日本の民謡
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ふるさとの晩夏 ― 西馬音内(にしもない)盆踊り―

「秋田音頭」は民謡ファンでなくても知っているが、あれに合わせて盆踊りを踊る地方があるなどということはおそらくあまり知られていないだろうと思う。
私の故郷の近くの西馬音内、これはアイヌ語に由来する地名で「にしもない」と読むのだが、ここでは秋田音頭や「がんけ」と呼ばれる甚句(じんく)に合わせて踊る。八月の十六日から十八日の夜に西馬音内の目抜き通りを彦三頭巾(ひこさずきん)や編笠(あみがさ)で顔をすっかり隠した踊り手たちが、「端縫(はぬい)」という、古布を縫い合わせた風雅な着物を着て夜の十一時頃まで踊り続ける。いつまで見ていても飽きない。国指定の重要無形民俗文化財になっている。唄を初めとして、三味線、笛、太鼓などすべて生演奏だ。
何もない片田舎ではあるが、盆だけは、どこから人が集まって来るのか知らないけれども、活気づいていて、音を失ったような、厳しい冬と対照的である。しかし、盆といえばこのあたりではもう確実に秋の到来を意味する。そういう意味ではやはり物寂しくて、涙をさそう。
私にとって一番寂しいのは「夏の終わり」だ。「夏の終わり」のやりきれなさが視覚的に一番はっきり現れるのはおそらく人のいなくなった海水浴場だろう。何も夏に限ったことではないけれども、とにかく夏は時間が経つと確実に終わりに近づき、秋に向かって衰えていくから、夏の盛りまでが淋しく感じられる。夏に向かう春、春に向かう冬とは対照的だ。ドイツ人が短い夏を、特に日光を満喫したがる気持ちは、夏というのは短いものだ、と思って子供時代を過ごした私には痛いほどよくわかる。
─拙著『酒酔人(さかよっと)』より─
下呂温泉で
二度目に民謡酒場に入ったのは、それから約半年後、 下呂(げろ)温泉でのことである。ここは本格的な民謡酒場であった。広い、畳敷きの奥が低い舞台になっており、その真中にマイクが二本立っている。三味線、太鼓、鳴り物、尺八などが用意されており、尺八以外は店の人が演奏してくれる。
前回の鴬宿温泉のときは我々以外に客はなく、閑散としていたが、この日は座卓はすべてふさがり、冬だというのに熱気でむんむんしている。客が次々と舞台に上がる。私たちに酒を運んでくれるのは津軽出身の元気のよいお姉さんだった。この種の酒場に三味線はつきものであっても、尺八伴奏はない。少なくともこれまでの経験ではそうだ。ここもしかり。故に、客が尺八を持ち込んで、文字通り主客転倒が生じるのである。
このときは私の吹く尺八の他に、三味線、太鼓も同時伴奏で、しかも元気のよい津軽の姉さんの「俵積み唄(たわらつみうた)」であるから、どうしても尺八の音が弱い。しきりに尺八とマイクの距離を調節してくれる客がいた。
─拙著『酒酔人(さかよっと)』より─
名古屋で

ドイツで

勝川で

松阪で

梅若梅清師(上の写真で三味線を弾いている人)の声はかなりの高音であるが、それでも曲によっては2尺2寸の長さの尺八が必要となる。2尺2寸ぐらいの長さになると、どうしても木製になってしまい、長いだけでなく、かなり重くもなる。私は子供の頃に農作業をさぼり通したせいか、腕が細く、手に至っては男性とは思えないくらい極端に小さい。長い尺八を普通に持てば、尺八を支えるのが精いっぱいになり、指が届かなくなる。そこで考えたのが、尺八の終端を右膝で支えることであった(写真左)。こうすることにより、非常に楽になったが、これは素人だからこそ許される邪道かもしれない。
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