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― 内容の解説と補足 ―
かつて、『…森羅万象のコンテンツ[読みもの日記]』として眠らせていたものを、一部加筆訂正して復活させることにしました。情報としては古いものなども見られますが、そのあたりはご容赦願います。それらは追記などで補足していきたいと考えています。 (2005.1.5
記) |
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>> 121話-
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もう春も近いということか。今年の冬は暖冬になったようだ。今だ肌寒さは残るものの、これといった雪化粧が見られた日があったわけではないし、ささやかな「ライスシャワー」かと思えそうなものがちらほら、垣間見られた程度だった。とはいうもののまだ3月も上旬だ。かつての大雪が起こらないとも限らない。寒さは苦手だが、霜柱が降りた土の上を踏みしめる感触たるも格別に良いものだ。多少の零下に期待したくも思う。 暖冬といえば、それが思わぬところに「マイナス記録」をつくってしまったようだ。温かすぎて、例年になく凍らなかった「滝」の話である。 読売新聞朝刊・多摩版には、シーズン中、都内・檜原村本宿地区の『払沢の滝(ほつさわのたき)』が最も凍る日を当てる「氷瀑(ひょうばく)クイズ」の話題を載せていた。これは15年前から毎年行われているらしい。 このクイズは、1月1日から2月28日の間で「払沢の滝が最も氷結する日を当てる」というもの。正解者には賞品がプレゼントされるという一般公募 を毎年やっているそうだ。今年は1月7日が最も凍りついた日となった。応募総数は9012通で、正解者は26人。 このところ暖冬だったために、6年間連続で完全には凍らない状態が続いている。今年はとくにひどい状態で、昨冬の最高が80%凍ったのに対して今冬は45%に止まったという話だ。これも地球温暖化の顕れかも知れない。 追記1 :2005年(第18回)の最大結氷日は1月14日だった。(2005.3.22 記) 追記2 :昨年12月9日から年末にかけて連日の氷点下を記録、その寒さは越年しても衰えず。2006年(第19回)の最大結氷日は13日現在、1月8日。(2006.1.14 記) |
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春といえばサクラかな。そんなことを思っていたら、昨日、東北地方より南のサクラの開花予想が発表された。東北地方を含めたものは今月19日に発表される予定。 気象庁によると、サクラ(ソメイヨシノ)の開花は全国的に平年より4日から10日ほど早くなりそうだという。1、2月の気温が全国的に平年を1度以上うわまわっていることから早咲きになるだろう、ということだ。サクラの開花は、この時期の気温の変動が最も左右されやすいという。暖冬傾向にあったこの冬の様子からして、早咲きを迎えるのは時間の問題だろう。 開花前線は今月17日 、高知に上陸。東京は平年より8日早い20日で、大阪は23日。開花から1週間程度で満開になるとみられる。(読売新聞朝刊より抜粋)隣町の国分寺界隈でもウメが満開になっているところがあるようだし、あと2週間もしないうちにそこここに咲き乱れるソメイヨシノの華麗な見せ場がやってくることだろう。真昼のサクラの美麗も然ることながら、夜桜となれば情緒も加味される。だが、そこに宴が加わるとなぜかすべてが「幻影」と化してしまう。残念ながらこの不思議な現象は、今年も例年通りに「狂い咲き」するのだろう。 それは避けたいことだが、夜桜は堪能したい。 |
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地球外文明は果たして存在するのか。 そんな期待と希望を秘めて宇宙探査船の『パイオニア』や『ボイジャー』は今も大宇宙の真っ只中を「飛行中」である。その『パイオニア10号、11号』の船内には、金メッキを施されたアルミニウムの銘板がボルトで取り付けられており、そこには地球外知的生命体へ向けた地球人類からのメッセージが刻まれているという。それに続けとばかりに新しい「プラン」が持ち上がった。といっても探索が目的ではない。未来への「想い出づくり計画」とでもいったものだろうか。 昨日の読売新聞朝刊紙面によると、今回は民間事業だが、「宇宙船に約45ヶ国の450万人からのメッセージや写真、DNAを有料で集めて搭載、太陽系外へ送り出す」といった夢とロマンに満ちあふれたプロジェクトだそうだ。SF作家アーサー・C・クラーク氏も参加しており、日本からもすでに1万を超える人たちがメッセージを送っているという。これは2003年に欧州のロケット『アリアン5』で打ち上げられる予定。 企画したのは、遺灰をロケットで打ち上げる宇宙葬で知られるセレスティス社が設立したベンチャー企業エンカウンター2001社で、プロジェクト『チーム・エンカウンター(遭遇)』と呼ばれるもの。 参加者は個人のメッセージや写真などをディスクに納め、DNAとともに「ソーラーセイル(太陽帆)」と呼ばれる宇宙船に積まれることになるのだが、異文化の星の人たちがこれを発見した時、これをただの「ゴミ」ととらえるか「文明の証」ととるか第三者的な視点からも愉しな企画といえそうだ。地球上では、ビンの中に手紙を入れて海や川へ流し交流を試みることは、以前からよく行われていたことである。 映画版にはないエピソードだが、あのピエール・プール『猿の惑星』(1963)の原作では、そんな漂流物を拾うところから話が展開している。宇宙のどこかで「誰」かしらに拾われるのであろうか…、などと考えるだけでも好奇心が湧いてくる。この宇宙船の構造は、立方体の搭載部にタテヨコ各70mという巨大な帆がついた形状を成していて、言うなれば「宇宙の帆掛け船」といったところだ。 この企画への参加申し込みキットは、国内では主要書店にて7500円で販売中とのこと。この価格をどう思うか、企画自体をどう感じるかは個人の判断に委ねよう。いずれにしてもまだ現物を見ていない。それを「発見」してから考え始めても、私には遅くないと思える。 参考資料:原作本『猿の惑星』(ピエール・ブール / 高橋啓)早川書房刊 追記 :この企画への「参加申し込みキット」は通販のみだったのだろうか。詳細は不明だが、こちらで取り扱っているようである。(2005.3.28 記) |
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あの発掘ねつ造事件以来、何か重要な遺跡や古代の化石などが掘り起こされてもさほど興味がわかなくなくなってしまった。はたしてホンモノなのか間違いではないのかといった「疑い」の念を、常に抱いてしまうようになったことがある。それほどあの出来事は深い疑心暗鬼の念と波紋をもたらしたのだ。 今日の読売新聞朝刊に江戸時代の小判や二分金、明治初期の10円金貨などが数多く出土されたとの記事が掲載されていた。昨日(7日)公開されたもので、正確には小判12枚、二分金686枚、10円金貨46枚などを含む合計1295枚。これは時代が近いだけに偽物ということはなさそうだし、実際専門家の調査も入っているという話だ。 場所は富山県小矢部市埴生の観光施設の工事現場。豪農の屋敷跡ということだから、さぞかし裕福な家庭だったのだろう。その時代その土地の「地主」がどの程度のものだったかはわからないが、大したものだ。 同時に一分銀404枚、二朱金92枚の入った茶色のかめも見つかっている。もしかすると「へそくり」か「隠し財産」だったのではなどと勘ぐってしまうのは、俗っぽい見方かもしれない。 それよりも金額が巨額なため、そのことへの驚きの方が大きい。少なく見積もっても総額3900万円の価値はあるという話だ。単純に考えたら、市か県の、そして国の財産として寄贈されるべきものなのだろうが、拾得物の観点から見れば発見者には「一割謝礼」となりそうだが。これもまた俗な見地。 このひと財産は、はたして誰の手に渡るのか。最後に笑うのは、という話でもないが……。 参考資料:『倶利伽羅源平の郷 埴生口(歴史国道案内休憩施設)』(小矢部市) 追記1 :2002年8月29日付の読売新聞のよると、「小矢部署に拾得物として保管されていた大量の小判などは同地に屋敷のあった豪農のものと断定、その子孫にあたる富山市内の男性に返還された。金貨の発見者には男性から報労金が贈られた」という。(『小矢部市ふるさとメール第18号』を参照) 追記2 : 小矢部市と男性の協力で、見つかった小判や金貨は同所で建設中だった歴史国道案内施設に展示されることになったという。(『小矢部市ふるさとメール第19号』を参照)(2005.3.28 記) |
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地方へいくと「どこまでも続く一本道」というところをよく見かける。都内にもあるのだろうが、建物が邪魔をしてなかなかそのようには見えないのではなかろうか。また邪魔をするものが多いだけでなく、自動車もいたるところに停車していていて先が見えないから、まっすぐ感がつかめないこともあるだろう。 そういった「まっすぐ感」は道に限ったことではない。平屋建ての長屋の中や平たく大きな建物の中にでもそれは見受けられる。 全長が129mにも及ぶほどの「日本一長い廊下」をもつ小学校の校舎があるそうだ。今日の読売新聞朝刊・社会面には、宮城県本吉町立小泉小学校にある自慢の長い廊下が、新校舎建設に伴って一部取り壊されることになり、約40m短くなることになった話が載っていた。 そこは校舎自体が無くなるわけではないが、日本一という「由緒」あるものが消え去ってしまうことは残念な思いだ。この「長い」という形も一種のブランドのような気がする。 私が小学校の頃通っていた小学校は現在では見られなくなった木造の校舎だった。濃い茶色が染み込んだ建物の風貌はまさに歴史そのもの。うぐいす張り並みのきしみ加減の床板には情緒があったし、窓際でよくやった「青写真」は当時の流行でもあった。校舎の前には一本の柳の木があり、そのたもとにはお約束のように小さな池がポツンと佇んでいた。そんな記念碑的な建物も在学中に取り壊された。 また転校して移った別の小学校には、八角形をした鉄筋の校舎――通称『蜂の巣校舎』と呼ばれていた――が「離れ」のような格好で建っていた。中央の廊下から三方にそれぞれ図書館や実験室などの部屋があったことをかすかに記憶している。おそらくあの校舎も何年か前に取り壊されただろう。 そんな自分の小学校の想い出とは別のものがここにはある。一直線に伸びた「長い廊下」には憧れのようなものを感じていた。階段が多かったこともあり、そのような廊下の環境には恵まれていなかったことがそう思わせたのかも知れない。体育館でやった気もするが、ここでも横並びになり一心不乱にぞうきん掛けに挑む「ぞうきん掛け競争」が行われたようだ。 こうした木造平屋建ての校舎は今では地方の村の小学校などにしか無いものなのかもしれない。小学校に限らないが、とくにこの頃に感じる「木の温もり」というのは、教育の面でも重要な要素の一つであるような気もする。それが減る一方の今の都会や都心で教育の荒廃が進むことは、致し方ないことなのだろう寂しくも辛いことだ。 |
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天気予報では程よい晴天に恵まれるといっていたが、曇りがちの肌寒い一日となった。まったくもって当てにならないのが、この手の予報である。占いや宝くじほど的中率が低いわけではないが、不愉快な外れ方には腹立たしさも隠せなくなる。本日の場合は大したことではなかったのは幸いか。もっともここは多摩地区。どうやら天気予報でいう「東京地方」とは都内23区内のことを指すのだろう。それなら納得もできようか。 さて、そんな東京、多摩地区を含む関東地方に昨日、「春一番」が吹いたという話だ(昨年より15日遅れ)。読売新聞朝刊の片隅に載っていたのだが、たしかに昨日は春を感じさせるほどのいい天候と気温があった。風も強かった。 都心では午後2時前に23.9度まで気温の上昇があったというが、これは平年を11度以上も上回っているそうだ。また強い南風もあって、最大瞬間風速18.9mという突風が観測された。 この影響で、花粉の散布も一段と振われたことだろう。昨日、今日に限らずこのところ昼間のマスクは欠かせなくなってしまった。例年にないほどに今年の花粉症は勢いを見せている。何か特別な要因が加わったのかもしれないが、かなり辛いものに日々苦しめている。これがあと数か月も続くかと思うと憂鬱だが、これも試練かもしれない。 ああ、洒落ている余裕などないのに……。 |
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開花宣言がめじろ押しである。 今年の暖冬がサクラの開花を早めているのでないか、と各地で確認されるサクラの鮮やかな笑顔。ここより西の八王子でも「例年になく早い春の便り」の訪れを知らせる記事が、昨日の読売新聞朝刊・多摩版に載っていた。 一昨日には「春一番」が吹いたこともあり、名実ともに春が到来である。サクラの開花宣言の基準は各地で異なるのだが、この八王子地区では同市役所内にある公用車駐車場のソメイヨシノが「開花の基準木」になっているそうだ。今回の開花宣言は平年に比べて17日も早く、1957年5月からの『八王子市天気相談所』による観測開始後で最も早いサクラの開花宣言となった。当日(15日)は都心で23.9度を記録したようだが、ここでも午後4時前に22.1度まで気温が上昇したようだ。これは5月上旬並みの陽気だという。 この異常ともとれる暖かさがサクラの開花を早めたことで、各地が慌ただしくなってきたようである。とはいっても、乱れ酒に戯れるという話ではない。「夜ざくらの宴」の準備。多摩地区では毎年恒例になっている『国営昭和記念公園』(立川、昭島市)内の「桜まつり」のこと。約200本のサクラをライトアップで演出される『よるの桜まつり』だ。今年は例年より早めに開催されるらしく、予定28日(状況によって23日頃)から来月7日まで。 昨日、ぶらり散歩に出かけた時には気がつかなかったが、白や黄が程よく、鮮やかに、また華やかな赤みを帯びた色合いが随所に見られた。その中にウメかサクラも見え隠れしていたのだろう。 『よるの桜まつり』の予定は下記の通り。 ◆時間:午後5時〜8時45分(入園は8時15分まで) ◆入園料:大人280円、子ども50円 ◆問い合わせ:042-528-1751(昭和管理センター)(2002.3.17 現在) 追記 :今月26日から催されている2005年『桜まつり』は、4月10日(日)まで。文中でふれた『よるの桜まつり』は行なわないようである。(2005.3.30 記) |
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音が同じなので迷ってしまいそうな言葉は意外に多い。「じしょ」一つ取ってみても『〜辞典』であったり、『〜事典』の時もある。あるいは『〜字典』ということもあるだろう。それぞれに用途が違うので、目の前にもってきて比較すれば、どれが求めているものかは一目瞭然ではっきりする。 一般により多く利用されているのは『辞典』だと思われる。これは「言葉の意味を知るとき」などに使われるから使用頻度が高いというわけだ。単純に、こ比較すればわかりやすかもしれない。 字典 < 辞典 < 事典この図式は、それぞれの価格の差にも当てはまるように感じる。高価な品は内容もより詳しく書かれており、なおかつカラフルに彩りがされているものだ。また価格だけでなく、文字通り「手軽さ」も指し示しているような気もする。 昨今、『百科事典』といわれるものがなくなりつつある。正確にいえば「その形を変えつつある」といった方がいいだろう。電子化が進み、CD-ROMとして書店よりもコンピュータソフトの販売店で売られることの方が多い。また簡易な付属品を携えて、併用されるケースも出てきている。 毎年末近くになると発行される『現代用語の基礎知識』(自由国民社)や『imidas』(集英社)、『知恵蔵』(朝日新聞社)などは毎年更新される安価な百科事典であるが、使い勝手も含めてその顕著な例と言えるであろう。最近では、これらも電子ブック(CD-ROM)化されたものを併用しているので、もはや紙媒体としての『百科事典』ではない印象も受ける。 今日付の読売新聞朝刊・教育面「あとらんだむ」でもそのあたりに触れていた。 総合的な電子版への移行が進む中、『ブリタニカ国際大百科事典』(TBSブリタニカ)では、 「体系的な説明に重点を置いた印刷版(全20巻)と多くの項目を素早く検索できる電子版をセットにして双方の利点を生かした例」として紙媒体の重要性を考えている。また、 「散歩するようにページをめくり、多くの知識に出合える楽しさを知ることは、読書習慣を身につけるきっかけにもなるだろう。」(一部抜粋)と書かれるているように、なにも活字離れ防止の対象がいわゆる「本」でしか解消できないわけではないのだ。 『〜図鑑』もそうだろうし、『〜ものの本』でも充分に知識や文字に触れる機会は得られるのだ。利便に終始しているような電子化一辺倒のやり方では、「教育」面では活字離れは解決できないだろうし、根本的なところで「本」というものの面白さが損なわれてしまうような気がしてならない。 少なからず 『百科事典』は、手と目と「感触」で知識を味わいたいものだ。 参考資料:『現代用語の基礎知識』のインターネットサービス 追記 :老舗の『現代用語の基礎知識』は2005年版からコンパクトなA5版に変更、愛称表記のような『現基知(げんきち?)』をトレードマークにしている。参考 (2005.3.31 記) |
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今日から新年度である。制度が改まったり、新人が誕生したりと日本中で慌しさでいっぱいの中、「市」への誕生劇といったものも起こっていた。そこには、史上初の記録になった2ヶ所の県があるといった記事が朝日新聞夕刊に載っていた。 その一つ。沖縄県では、全国で2番目に人口の多い村として知られた「豊見城村(とみぐすくむら)」が、同県で11番目となる『豊見城市(とみぐすくし)』として誕生した。合併せずに単独で「村」から「市」へ移行する形を取ったのは、戦後の地方自治法施行以来初めてのことだそうだ。 他方は香川県。同県大川郡西部の津田・大川・志度・寒川・長尾の5町が合併して『さぬき市』となった。今回の場合のように、5つの自治体が合併して1つの市になるようなことは、合併特例法改正(1995年)以降では初めてだという。 前例で埼玉県の『さいたま市』は、最終的には大宮・浦和・与野の3市のみの合併に落ち着いたが、当初はそれに伊奈町と上尾市の合流も検討された経緯がある。それが実現しなかったことで、今回『さぬき市』の誕生が初めてのケースになったわけだ。埼玉県内では、さいたま市に限らず合併へ向けた話し合いが進行している。少し安易な発想のような気もしないではないが、それによって町の活性化や経済の安定が望めるならば良いことなのかも知れない。 以前取り上げた神奈川県内の『湘南市』が実現すれば、これらを上回る合併劇になるはずだが、実現したとしてもそれは当面さきの話であろう。 それにしても合併後の市名だが、今回の『さぬき市』などは地元の雰囲気をかもし出しているいいネーミングと思えるが、先の『さいたま市』や『西東京市』はどうも安直すぎる気がしてならない。『湘南市』などは「時代の流れ」といってしまえばそれまでだが、もう少し情緒が欲しかった。 こういう考え方も「安易」なことなのかもしれないが、どうなのだろうか。 関連記事:文中の『湘南市』の合併は、白紙になった。こちら。(2005.3.31 記) |
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中国が打ち上げた無人宇宙船は、3回目の試験と実験を終えて内モンゴル自治区に帰還し、無事回収された、といった記事が朝日新聞朝刊の片隅に載っていた。新華社電によると、これは先月25日に酒泉衛星発射センター(甘粛省)から打ち上げられた無人宇宙船『神舟(しんしゅう)3号』なのだそうだ。 『同3号』には人型のシュミレーション設備が搭載されていた。今回は一連の科学実験に加えて、緊急時の安全を確保するための脱出システムの実験まで行われたという。これらは有人飛行実現に向けた取り組みと見られ、年内にもう一度、打ち上げを予定している。 広大な土地と人口の割には、こういった宇宙開発に関した報道が成されなかったのは意外だった。核実験などではロシアやアメリカに引けを取らないほど騒がれるにもかかわらず、こと宇宙ロケット事業に関しては「奥手」だったのかもしれない。が、それは単に報じられるほど進んではいなかったのが真相らしい。 中国では、99年11月に初の無人宇宙船『神舟1号』を、昨年1月には『神舟2号』を打ち上げている。今回の打ち上げ成功を受けて早ければ来年にもアメリカやロシア(旧ソ連)に続いて、中国初となる有人宇宙船の打ち上げが実現しそうだ。 地球の周回軌道上には多目的な有人施設「国際宇宙ステーション」が建設されている。欧米をはじめカナダやロシア、そして日本も参加している国際的な協力プロジェクト計画がそれだ。 世界各国がそれぞれに知力と財力を持ち寄れば有益な結果が得られるはずなのに、平和という現実はそうはなりにくい。宇宙平和も含めて中国にはいい方向に活躍してもらいたいところだが、現実は厳しいだろう。 とはいいつつも、このプロジェクトに中国が参加する日は近いかも知れない。 追記 :2003年10月15日、中国初の有人宇宙船『神舟5号』は打ち上げに成功、地球を14周し、約21時間の飛行を終えて内モンゴル自治区に着陸した。(2005.3.31 記) |
リストラ(本来の意味である再構築を指している)や左遷ではなく、自らの意志で「ヒラ」の立場を求める人が増えているという。一度、学校長や教頭を経験した人が本人の希望による降任制度で一般教員へ戻る教育者がいる、といった記事が朝日新聞夕刊に載っていた。 上昇志向に相対する行為だが、己の限界を充分に認識しているという視点からみれば、これもまた向上心のあらわれなのかもしれない。潔いことは良いことだ。 昨年5月に東京都教育庁が導入した『個人の能力と意欲に応じた任用をするために、教頭以上の管理職が自ら希望すれば降任できる』制度で、今年度の今月から校長・教頭計19人が一般教員して教壇に復帰することになったという。なかには管理職経験の長い人もいるようだが、心的負担で体調がすぐれなくなったケースも見られるという。外観からでは見受けられない「ストレス」がそのまま表面化するのであろう。教育に対する誠実さや真剣さが空回りして、自己嫌悪や自信喪失につながっていくのではないかとも思える。 まじめさがアダになった悲哀の一例かもしれない。 一方で、「教員(管理職員)が教員を評価する」ことへの難しさはありそうだ。とくに終身雇用制で「培われてきた」ものが崩れ去り、正面から向き合わなければならないシビアな今の制度の下では、人間関係や上下関係に「情」を持ち込まぬことなど簡単に順応できるものではない。 「児童生徒を教えるのは良いが、教員の指導は不向き」と自らの能力の無さを認めるものもいたことなどからも、同じ教育者でも立場の違いが大きく作用する場合もある、ということが如実に現れているようにも感じられる。 これらは教育の世界での話であったが、一般企業でも導入すべきものかも知れない。実際に上司や同僚の「給与査定」としては取り入れられているところが増えているようだが、上司の適性査定となるとそうもいかないだろう。それらは幹部や社長らに一任されるべきものだと考える。もし一般企業でもそういった試みがされたとした場合、自らを「不適格者である」と認める管理職の偉いさんがどれくらいおられるのか見てみたいものである。 |
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今から878年後に小惑星が地球に衝突する可能性があることが、NASAの研究者らの計算で明らかになった。一般各紙に取り上げられていた記事で、詳細は5日発行の米科学誌『サイエンス』に掲載されるようだ。 この小惑星はもともと1950年に見つかったものがその後の2000年に再発見された。大きさは直径1.1km、その軌道を詳しく割り出した結果、2880年に地球から約29万km離れた場所を通過する。これは地球-月間が約38万kmだからかなり近い距離だと推測される。誤差を考慮した場合、1/300の確率で地球にぶつかることになるという。 まだ先の話とはいってもおそるべきことである。だが現実的な問題としては、宇宙での出来事に関しては地上にいるので何もわからない。何が天上で起こっていようとも「対岸の火事」にしかならないのが正直なところだ。 先月8日にも、小惑星「2002EM」がニアミスをしていたらしいという記事が3月20日付の読売新聞に載っていたが、その時は幅50-100m程度の大きさのものが地球から46万3000kmの距離を通過しただけだったという。小粒ながらも衝突していれば予想だにしない破壊力があったことは否めない。また、接近してから4日あまりも経ってからその事実が確認されたというのも聞き逃せない情報だ。なんと愚かなことと思われるが、そういうことはよくあることなのだ。 理由は比較的小さかったこと、また太陽に面した方向から来たため発見されにくかったことなどが上げられている。まさに「不意打ちを食らわされた」格好となったわけだ。隕石などの危険物体の飛来を発見することがそれほど困難をようするものなのだ。 この事実以外にも、常に降り注いでいる隕石群の類は数知れぬ。ならばイザという時はどうなるのだろうか。 まことに不安なことである。 |
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国産主力ロケット「H2A」の次期新型H2Aの開発案が読売新聞朝刊に紹介されていた。 主な改良点はメインエンジンとなる第1段ロケットの直径を4mから5mに太くし、主エンジン「LE7A」2基を並列配置させる。さらに固体補助ロケットも2基から4基に増やすことになった。これによって打ち上げ能力が2倍のおよそ4tにまで高まることになるという。また、この新方式による打ち上げコストが100億円程度に押さえられることで、海外の商業ロケットに対抗できる価格差が手に入る。コストの面ではようやく諸外国と横並びになるわけだ。 日本の打ち上げロケット事情といえば、記憶に新しい1999年の打ち上げ失敗に続き、2000年11月延期、2001年8月打ち上げ成功と続いている。今年2月には問題はあったものの「打ち上げ」自体は成功と、苦しいいい訳のようだが、なんとか順調に進んでいるようだ。 昨年の文部省と科学技術庁の統合が『文部省宇宙科学研究所(ISAS)』『宇宙開発事業団(NASDA)』を直接結びつけたことで、資金面や情報のやり取りがスムーズになったことだろう。日本の宇宙開発もやりやすくなったに違いない。 先日触れた「国際宇宙ステーション」計画への布石としても、頑張って欲しいものだ。 追記 :2003年10月1日付で『宇宙科学研究所(ISAS)』、『宇宙開発事業団(NASDA)』、『航空宇宙技術研究所(NAL)』は統合され、『宇宙航空研究開発機構(JAXA)』となった。(2005.3.31 記) |
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新しい商品が発売されるとまずは試してみたくなるものだ。今までとは形状の異なる新しいものから味覚を変えたものまで様々な商品が出回っている。そんな中には清涼飲料も含まれるだろう。 今日の朝日新聞朝刊に、米清涼飲料最大手コカ・コーラ社はバニラ味の『バニラ・コーク』を北米内で来月半ばから発売する、といった記事が載っていた。開発担当者によると価格・デザインともに通常のコークとほぼ同じ形容で、「甘みを増し、10〜20代の若い世代を取り込める」ことに期待をよせているとのことだ。 『コカ・コーラ』といえばライバル社の『ペプシ・コーラ』への対抗意識が激化していることでも知られる。昨年秋頃にはカロリー控えめの『ダイエット・コーク』レモン味を発売しているし、85年に発売開始したチェリー味は今度、パッケージ変更の方針を打ち立てているそうだ。 いずれもペプシがすでにレモン味、チェリー味を揃えていることもあり、二番煎じを狙ったものであることは否めない。だからこそ、今回の先手「バニラ味」に打って出たのだろうが、果たしてどんなものか。興味半分、期待半分といったところだ。 一方、ペプシ・コーラは現在、メジャー・リーガー、イチローを前面に出して売れ続けているようだ。 数年前からやつぎばや出しまくっているキャップのおまけつき商品は一躍有名になっている。今回、イチローもその“仲間入り”を果たしていることはいうまでもない。それに釣られて買ってしまう人たちがなんと多いことか。私もその一人だがイチローにはまだ手を出していない。 やはり、ペプシの方が一枚上手のような気がする。 追記 :『ペプシ・コーラ』は『NINTENDO(任天堂)』と提携しており、ニンテンドー DSやスーパーマリオブラザーズ関連をおまけにつけるキャンペーンを展開中。(2005.3.31 記) |
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久しく電車に乗っていない。通勤している時は、昼間などなかなか思い通りにやってこなかったり、来たら来たでぎゅうぎゅうに込み合っていたりする。誰もが同じようなことを考えているのだろうが、思い通りに行かないのが世の常というもの。だが、そこにいい話しが舞い込んできた。今日付の朝日新聞夕刊に載っていた記事がそれだ。 国土交通省の計画で、自動改札機を利用して駅間の電車両内の混み具合や駅のホームの状況などを『混雑MAP』として、掲示板化させようというものなのだ。同省の思惑はこうだ。 習慣で同じ電車に乗車している人が、比較的すいている列車を選ぶきっかけになるのではないか。「分散乗車」を促し、混雑緩和を図れるかもしれない。実際いい考えだと思われるし、見込める発想だといえる。問題は現実味がどこまであるかだ。 記事の中でも指摘しているが、改札を抜けたがまっすぐホームへ向かったかどうかが定かでない。大きな駅では飲食店へ立ち寄ったり、待ち合わせをしていたり、トイレなどを利用していれば必然的に“車内人口”に開きが出て正確さを欠くことになる。また込み具合のとらえ方に個人差があるということや車内の奥の方が空いていても率先して詰めて乗車したがらない人が多数いることも、混雑車両とそうでないところに差を生む要因になっていると思える。 どうせなら気持ち良く通勤したいという思いは誰もが同じ考えなのだから、掲示板が実用化されたとしても結果的には目安にしかならないのではなかろうか。そんな致し方ないことでも、通勤ラッシュを体験している人には「気休め」はほしいものかもしれない。 一案として、編成された車両を上降車の多い駅までで3グループぐらいに分割してはどうだろうか。 JR中央線(東京)上りに関していえば、車両の前部は「始発駅から国分寺駅」専用車両、中部は「始発駅から新宿駅」専用車両、後部は「始発駅から東京駅」専用車両といった具合に。そうすれば、多少の分散乗車が可能になりそうな気がする。しかしほとんど個人間の駆け引きで乗る場所が決まってくるので面白い反面、考えるのが面倒になるかも知れない。 通勤ラッシュというのは、いろいろな意味で考えさせられる「特殊な時間」構造をもったものなのかもしれない。 追記 :通勤ラッシュ回避のための分散乗車ではない「迷惑回避」のための分散乗車が始まった。『女性専用車両』の導入である。JR東日本では埼京線(2005年4月)に続き、中央線での導入(9月5日から)を決めた。8月6日読売新聞朝刊記事。(2005.9.5 記) |
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夢を与えてくれる、という言葉をよく聞く。私にはどうにも納得のいかないことの一つだ。「夢」というのは見るものであって人から与えられるべきものではないと思っているからだ。 もちろんここでいう「夢」とは理想や願望を指しているのである。眠っている時に見る夢は当然、自分自身でなければ見ることが出来ないもの。いずれの夢も楽しいものに越したことはない。 以前、宇宙へのロマンの話をいくつかしたが、また夢で見られそうな話題の企画が今日付の朝日新聞に載っていた。日本惑星協会によるもので、探査機に100万人分の名前を記したものを搭載して打ち上げ、小惑星に着陸させようというものだ。 文部科学省宇宙科学研究所によって打ち上げるM-Vロケット5号機の先端に取りつけられるのが、「MUSES-C」と呼ばれる小惑星探査機。2005年夏、小惑星1998SF36に着陸して、そこのサンプルなどを地球へ持ち帰るサンプルリターン計画のために打上げられるものだ。世界初の試みとなる。集められた署名は、着陸直前に落とされるボール状の目印を包むアルミ箔に刻み込まれているという。 応募は日本惑星協会のホームページからも応募できるが、往復はがきでも受け付けている。おそらく自由に宇宙旅行が楽しめるまでには50〜100年程度は先になるだろうから、せめて名前だけの「夢の宇宙旅行」を今は楽しむことにしよう。 問い合わせは、キャンペーンセンター:0570-002299[月〜金 9:00〜17:00]まで。(2005.3.31 一部追加訂正) 参考資料1:小惑星探査機『はやぶさ』のサイト。 参考資料2:『ミューゼスC』関連のサイト 追記1 :同企画は2002年7月6日に締切られた。2003年5月7日に88万人の署名を載せて打ち上げられた探査機は、同日、小惑星探査機『はやぶさ』と命名された。2007年帰還予定。 追記2 :私とまるぴの名前も翔んでいる…。もう火星は越えたのだろうか。愉しみだ…。(2005.3.31 記) 追記3 :『はやぶさ』は4日、小惑星『イトカワ』への降下を試みたが、700m地点で軌道の逸脱が判明、接近行動は中止。金属球『ターゲットマーカー』及び探査ロボット『ミネルバ』の投下も延期。(2005.11.5 記) 追記4 :探査機『はやぶさ』から12日に投下された直後に行方不明になっていた探査ロボット『ミネルバ』。その後、探査機本体のカメラが宇宙を飛び去る姿をとらえていたことで、失敗を確認。まだ『イトカワ』降下の可能性が残されていることから、『ミネルバ』との通信は継続されるもよう。(2005.11.20 記) 追記5 :金属球『ターゲットマーカー』は20日に高度40mから投下され、小惑星『イトカワ』へ無事着地したとされる。が、探査機『はやぶさ』は降下後、送信絶つ。(2005.11.20 記) 追記6 :行方不明だった探査機『はやぶさ』は20日午前6時10分頃、小惑星『イトカワ』に着陸していた模様。直後、離陸にも成功した。世界初の成果。着陸して岩石採取するため、25日午後10時現在、最後の降下中。(2005.11.25 記) 追記7 :『はやぶさ』の岩石採取成功は一転して、失敗の可能性が高いと発表。同時に、1回目の接地時にほこりなどを取り込んだ可能性はある、との望みも語る(12月8日報告)。(2005.12.26 記) 追記8 :『はやぶさ』の姿勢制御が不安定な上、通信も途絶えている現状などから、当初予定の2007年6月の帰還を3年延期、10年6月以降とする、と発表(12月14日報告)。現状では、その帰還も極めて困難と思われる。(2005.12.26 記) |
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また好きな作家の1人が亡くなった。11日のことである。昨年の日記にも書いた絵本作家で、ディズニーのアニメーションも手がけたことのあるビル・ピート氏だ。彼を知ったきっかけは以前書いたので省くことにして、その当時、彼の作風のどこに惹かれたのかがよくわからなかった。だが、左記の本をみて彼がディズニー・アニメを作った一人であったことを知ったことで納得した。アニメータならではの動きのある描写がそこにあったのだ。上手いアニメータの絵はそれと分かるほど生き生きとした線の良さが秘められている。彼が描いたものにもそれが見られた。だがアニメータとしての才能は、ディズニーの中ではうまく花開かなかったようである。ウォルト・ディズニー氏自身が彼の実力を心底かっていたかどうかには疑問を感じるし、実際そのことが原因でディズニーと決別したのは事実なのだから。 彼が長らく勤めたディズニーで主に担当したセクションは、ストーリー部門・脚本であった。絵描きであるがゆえに文章化が不得手という困難な状況もあったようだが、数々のアニメーション映画の脚本などを手がけたことが、のちの絵本作家への「糧」になったと言えそうだ。私にはそう感じられた。 ディズニーでの仕事も長かったが、その後の絵本の創作活動期間も40年近くと長かった。最近の作品は知らないが、数多くの楽しい作品が世に送り出されている。 今のところ先の『ワンプのほし』(佼成出版社)と自伝である『ぼくが絵本作家になったわけ』(あすなろ書房)しか手元にない。いい作品は手元に置きたいので、また古書店などを物色して探しだそうと思っている。新刊本屋では児童書や絵本自体あまり取り扱っていないようなのだ。 少子化のこともあり、寒い時代になったのものだ。なあ、ピートさん! 追記 :その後、『アライグマじいさんと15ひきのなかまたち』を手に入れた。(2002.4.2 記) |
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歩きたばこは「犯罪」です――。 こんな書き出しで始まる記事が今日付の朝日新聞朝刊に載っていた。何かと思って読んでみると、民主党が議員立法として「公共の場における喫煙に関しての法案」提出を検討中とのことだった。その法案の内容は、 「公共の場所または乗り物で、他人の身体または物件に対して熱による危険を及ぼさせるような喫煙」を禁じるとし、違反者には1万円以下の罰金を科す……といった“軽犯罪法の改正案”であった。だが、これはかなり甘い処置ではないだろうか。もう十数年以上も前からこの手の話は議題に上っているだろうし、今ごろ審議しようとすることも然ることながら、それを軽犯罪に位置しようとすることには納得がいかない。この問題は私から見れば、かなりの重犯罪的行為になる事象の一つだと思えるからだ。 民主党の代議士の1人も「子供の目の高さに、たばこの火が降ってくる。(略)」など、その危険さを指摘をしているようだが、その程度の範囲に止まるものだろうか。 実際私自身もジャケットを焦がされたり、手に小規模ながらも火傷を負わされたりしたものだ。これは立派な危険物不法所持に他ならない。さらにポイ捨てに至っては紛れもなく「放火」だ。世間で起こっている原因不明の不審火の中にはそうしたものが入っているに違いないと私はあえて、断言する。それ程までに恐ろしくも危険な要素がその“何気ない行為”の中には潜んでいるのでは、と考える。 前者の歩きたばこに関しては、東京都千代田区では「通学路や人通りの多い場所に限定して、過料を取る」という形の条例案として6月の議会に提出するそうだ。 まずは第一歩というところだろうが、少しずつでもこれらのなくすべき重要な事象を正式な「罪」という形としていってほしいものだ。 誰もが安心して歩ける町作りの中には、何も交通事情の良さに限ったことだけではないのだから。 追記1 :千代田区(東京)では10月に条例として実施され、成果をあげているようだ。その後、都内各区へと拡がる。 追記2 :中央区(東京)でも2004年3月に同様の条例が制定されて、同年6月に施行されている。(2005.4.4 記) |
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このところ、以前にもまして言葉が難しくなったような気がする。もともとボキャブラリーが貧弱な私にとって、昨今の専門用語の羅列には苦労させられることが多いのだ。 それは特別な書籍に限ったことではない。最近の週刊誌や一般誌上でも意外に小難しい言葉が出てくる。若者用語と呼ばれるのもその一つの例なのかも知れない。 私は、今では「死語」と呼ばれる言葉のいくつかを意識せず口にしているようなのだ。人から指摘されたことがあるのだが、あえて特定するのはよそう。 言葉――。日本語が難しく多様化してきたというのは、どうやら間違いではなさそうだ。 今日付けの朝日新聞朝刊に「日本語の用例を公募する」と記事が載っていた。公募を発表したのは『日本国語大辞典』(小学館)を刊行している編集部。日本語の奥の深さを知ること、より内容を充実させたいことへの思いが今回の一般公募へ繋がっている。やはり誰もが知るべき言葉、流行語も含めて生きている言葉は数あれど、使い方を充分に把握していなければそれこそ話にならない。普段何気なく使っている言葉が、どのような道筋を通ってやって来たのか考えるだけでも意義はありそうだ。 ただ用例というのは、どこでどのような使われ方をしたのかを調べることが非常に困難なもの。私はあっさり諦めてしまったが、我こそはと思われる知識人の方々は挑戦してみると良いかも。採用された人の名前は20〜30年後をめどに刊行される第3版に掲載される、という特典付きだ。 投稿はこちらから。まだまだ募集中! とのこと。(2005.4.4 現在) |
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またしても星へのロマンが確認された。今日付の朝日新聞夕刊に載っていたものだ。 地球に一番近い星・火星の地下に大量の氷の存在が観測された、というのだ。氷があった、水があった、ということは生命がかつて存在したということだ。いや、現在でもその火星の氷面下に生命が生きている、あるいは生き延びている“可能性”があるということに他ならない。これは以前に打ち上げられ、現在火星を観測している無人探査機「マーズオデッセイ」によるデータを分析したもので、「最も直接的な証拠」とされる。 地球の場合もそうだが、火星上でもその「水」は両極に集中しており、乾いた表土の数10cm下に氷として存在しているのではないかとみられる。しかも、その表土と氷を含む層の総重量の20〜35%に当る可能性も考えられるという。 かつて海があったと考えられている火星――。その水の多くがそれらの氷だとすれば、大いなる疑問も納得できる。そして現実に水の採取が可能になれば、有人基地建設に拍車がかかり、その後人類の新たなる第2の星となる日も近づいてくるのではないか。文字通り地球に最も近い星はやはり「火星」であろう。 参考資料1:『日本月火星協会 〜JAMRO〜 』 参考資料2:『火星のリンク集』(横浜こども科学館) |
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