一大率・難升米の読み方

白日別の意味

「難升米」の「米」は「大目」のことである


目次

「難升米」は「奴国の・のぼる・こめ」である

「難升米」と「帥升」


2章 難升米(なんしょうまい)

 

2節  「難升米」の「米」は「大目」のことである

 「巨目(こめ)」とはなんの事であろうか。「巨目(こめ)」とは「大きな目」のことである。
 古代日本には「大きな目」に対する信仰があった。次の
16にその例をあげる。

 

1. 先に中国雲南省の例を述べる。

 鳥越憲三郎氏は、「中国雲南省のワ族は倭(わ)人と共通の祖先を持ち、古代日本人の民俗と基本的なところ(高床式住居等)で共通点がある。」という考え方を著している。
 氏は、この地の少数民族(ワ族等)に、「鬼の目」に対する信仰があることを述べている。
 「鬼の目」とは「目の荒い格子縞の絵」を描いたり、「竹で目の荒い格子」を作ったり、「目の荒い竹篭」だったりするが、「目の荒い物」を「鬼の目」として魔よけに使うのである。
 そして次のように述べている。

 (中国雲南省少数民族ワ族の)村の門に〆縄(しめなわ)や鬼の目をつける習俗は、各戸の家にも及んでみられる。
 門を設けるタイ族では、門のほか戸口にも
鬼の目のついた〆縄がみられるが、ワ族には家に門がないので、どの家でも母屋に入る戸口の上に鬼の目をつけた〆縄を張っている。それは他の少数民族も同じである。
 日本では正月に〆縄を戸口に張るが、(三重県)伊勢志摩地方では〆縄の中央に吊る「笑門(しょうもん)」と書いた木札、それは春がもたらされた家であることを意味するが、その木札の裏に
鬼の目が墨書きされている。
                  
 椛蜿C館発行「弥生文化の源流考」より

 

2. 節分

 私の祖父は、明治18年(1885)生まれで既に故人であるが、生前、節分には家の裏木戸に、柊(ひいらぎ)の小枝を縛った竹ざおを立てた。その竹ざおの上の方には竹で編んだ「荒目の篭」が付いていた。
 まだ子供であった私が尋ねると、「魔よけ」ということだった。

 

3. 海幸彦・山幸彦

 日本書紀には、ニニギノ尊の御子(海幸彦・山幸彦)の物語がある
 彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと、山幸彦のこと)は兄の釣り針を失くし、困ってしまい海神(わたつみ)の宮へ行くことになるのだが、その時乗る船は「無目篭(まなしかたま、堅く編んだ隙間の無い篭の意味)」である。堅く編んで水が入らない様にした乗り物である。これは「日本書紀神代下第
10段本文」の記述である。
 ところが、「同書第
10段第一の一書(あるふみ)」では、同じ場面で「大目麁篭(おほまあらこ、目の荒い篭の意味)」となっている。「目の荒い篭」では水が入り、乗り物は沈んでしまう。本文と明らかに矛盾する。
 私は、「大目麁篭(目の荒い篭)」は「鬼の目」を意味しているのだと思う。「無目篭(堅く編んだ篭)」は乗り物としては良いが「魔よけ」にはならない。
 古事記では同じ箇所を「无間勝間(まなしかつま、目が無い程堅く編んだ篭の意味)」としているので、日本書紀の記述「大目麁篭(目の荒い篭」は、「目が無い程堅く編んだ篭」に乗ったのであるが「鬼の目」に護られていることを表現したもの、であると考える。
 つまり、ここにも「大きな目・鬼の目」の信仰が現われている。

 

4. 人名の「久米」

 「米(こめ)」の呼称は、後世「久米(くめ)」に変化した。

巨目(乙こ乙め)→米(乙こ乙め)―→久米(く乙め)
巨目(乙こ乙め)→来目(乙こ乙め)→来目(く乙め)

 日本書紀の中で、「大来目(古事記は大久米)」は、神武(じんむ)天皇東征において、和歌山県熊野灘より上陸してからの戦闘で、大活躍する将軍である。

 

5. 大久米命(おおくめのみこと)

 大久米命の黥(さ)ける利目(とめ)

 これは古事記における記述である。
 神武天皇は東征で賊を全て平定し、橿原(かしはら)で即位してから皇后選定に入る。
 皇后になる富登多多良伊須須岐比売命(ほとたたらいすすきひめのみこと、またの名を媛蹈鞴五十鈴媛命)は、大久米命が「目のまわりに刺青(いれずみ)をして目が裂けたようになっている」のを見て、不思議に思い歌を詠む。「大久米命の黥ける利目」はその場面で使われている語句である。
 この記述により、将軍大久米命が目の縁に刺青をして、目を大きく見せていたことがわかる。
 今のアイラインとは違って魔よけである。勇者としてのシンボルであろう。ここにも「大きな目」の信仰が現われている。

 「難升米(なののぼるこめ)」が、目の周りに刺青をしていたかどうかは記述されていない。しかし、魏志倭人伝には次の記述がある。

 男子は大人も子供も、皆黥面(げいめん)文身(ぶんしん)している。

 「黥面」は顔の刺青である。「文身」は体の刺青である。「皆」であるから男子全員である。

 

6. 「大目」の類似語

 記紀には、活目入彦五十狹茅(いくめいりびこいさち、第11代垂仁天皇のこと)や物部目大連(もののべのめのおおむらじ)などをはじめ、「活目(いくめ)・生目(いくめ)・深目(ふかめ)・長目(ながめ)」がつく人物は多い。
 ほとんどが「大きな目」信仰の現われであろう。

 

7. 人名の「大きな目」

 「米(こめ)」は「大きな目」の意味を持つ個人名である
 私は「難升米」を「なののぼるこめ(奴の昇・巨目)」と読む。
 外交での最大の功労者「難升米」は奴国の重臣だったのである。


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