなど、外交活動の最大功労者である。魏志倭人伝に「難升米」の文字は、全部で7回でてくる。
 「難升米」は、明らかに邪馬台国側でつけた呼称であるが、今の段階では職名なのか個人名なのかわからない。

 

2. 「升」の意味

 「難升米」の意味を解読する鍵は「升」にある。
この字は画数も少なく、簡単な様で、それだけに手掛かりが得にくい。一般の漢和辞典を引いても、意味は「枡(ます)、昇る」とあるだけである。
 音が「将」に似ている。「升(しょう)」と「将(しょう)」が混同されていることはないであろうか。

 「学研漢和大字典」(学習研究社)で調べて見ると

とあり、少し違う。

 「大漢和辞典」(大修館書店)で歴史的仮名遣いを調べると

 

 古代日本人は「升」と「将」の発音を区別して使っていたようだ。したがって、「升」は「将」の代替文字ではない。
 「升」を解読する鍵は「向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊(むかひつをもおそほふいつのみたまはやさのぼりのみこと)」という語句にあった。この名前の持ち主は日本書紀神功(じんぐう)摂政前紀で「仲哀(ちゅうあい)天皇を誅殺する神」である。
 私は「升(しょう)」は「昇(しょう)」の略字であると考える。

 「学研漢和大字典」(学習研究社)によれば

 

とあり、全く同じ音である。先に述べたように意味も、同じ「昇る」である。

 私は「升」は「のぼる」と読んだと考える。
 「向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊」が、何故「升」を解読する鍵になったのか。その詳しい説明は『第
5章第3節 「向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊」の新解釈』にて述べる。
 「升=昇」は単なる思い付きであろう納得できない、と思われる方は、先に
『第5章第3節 「向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊」の新解釈』をお読みください。
 「升=昇」は面白い発想だ、そういうこともあるかも知れない、と思われる方は、このまま続けてお読みください。

 「升」は「のぼる」と読み、「昇る」の意味である。そして、「大率」と同様の官位名である。
 魏志倭人伝には、倭人の官位名としては、その他に「卑狗」などが記述されているが、「卑狗(ひこ)、大率(たける)、升(のぼる)」などの古代の称号は、現在の「彦(ひこ)、健(たける、たけし)、武(たけし)、昇(のぼる)、登(のぼる)」などの男子名になったのである。

 

3. 難升米(なののぼるこめ)

 「難升米」は「難昇米」の略字であり、「難(なん)の升(のぼる)・米(まい)」となるのであるが、これも前章で述べたのと同様に、邪馬台国側で付けた称号(または名前)であるから、倭人(わじん)にふさわしい読み方がある筈である。
 魏(中国側)では、邪馬台国で使われていた文字(漢字)であっても全て音読み(中国語読み)にしたと思うが(当たり前であるが)、倭人がどのように読んでいたかが重要である。

 私は「難」を「な」、「米」を「こめ」と読む。即ち「難(な)の升(のぼる)・米(こめ)」である。
 「難」は万葉仮名(まんようがな)で「な」であり、魏志倭人伝に出てくる「奴国(なこく)」の「な」である。「難の升」は「奴国(なこく)の将・升(のぼる)」のことである。
 「米(こめ)」は「巨(こ)目(め)」のことである。

 

4. 万葉仮名(まんようがな)と借字(かりじ)

 「米(こめ)」と「巨(こ)目(め)」の関係について、もう少し詳しく説明する必要がある。ここで、万葉仮名と借字について述べてみたい。

【万葉仮名】
 私達が古代語の発音を考える時、現代とは違った発音があり、区別されていた事に注意する必要がある。
 特に、甲類・乙類のの区別があることである。古代は(あ・い・う・え・お)の他に、(い・え・お)の音に甲乙の区別があったので、
8母音体系と言われている。
 また、「ず
[zu]」と「づ[du]」は現在ではあまり区別されずほとんど「ず[zu]」として使われているが、古代語は「ず[zu]」と「づ[du]」の区別は厳密である。
 他にも(や行)の「え
[ye]」、(わ行)の「ゐ[wi]」・「ゑ[we]」・「を[wo]」などがある。「ゐ[wi]」・「ゑ[we]」は戦前までは区別されていた様だが、現在は「い[]」・「え[]」と同音になってしまっている。「を[wo]」は現在では「お[]」と区別されて使われているが、既に混用の傾向がある。
 余談であるが、現在東北地方や北陸地方の一部では、母音「い」を母音「う」に近い音で発音する傾向や、母音「い」と母音「え」を混用する傾向がみられる。
 古代発音の甲類・乙類その他の区別は万葉仮名により、はっきりと示されている。
 万葉仮名について「世界大百科事典(平凡社)」は次の様に説明している。

 (万葉仮名は)<万葉集>に用いられた仮名の意。片仮名、平仮名に対して、真仮名ともいう。…万葉仮名の名称は、その用法が<万葉集>に最も著しいからで、それ以前また同時代の他の文献に見えるものや、<万葉集>以後のものをも指す。…

 万葉仮名は漢字で表されているが、あくまで「仮名」の使い方であって言葉の「音」を表しているに過ぎない。
 従って万葉仮名で表されている言葉を解釈する場合は、その「音」が何を意味しているのかを考えなければならないのであって、万葉仮名として使われている漢字の字義(漢字の意味)を考えるのは、特別の場合だけである。
 具体的例としては、前述の「難」である。この文字が万葉仮名とし使われた場合は、「な」と読むが、「難(な)」が何を意味しているのかは前後の文章の意味から判断すべきであって、文字の意味から「難しい」などと判断してはいけない。つまり、万葉仮名は音だけを表わしているのであり、特別の場合を除いて漢字の意味は考えてはいけないのである。
 前述したように、(い・え・お)の音には甲乙の区別があったので、「こ」や「め」の音を表わす万葉仮名には、甲類の「こ」、乙類の「こ」、甲類の「め」、乙類の「め」の音(発音)と文字(漢字)があったということになる。
 それらの音について、以後は、
甲類の「こ」については「甲こ」、乙類の「こ」については「乙こ」などと表記することにする。また、特に甲乙の区別をする必要がない場合は「こ」と表記する。
 「米(こめ)」と「巨(こ)目(め)」の音は全て乙類であったので、上記の表記方法に従えば、「米(乙こ乙め)」と「巨(乙こ)目(乙め)」になる。

【借字(かりじ)】
 
もうひとつは、古代には借字という使い方がある。
 
ここで、古代における漢字の読み方を、もう一度整理してみよう。それは大きく分けて
4とおりADある。

 字の意味による読み方 ┬ A、音
            └
B、訓
 借字としての読み方  ┬
C、音
            └
D、訓

 具体的にいうと、例えば「古」という文字について考えてみよう。
 
Aの使い方―音は「甲こ」である。「古い」の意味である。
 Bの使い方―訓は「ふる(し)」である。「古い」の意味である。
 
Cの使い方―音の「甲こ」として読むが、「古悲(甲こ乙ひ)」と書く場合は「恋(甲こ乙ひ)」の意味として使う。この場合は、「古い」の意味は全く無い。音を借りているだけである。
 
Dの使い方―訓の「ふる」としてよむが、「雪が古(ふる)」と書くばあいは「降る」の意味として使う。この場合も、「古い」の意味は全く無い。訓を借りているだけである。
 現代では、私達はほとんど
ABの使い方だけであるが、記紀においてはCDの使い方がかなり多い。

 「米(こめ)」は「巨(こ)目(め)」を意味する借字である、というのが私の考えである。
 「巨目(こめ)」の「巨(こ)」は音読み、「目(め)」は訓読みで、一見不自然のような感じもするが、(音読+訓読)は他にも例がある。
 良く知られる「重箱(じゅうばこ、音+訓)」だけでなく、「忌部(いんべ、訓+音)」、「物部(もののべ、訓+音)」などである。
 「巨」は万葉仮名(まんようがな)にもあることから、音が既に日本語化(倭語化)していたことが考えられる。


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