一大率・難升米の読み方

白日別の意味

「向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊」の新解釈


目次

「向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊」の旧解釈

向日と檍原


5章 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊(むかひつをもおそほふいつのみたまはやさのぼりのみこと)

  

3節  「向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊」の新解釈

 私は、次の様な説をとる。

(). 「向匱(むかひつ)・男(を)・聞襲(もその)・大歴(おほふ)・五
   (いつの)・御魂(みたま)・速狭(はやさ)・騰(のぼるの)・尊(み
   こと)」と区切って読む。

(). 「向匱(むかひつ)」は、「向日(むかひ)つ」であり、匱(ひつ)は
   (甲ひつ)である。
   「向日(むかひ)つ」も(むか甲ひつ)であり、「向日(むかひ)の」の
   意味である。
   「向日(むかひ)」は『
4章第7節 肥国は「建日向日豊久士比泥別」
   で詳しく述べた。
   「向日(むかひ)」は「朝日を拝む神聖な場所」である。

(). 「男(を)」は文字通り「男」で、「英雄・勇者」の意味である。

(). 「聞襲(もその)」の解釈が一番難しい。
   私は「聞襲」を地名と解釈する。
   「襲」は(乙そ)である。九州南部には鹿児島県曽於(乙そお)郡をはじ
   めとして、(乙そ)のつく地名が多い。「聞襲(もその)」は、「モソと
   いう土地の」と解釈する。しかし、「もそ」を比定する地名が見つからな
   いのが残念である。
   しいて言えば、鹿児島県国分市と姶良郡福山町の境界に、若尊(わかみ
   こ)ノ鼻(はな)」という岬がある。
   「若尊」の文字は万葉仮名にはないが、「若(わか)」は「若(も)し」
   とも使われるので「若(も)」と読めないこともない。
   「尊」は、記紀では「みこと」と読まれる。
   古代は貴人を「みこ、みこと」などと呼ぶが、「尊」は「みこと」と読む
   のが普通であって、「みこ」と読むのは不自然である。
   「みこ」は「御子(みこ)」を語源としているので、(甲み甲こ)である。
   「みこと」は「御言(みこと)」を語源としているので、(甲み乙こ乙と)
   である。
   御言(みこと)→命(みこと)→尊(みこと)と変化したので、尊(甲み
   乙こ乙と)を短縮して、尊(甲み甲こ)とするのは不自然である。したが
   って、「尊」を、古代に(甲み甲こ)と読んでいたとは考えられない。
   「尊」は万葉仮名の「(乙ぞ)」と、中国古代音がよく似ている。

   従って、「尊」は「尊(乙そ)」と読めないこともない。
   古代においては、「若尊(わかみこ)ノ鼻(はな)」と読まれるよりも、
   「若尊(も乙そ)ノ鼻」と呼ばれていた可能性の方が高い。
   つまり、「聞襲(もそ)ノ鼻」である。

(). 「大歴(おほふ)」は、「大夫(おほふ)」のことである。
   大物・大人(たいじん)といった意味であろうか。
   魏志倭人伝に、古代の倭の貴人は「大夫」を自称していた事が窺える。
   文中に次の記述がある。

   「昔から、倭国の使いは、中国に来ると、皆自分から大夫(たいふ)を名
   乗っている。」

   既出の、難升米も「大夫」の称号がついている。
   「大夫」の称号は、倭人が「自分から名乗っている」のであるから「たい
   ふ」とは言わなかったと思う。
   「大」は、訓読みの「おほ」であろう。
   「夫」の訓読みは「をとこ」であるが、この文字は万葉仮名にもあるので、
   早くから音読みが馴染まれていたと思われる。
   「もののふ」などの使われ方もある。「ふ」と読んだと思う。
   「大夫(おほふ)」である。

(). 「五(いつの)・御魂(みたま)」は、「日本古典文学大系新装版 日
   本書紀」と同じ解釈である。「神聖な神霊」の意味である。

(). 「速狭(はやさ)」は、「渚(なぎさ)」に対する言葉である。
   「渚」は、「凪(なぎ)の浜(さ)」、つまり、静かな海岸、の意味であ
   る。
   「速狭(はやさ)」は「速浜(はやさ)」である。
   「速(はや)」は「激しい、雄々しい」の意味が有る。
   「速浜(はやさ)」は、激しく荒れた海岸、の意味となる。

(). 「騰(のぼるの)」の「のぼる」は、将軍の称号である。
   「騰(のぼるの)」は、「将軍の」の意味となる。(『第
2章第1節 2.
   
「升」の意味』をお読みください。)
   魏志倭人伝における古代官位名の「卑狗(ひこ)、大率(たける)、升
   (のぼる)」は、現在の「彦(ひこ)、健(たける)、武(たけし)、昇
   (のぼる)、登(のぼる)」などの男子名になったのである。
   「速(はや)」も、九州南部の勇猛な部族を指す「隼人(はやと)」の語
   源であり、現在の男子名としても使われている。「速雄(はやお)」もそ
   うである。

(). 「みこと」の文字に、「命」でなく「尊」の文字を使っていることは、
   住吉大神(表筒雄・中筒雄・底筒雄)が、皇室において直系に近い立場に
   いることを表している。
   これは、住吉大神が古代より皇室の崇敬が厚かったことの証明でもある。

(). 初代・神武(じんむ)天皇の父は、彦波瀲武葺不合尊(ひこなぎ
   さたけうがやふきあえずのみこと)という。
   「波瀲(なぎさ)」は「渚(なぎさ)」で「静かな海岸」の意味である。
   「武(たけ)」は「たける」で将軍である。

   私は、古代人名の「武」の多くは、実際は「たけ」ではなく、「たける」
   と発音されたのではないかと考える。
   何故なら、第
21代雄略(ゆうりゃく)天皇の国風諡号は、「おほはつせの
   わかたけ(大泊瀬幼武、大長谷若建)」であるが、「第
1章 一大率」で
   述べた様に、
「わかたける大王(雄略天皇)」の銘がある鉄剣が出土して
   いるので、「武」は実際は「たける」と読まれていたことがわかるからで
   ある。
   「武」に「たけ」の読み仮名が振られていても、本来は「たける」と発音
   されていたのである。

   「速狭騰尊(はやさのぼるのみこと)」は、神武天皇の父「波瀲武(なぎ
   さたけるの)…尊(みこと)」に対応する呼び方で、同じく九州南部で使
   われた、共に尊大な称号である。

(). 「向匱(むかひつ)・男(を)・聞襲(もその)・大歴(おほふ)・五
   (いつの)・御魂(みたま)・速狭(はやさ)・騰(のぼるの)・尊(み
   こと)」を通して解釈すると次のようになる。
   「朝日を拝む神聖な場所の英雄・モソ地域の大人でもあり・神聖な神霊と
   も言う・雄々しい海岸のように強い将軍」である。

 (*甲類・乙類については、第2章第1節「4. 万葉仮名(まんようがな)と借字(かりじ)」をお読みください。)

 これなら初めから終りまで一貫して雄々しい神として納得できる表現であり、古代大和朝廷以来皇室の崇敬が厚い住吉大社の主祭神に相応しい神名となる。


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