天狗堂日誌 6


天狗堂日誌 1
天狗堂日誌 2
天狗堂日誌 3
天狗堂日誌 4
天狗堂日誌 5



153 ひたすら黙々と… 2004.5.5

 さきごろ「美智子」という著者名の本を目にして、「ミチコって誰?」と手にすると、あの「ミッチー」さんだった。これが小さな「縁」だったのか、まもなく「歴史読本」2003年12月号「明治・大正・昭和天皇の謎」を(990→380円で)購入し、つらつらと眺めていたらヒロヒト氏とチチブノミヤ氏との間には「皇位簒奪計画」・「緊張関係」があったとか、なかったとか。かくて、3度目にしてチチブノミヤ勢津子氏の回想記『銀のボンボニエール』(2000→99円)と出会う。ウンメイじゃよ。
  今一度立ちなほりませとここいく日ただひたすらに祈りしものを
  人の世のさだめとしれど悲しさにわれを忘るる夜もいく夜か
 ついでに、以下の書籍も「埋蔵金99」として同伴購入せり。
1.真継伸彦『林檎の下の顔』(筑摩書房)
2.韓丘庸『ソウルの春にさよならを』(朝鮮青年社)
3.『現代こよみ読み解き辞典』(柏書房)
4.永田久『暦と占いの科学』(新潮選書)
5.『新版経済学史』(有斐閣双書)
6.神坂次郎『特攻隊員の命の声が聞こえる』(PHP研究所)
7.粕谷一希『中央公論社と私』(文藝春秋社)
 さらにである。ひさしぶりの道具屋さんに立ち寄り、以下の3点、これはマトモな金子を支払い、シメて1300円なり。
8.昇曙夢『ペートル』(大正7年)
9.『桂月全集』第3巻(大正15年)→朝鮮・大陸紀行文を多く収録せり。「近代紀行文研究会」をやったらおもしろかろう。
10.『秘録大東亜戦史 朝鮮篇』→これの「揃い」はたぶん持っていない。増補版があったのじゃなかったか。全揃い2000円で(あったら)買おう。
 さて、連休中にもかかわらず、「ひとり仕事ごっこ」をやっていたらしい天狗有縁の方々に、ごめんなさい。天狗は「今年は仕事をせん!」と年頭に誓っておりますゆえ、連休中もただひたすら「喰う」・「寝る」・「買う」の3点セットのシンプルな人生でありました。
 それにしても最近の世相を眺めていると、ああ、こうして日中戦争から大東亜戦争に至ったのだなあと思いますよ。最悪なのは、自分の立場を透明にしているマス・メディアですよ。「世論」なんて、しゃあしゃあと、なにホザイてるんだろう。


152 黙々と… 2004.5.3

 子天狗2と天狗妻のリクエストによる『世界の中心で愛をさけぶ』とかいう本、ぶくま君ちではなんと帯なしウス汚れ1100円、そりゃないだろと他店をさがすが、これが見あたらないのである。100万部以上も売れてて、これがないとはこれいかに。とうとう新刊帯つき本を1490円も出して購入せり。帰宅してテレビを眺めていたら、某カメラマン氏の『イラクの中心でバカとさけぶ』という本が紹介されていた。
 一方、天狗は日々これ埋蔵金発掘に精進し、本日は以下の3点。シメて90円(税込み)。
 1.長崎源之助『あほうの星』(講談社文庫)
    *いわゆる戦争児童文学なり。著者は昭和19年末、下関から船で釜山に渡り北支の戦線へ。敗戦の翌年2月、(たぶん佐世保港へ復員帰国し)大村病院に入院。病室は原爆の被災者であふれていたという。…ということを描いた自伝的児童文学なり。
 2.富島健夫『のぶ子の悲しみ』(集英社文庫コバルトシリーズ)
    *舞台は福岡県の「上野(あがの)炭鉱」の炭鉱長屋に住む「のぶ子」の物語。大小のヤマの閉山がつづく頃が舞台。「総評傘下の炭労には、加盟していない。炭労で入れてくれないのである。炭労にはいっていて労働争議の出来る炭鉱は、のぶ子たちにとってはうらやましいくらいだ。」「隣のおじさんが、またどなり出した。/「おれはな、狂っとるんやないぞ。狂っとるんはおまえたちや。なんや、所長の野郎、めかけを三人ももちやがって。くそっ、こんな飯が食えるか」/はげしくなにかを投げる音。おばさんがしきりになだめている。」
 3.石沢英太郎『殺人日記』(集英社文庫)
    *まあ、めずらくくもないけど、せっかくだから。
 でもまあ、たまにはゼイタクして、高崎隆治『ペンと戦争』(成甲書房)を300円で購入したりする。ここしばらくは黙々と暮らしていこう。


150 まるで徳川埋蔵金なのじゃ 2004.4.28  

 連日の古書晩酌。税込み表示価格105円の世界も、なかなか奥が深いもんだなあ(詠嘆)。でも富島健夫の角川文庫『すみません(下)』は、いまだ見つからない。

1.永井陽之助『現代と戦略』
   「乃木将軍は愚将か」「核脅威下の悪夢」「軍事バランスという共同幻想」など
2.石原慎太郎『国家なる幻影』
   大枚105円も出して目をつむって買った。敵を知らねば…
3.安藤彦太郎『中国通信』
   1966年刊。本文末尾に、「中国は、この「文化大革命」を経たのち、おそらく経済的に一大飛躍をとげるものと思われる。「紅衛兵」の表面的な行動に目を奪われることなく、「文化大革命」が、社会主義建設のなかで、矛盾克服のために提起している問題を、私たちは、正しくつかみだすべきであるとおもう。」と書いてある。著者は1964年から2年間、○○大学在外研究員として北京に留学していたんだそうな。
4.山路愛山『現代金権史』現代教養文庫
   1908年刊本の文庫化。へぇ〜。
5.加藤尚武『現代倫理学入門』講談社学術文庫
6.上田誠吉/後藤昌次郎『誤った裁判―八つの刑事事件』岩波新書
   「菅生事件」も含まれている。
7.野上弥生子『大石良雄・笛』岩波文庫
8.千田夏光『続従軍慰安婦』講談社文庫
    念のため。
9.立花隆+東大云々『二十歳のころ U』新潮文庫
   Tも105円で求めよう。
10.海野弘『ココシャネルの星座』中公文庫
11.梁石日『修羅を生きる』幻冬舎アウトロー文庫
12.寺内大吉『化城の昭和史(上)』中公文庫
    (下)も捜そう。日蓮主義を追った本。
13.北一輝『支那革命史抄』岩波文庫
14.立松和平『ヤポネシアの旅』朝日文庫
    単行本も持ってたと思うけど探し出す気がしないので。
15.吉本隆明『僕なら言うぞ』青春出版社
    やっぱりもう…


149 「生きるに値しない命」とは誰のことか 2004.4.27

 カール・ビンディング/アルフレート・ホッヘ著『「生きるに値しない命」とは誰のことか』が届いた。書肆○○○○の「新着」サイトで、タイトルだけ眺めて即注文していたのである。天狗にはめずらしい出来事である。サブタイトルは「ナチス安楽死思想の原典を読む」である。原著のタイトルは『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』(1920)である。これから読もう。
 いつもの床屋さんに行った。いつものとおり「はじまり」から「終わり」まで、わずか5秒の中断もなく「世間話」を聞かせてもらう。天狗が世間を知るのはこの機会だけである。「首つり目撃談」から「駆け落ち話」から「新聞配達のニイチャンの冤罪をはらすべく自転車をこいで警察へどなりこんだ話」から「小学校の校庭に犬を捨てたら小学生が、あ、これトコヤのオバチャンちの犬やんと余計なことを言いやがった話」まで、もうこれはいつか録音してみたいと思うほどの熟練ぶり。今日のメインは、「あのくさ、オトコちゃ意外とコロッとだませるばい、と会話している中年オンナたちの話」である。どこかヒヤリとする話である。80歳の先輩ばあちゃんがいわく、「いっぺんウソばついたらウソは墓まで持っていかにゃならん」。このばあちゃんは亭主にかくれてキセルでタバコを吸っている「ぶりっこばあちゃん」らしい。嫁がほとほと感心すると、「この年まで演技するのは容易なことではなかとばい」とうそぶいているそうな。一方、じいちゃんは、「うちの妻はほんとにな〜んにも世間を知らんでカワイイけんのお」とへらへら笑っているそんな。めでたし、めでたし。
 床屋さんを出て、目の前の「古書肆○○○」へ。ひさしぶり。いまどき「イムジン河」を歌えるキトクな1956年生まれなり。小学校に入学直後、教室でひとりずつ知っている歌をうたいましょう、と先生にいわれて、「民族独立行動隊の歌」をうたったという、例の御仁である。本人の著書にそう書いてある。小型本『改訂増補 在郷軍人須知』その他「ひとやま」を購入せり。この道はとおい。「ひとやま」も「ふたやま」も「みやま」も越えて、掘れば出てくるのは黒ダイヤかボタばかり。帰途、まあいろいろといきさつもあって、『金日成著作集』数十冊と関連本いろいろもクルマのトランクに積み込んであるのでありました。心をこめて供養させていただきます。
 イムジン河(=臨津江)行きの次は、聖地「ビルマ紀行」かなあ。ビルマに「鹿」はいたかなあ…


148 「イムジン河」のお勉強 2004.4.20

http://www.jinken.ne.jp/kyousei/matsuyama/
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/imujingawa.html
http://www.urban.ne.jp/home/accel/lim_jin.htm
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/2920/essay181.htm
http://www.agentcon-sipio.co.jp/discography/agca-1003.html
http://www1.odn.ne.jp/~cab34730/korea-ongaku.html
http://www1.harenet.ne.jp/~sato2000/music/guitar/imujingawa.html
http://www1.odn.ne.jp/~aap38240/sekai19.htm(←メロディはこれがまあマシかなあ)
http://www.asahi-net.or.jp/~zp5h-tkuc/music/imujinngawa.html(←これもワルクない)
http://www.fides.dti.ne.jp/~saito893/ongaku%20file/imujingawa%20.htm(←これが穏当かなあ)


147 イムジン江の夕陽 2004.4.8

 近々、イムジン江紀行文をモノしたいのではありますが、まずは印象的なシーンを1枚アップです。(画像縮小の技術を忘れてしまったのです。)


146 病院内の携帯電話 2004.3.30

 先日の西日本新聞が、九州大学医学部附属病院が病棟内で携帯電話の使用を「解禁」したことを報じていた。記事文の背後にあるのは悪意である。ホントにダイジョーブなんですか、もし事故があったらセキニンとれるんですか、ちゃーんと監視してますからね、という執拗な目線を感じる。病院側にインタビューをして言質をとろうとしている。病院側は最近の医療機器(含・ペースメーカー)は改良されていて携帯電話の電波程度ではほぼ攪乱されないのだと説明している。にもかかわらず、記者氏はホントにそうですか、とと言いたげなのである。ホントにそうなのかどうかは神様しかわからない。大丈夫「だろう」という根拠は病院側は周到に検討しているはず。病院側にとっては「全面禁止」が安全で楽であることはきまっている。にもかかわらず、これを解禁した理由について、この記事は一瞥だに払おうとしていない。大丈夫「ではない」というなら、具体的に根拠を示してほしい。ここ数年間に、どこかで「事故」があったのですか。
 この記者氏は、病院内でどれくらいの人たちが公衆電話にも行けない病状であるかを具体的な個々の光景として知らないのだろう。「かもしれない」という茫漠たる理由をもって一網打尽に封殺する論法が野放図に横行している。末期ガンで入院中のおじいちゃんが、もうすでに歩くことも車椅子にのることもかなわず、それでもベットに上で付き添いの家族から携帯電話を耳にあててもらいながら、たとえば北海道にいる孫君からの電話の声を聞いて、涙して頑張ろうと思ったりしている光景を、あなたの「正義」はみじんも想像すらしなかったのですか。わたしは携帯解禁は苦衷の「英断」だと思います。
 ことばの上っ面だけを一瞥している。類似の光景が蔓延している。


145 天明 2004.3.23

 昭和16年12月中旬、檀一雄が高橋律子と福岡市天神町の岩田屋百貨店(食堂)でお見合い。若き日の天狗の姿を彷彿とせり。されど、「おまえの母」はいつまでも「ただ一つ肯づい」てばかりの生涯を送るのではない。よいか、わかったか。

「太郎。父がおまえの母と婚約を取極めたのは、大東亜戦の大詔をいただいた、その年の暮のことである。私は生母がすすめる結婚に素直に肯いて、戦ふ歳暮の町に、おまえの母とはじめて会うた。/『私と結婚してくれるのは有難いが、おそらく苦しく悲しいことばかりが多いでせう。いやむしろ私はさう云ふ生涯をえらぶのです』/と父は三十年の変転の歳月を回顧しながらさう云うた。/『それに、今日お召しにあづかつて、明日は命を棄てるかもわからない』/事実歳末の街角にはそこここに千人針を縫うてもらうてゐる出征兵士の母や妻妹が見えてゐた。父はかう云うておまへの母を見つめたが、おまへの母は黙つてただ一つ肯づいただけである。」(檀一雄「天明」)


144 暁に祈る―決戦下の教員異動 2004.3.11(3.13添削)

 ほとんど写経と化した例の年表。「西日本新聞」昭和18年4月1日付記事「決戦下の教員異動/国民学校訓導けふ発令=vのなかに、「田島へ藤崎勝代(池野)」とあった。福岡県宗像郡池野村の「池野国民学校」から同郡田島村の「田島国民学校」に転任になったというのである。田島村は官幣大社宗像宮の鎮座まします所。神郡宗像たるゆえん。で、この「藤崎勝代」は天狗の叔母上なり。いまだ80余歳にして健在。姉は天狗の母者人なる。こちらも健在なり。87歳。弟1人と妹1人はとうに鬼籍の人。幼少の小天狗を溺愛せり。さて、母天狗はそう簡単にはくたばらない。と、暁に祈る。


143 海軍予備航空団 2004.3.9

 以下、『松陵の日々』(福岡大学同窓会社団法人有信会、昭59・11)から引用。「海軍予備航空団福岡支部」は、昭和13年5月10日、雁ノ巣飛行場で開団式を催行。余興として航空ショーを開催している。

 (昭和)十五年五月、博多湾を挟んで福岡市街の対岸にある雁ノ巣飛行場まで、(福岡高商=現・福岡大学)全校のハイキングが行われた。
 これは新入生の歓迎会も兼ねて、同飛行場にあった海軍予備航空団の見学をするためだった。「有信四号」によると、本校三年生の佐藤守正、小林淳作の両君は二カ年間、土日曜ごとに練習に通い、全校生徒の頭上で高等飛行を披露した。横転、宙返り、木の葉落としなど秘術の妙をつくしたので一同感嘆、口をアパーンと開けて見とれたとある。
 終わって安部校長、石井、渡辺両教授、及び西村教官が練習機に乗せてもらい、博多湾の空を飛んだ。ひとり五分間。
 海軍予備航空団というのは海軍航空隊の後援を受けながら大学、高専の航空班の学生の飛行訓練を行っていた。卒業後は、海軍の航空隊に受け入れようという、いわばパイロットの養成機関。ここから多くの海軍航空予備学生が巣立ち、日米の空の決戦場に飛び立った。
 全国組織としての日本学生航空連盟に所属していたが十六年になると、民間飛行場だった雁ノ巣飛行場が陸軍に接収される。と同時に糸島郡元岡飛行場の大日本飛行協会福岡訓練所に移転、後援も海軍から陸軍に移管されたため、このあとの訓練学生は、陸軍特別操縦見習士官として陸の荒鷲となる。
 十七年には、その名も学生航空隊と改称され、明専、九歯、高商、西南、久留米高工などの学生がここで訓練を受け、やがて特別攻撃隊として南の空に散っていく。
 が、当時としては、まだ飛行機の操縦など高嶺の花であり、航空士官は若人の憧憬の的であった。
 その元岡飛行場では、初級練習機の九五式三型が七機、中級練習機九五式一型が三機、合わせて十機を保有していた。
 いずれも翼長十b、胴体八bの単発機。色は黄色で二枚羽で、夕日を受けて飛ぶさまがトンボに似ており赤トンボ≠ニ愛称されていた。初歩練習機は時速百二十`、今の新幹線より遅い。
 飛行コースは、毘沙門山(標高一八三b)を越え、眼下に玄界灘を見ながら左に旋回、そして周船寺の上空を飛んで着陸。この間五―七分。基礎訓練は、この繰り返しであった。
 中級機になると、性能はグンと向上し、宙返りから木の葉落としなど、佐藤らが全校生の頭上で披露した妙技は、この中練によるものだった。
 


142 尊厳 2004.3.10

 ある「ことば」がふいに実感を持ちはじめることがある。「歓喜」であったり、「屈辱」であったり、「生活」であったり、「素肌エプロン」であったり、それはたぶん突然にやってくるか、すでにやってきていたことを突然に知らされる。今夜の天狗を訪問したのは「尊厳」でありました。一寸の天狗にも五分の尊厳、いやいや、これは違う。天狗と尊厳は無縁である。
 思うに尊厳を知るのは尊厳がおかされたときでありましょう。ただし、それは当初、なにかがおかされていると感じ、そしてその果てに、なにかをそう名づけてみるのでありましょうか。しかも、あくまで他人におけることとして。してみると、尊厳は尊厳でなくともよく、まあ蟻でもキリギリスでもよろしい。フランシーヌの場合は3月30日の日曜日でよろしい。3月30日の日曜日がおかされたのであります。
 ちなみに、フランス・ギャルというアイドル歌手がおりましたが、彼女の本当のフランス名前はフランス・ガルでした。夢見るシャンソン人形! 35年間ほど、だまされておりました。思えばおかしなことでした、ギャルがギャルという名前であるわけはない。それは老人の名前がシルバーで、少年の名前がAというのと同じくらいおかしなことです。シルバーは白馬童子が乗馬していたのでしたかね、「はいよっ! シルバーっ」。白馬のルンナは、うふふと笑います。あと2つ「ふ」がふえると「3月の甘納豆」になったのに。
 …甘納豆の尊厳、ふむ、なかなかいいフレーズだ。


141 高田茂広という人 2004.3.8

 長井盛之主宰の文芸誌「日本短詩」復刊第1号(昭39・12)から第21号(昭43・5)まで通覧。たまたまこの合冊版が手許にあったので。
 つらつらとみていくと、「高田茂広」という人が、ちょっとおもしろそうな詩を書いている。博多湾上の能古島に住んでいる人。とくれば、あの「浦」研究の人は、たしか、タカタ・シゲヒロ氏ではなかったか。檀一雄の家居「月壺洞」の管理もしてくれているというあの人のことか。別の号に「近影」が載っている。この青年があの白髪の人であるか。たしかに似ておる。
 さて、以下の彼の詩は40点か。「原爆」を題材にしているからといって甘く採点するほど天狗は公私混同(?)しない。

ひろしま

原爆の碑 新しく
20年の時のみじかさ
旅人であることができなくなっていく。

何と祈ろう
ケロイドの人の祈りのながさに
線香に いぶされたまま
動きえない。

幼な子の幼なさ
原爆の碑の前で
おにんぎょさん画いて あそんでいた。

全部をここにつれてきたい
人間の全部を
原爆の碑につるされた 折鶴を
だまって 胸につけてやりたい。

(「日本短詩」復刊第10号、昭41・7)


140 大西巨人氏 2004.3.6

 今年のはじめに、たまたま大西巨人氏の「三説 俗情との結託」と出くわし、「へえ〜×2」と思いきや、その後、世界は思いがけずの方向に進展し、本日は「大西巨人卓話会」なるものに出席し、「俗情」だらけで「2ショット写真」もゲットせり。昨年は那珂太郎氏と「2ショット」。
 大西巨人氏はやはり大西巨人氏であった。写真で拝見した印象よりは小柄で痩せておられる。東堂太郎の身長はどれくらいだったかなあ。奥様もご同道されており、北川晃二氏の奥様とご談笑の光景。これは「へえ〜×3」なり。
 天狗は同席のトド君より「領巾振山」の観光地図を渡され、「へえ〜×1」なり。現行流通の名とは知らなんだ。天狗の里には「対馬見山(つしまみやま)」というのが現存する。「山名考」なる一書もさぞあらなむ。なけりゃ、あらしめむ。…この衝動が身を滅ぼす。とても85歳まで身が持ちそうにない。
 帰途、「サンちゃん」にて「屍本(かばねぼん)」1冊と遭遇せり。帰途2、「ぶくまん」君ちにて、日本古典体系・鑑賞現代日本文学」・岸田國士「力としての文化」等と「90円」で出会い、いずれも手持ちなれど「お持ち帰り」せり。背振山に墜落したジャピー君を描いた絵本も「お持ち帰り」。帰途3、かしわめしと海老ソバ単独食。


139 紙芝居 2004.3.3

 昭和20年8月1日、西部軍報道部(どうも「西部軍管区報道部」と表記したものは見あたらない)は、元寇祭(元寇記念伏敵週間)を開催。火野葦平の長篇小説『革命前後』にも、ちらっと書いてあったと思う。戦争末期の泥沼状態のあがき。当時の「西日本新聞」を眺めていたら、これに関係する記事と出くわした。

「元軍のため家は焼かれ田畑はこはされたがなげいてゐる秋ではない、戦ひはこれからだ」作者岩下俊作氏の口演で紙芝居「筑紫の防塁」はヨイコや兵隊さんや大人の目を集めてすゝめられる、このほかに元寇にちなんだ河童の竹蔵(長谷健作)神代一族(中島幸三郎作)と三つの紙芝居を製作した西部軍報道部では、元寇記念伏敵週間の三日目の三日、まだ空襲のあとをとどめる博多駅頭でこれを上演し「元寇のあの戦訓をいますぐに実行しようではありませんか」と市民の奮起を呼びかけた、なほこの三つの紙芝居は九州各県の国民学校、国民義勇隊、農業会へ配布される(「西日本新聞」昭20・8・4)

 この日の夜は「伏敵文学と元寇」と題する講演会を開催。日本文学報国会九州支部主催、西部軍報道部・西日本新聞社後援。午後6時から櫛田神社にて。東潤・原田種夫の詩朗読、中西政次郎の小説朗読、火野葦平の講演「九州決戦」、高木市之助の講演「伏敵文学と元寇」など。(同前)

 かくて案の定、この紙芝居3つ、「筑紫の防塁」と「河童の竹蔵」と「神代一族」が欲しくなってきた。半世紀前の光景。忽然とこの世界から消え去ったとも思えない。どこかにある。


138 空 2004.3.2

 ふと、「空大助(そら・だいすけ)」氏のことについて知りたくなって、「スカラベ人名辞典」を調べたら、なんたる怠慢であるか、これの項目がないのである。
 困るんだよ、こういう辞典は…と怒っても、怒るだけでは、怒りはおさまらない。仕方なく、項目を立てた。はい。最初の利用者は、この天狗なり。あとはどうぞご利用ください。まあ、この辞典は、青い山脈、ジテン車に乗ってどこまでもブリ行こうジストンです。
 そういや、吉田公正氏の『近世快人伝』(九州公論社、昭44・12)は、篠崎仁三郎・高場乱・平岡浩太郎・杉山茂丸その他を伝えていて、なかなかおもしろいですよ。あんまり話題にならんのはどうしてかなあ。先行研究を要領よくまとめているからか。それでも要領がいいのだから、いい本だなあと思うんだが。なにしろ辛抱づよいです。


137 李香蘭の引揚げ帰国 2004.3.1

「西日本新聞」昭和21・4・2付の記事
「華やかな引揚げ
  雲仙丸の話題
   まあ!接吻映画なんて
    銀幕はご免 破れ服の李香蘭
李香蘭帰る―― 一日博多入港の雲仙丸で多数の引揚者に交つて李香蘭や中華電影の川喜多長政氏、あるひはかつてスクリーンにをどつた名優藤井貢氏らが華やかに帰つてきた。憂愁こめた引揚船のなかにこれは明るい港の春にふさはしい話題の船だ、男の着るやうな焦茶のジヤンパーの上に薄茶のレインコートをひつかけ胸に「山口」と名前が入つてゐる紺のサージ地のズボンは裾が破れ擬革の茶靴、雑嚢をぶら下げた姿は苦しい集中営の生活がしのばれた。それでも真紅な唇と大きな眼は溌剌として新鮮だ、引揚援護局で記者団にとりまかれながら「もうステーヂとも銀幕ともお別れ、クラシツク音楽をやりたい」と次のやうに語つた/昨年五月中華提携映画を作るため上海に渡つてそのまま終戦、私は名前の関係などで中華人と間違へられ漢奸狩の時にも一時留置されたし、今年の二月にも中国の憲兵隊に呼び出されそのまゝしばらく軟禁みたいな状態におかれました、終戦になつてからは一回も唱つたことはありません(略)年は二十七、本籍は佐賀県杵島郡だがまだ一回も行つたことはありません、李香蘭といふ名前は北京で生れ北京で育つたので北京でラジオ放送する中国の名前がよからうといふことになつて李香蘭とつけたのです、本名は山口淑子、父は山口文雄、母はアイ、今は北京に居ます、また北京にゆきたいワ、もう李香蘭といふ名前は捨てました、これからは山口淑子です、日本映画にも接吻が出て来たんですつて――まアいや、いや絶対にお断りします/とあでやかな身振り、舞台を去りたいといひながらもまんざら色気がないわけでもないらしい、一日夜六時四十分博多発急行で川喜多長政氏とともに上京、当分鎌倉市雪ノ下の川喜多氏宅におちつくことになつてゐる」

山口淑子・藤原作弥『李香蘭 私の半生』(新潮社、昭62・7)の一節
「一九四六年(昭和二十一年)四月一日、私は川喜多長政氏とともに九州・博多に上陸した。/前夜、引揚げ船・雲仙丸の甲板で開かれた演芸会で乞われて「夜来香」をうたった折に「李香蘭は死にました。これからは山口淑子にもどりたい」とあいさつし、上陸後、新聞記者に今後の生き方を問われたときも同じように答えていた。この引退声明≠ヘ〈李香蘭、映画界引退を表明〉という見出しよりも〈李香蘭実は日本人だった〉という報道のほうが多かった。大部分の日本人は、まだ李香蘭は中国人、と信じていたのだった。」


136 奥付と版数 2004.2.26 

 ずっと以前から気になっては忘れ、思い出しては気になって、またまた忘れてしまっていることが1つある。
 で、どんなことかって、なに、ま、たいしたことではもちろんありませんのですが、
 火野葦平の『麦と兵隊』、3部作合計200萬部とか、新聞広告によると2百版(?)出来! とかいうんだけど、わたしが出会ったかぎり、第12版(たぶん)以上は見たことがない。これは、なんというか、そういうことなのであろうか。奥付の版数と、広告にいう版数は、そもそも別物なのであろうか。
 ところで、こないだは『なんでも見てやろう』の3冊目を買ってしまった。これは奥付にずらっと版が記載してある。謝国権氏の例の本の、こちらは初刊初刷本をさがしているのだが、これも見たことがない。
 ところで神崎武雄氏の『桜の旗』を探しておるのですが、どなたかお持ちではありますまいか。せめてコピーでかまわないのでありますが。


135 賽の河原 2004.2.9

 ひさかたのひかりのどけき冬のひねもすのたりのたりかなの1日、ひさかたの文芸年表を懲りずに増補作業。目下、全216頁。脚注は計903。
 本日は「福岡市文学賞受賞者」の皆様方の略歴をすべて脚注に付すことに決定。で、これを、しこしこと打ち込む(もちろん未完じゃ)。福岡市のアンケート調査に「出生地」の項目がないのは「周到な配慮」なるや。それにしても受賞者は1年で5〜8人、これが平成14年度までで全32回分。ほとんど写経なり。近々、一大決心してプリントアウトしようと思う。しかし、ワードは、これだけの分量になると各頁ごとに脚注を付す機能は、どうも能力をこえているらしい。それでもって、一太郎に切り替えて縦書きに変更したいのだが、これはクリック―クリックで一気には出来ない。表の各桝ごとにコピー→貼り付けを500回ほど繰り返さなければならないらしい。しかも、3桁以上の洋数字が頻繁に出てくると、これは漢数字に変更するしかなく、また、2桁だと「組数字」にしなければならない。
 先日からは、ワードが自動校正するのを中止させる方法をたずねたら、「いいですよ、簡単ですよ、メールで教えますよ」と快諾した若者からのメールは、いっこうに届かない。(←最近は、こういうネジレた日本語が好きになってきた。いよいよ詩人になれそうだ。)


134 ララバイ 2004.2.7

 過日、某しゃぶしゃぶ喰い放題飲み放題店、のち焼鳥屋にて、雑兵4人歓談。議題は@カワタカノミトコは天才か、Aトドノオトドは男社会にて泥酔するや否や、Bタクミゼツリンノスケはゴーマンカマスや、Cテングノオホミカミは詐欺師か。侃々諤々の議論は深更3時に及べり。結論はトドとテングは今後は盆栽主義に精進、カワタカは新刊1冊書き下ろし、ゼツリンは執筆禁止。そして、案の定、トドは飲めども酌めども泥酔せざりき。
 午前3時、サヨナラダケガ人生ナリと天狗は根の国に帰還せり。翌日はわがアマテラスとスサノオに誘われて焼き肉喰い放題店にて会食。自殺行為とは、かくの如きをいわんか。嗚呼。マドンナたちのララバイが聞こえる。


133 家1軒分 2004.1.13

 過日の酒席にて、なんのはずみだったか、「爾来余は家1軒分は古本を買へり」と自虐したところ、「余は家2軒分は呑んだ」と仰有る御仁あり。「家」という単位が容積をさすのか貨幣換算をさすのかは不明なり。
 酒は呑まれて酒なり。本は持たれて本なり。天狗本は天狗が持ちて本なり。他人が持てばゴミなり。他人どころか親戚筋にあたる古書店主氏が持ちても、まあ8割はゴミなり。「ゴミも集まりゃ価値があるバイ」と慰めてくれる癒し系の店主氏もあれど、なにも「価値」を集めてきたわけじゃなし。
 しかしまあ、2割は「そこそこイケル」んじゃなかろうか。たまたま、『日文満洲新六法』(満洲行政学会、康徳5年第15版改訂)が目についた。ポケット版のサイズながら、このテの本の例によって、総ページ数は(たぶん)1000ページを超えてるんじゃなかろうか。もしも珍しい本ならば、コピーして全国にバラまきたいところだが、なにせこのページ数じゃ、くじけてしまう。著作権とか版権とかは、もうとっくに消えていようから、みーんなで共有して議論したら楽しいのに、この分量が立ちはだかって邪魔をする。
 「勤王の母 野村望東尼」という小冊子もある。全20頁ほどのザラ紙で、福岡婦人会発行。戦争中、博多玉屋で「勤王の母 野村望東尼大展覧会」をやったときのものらしい。会期は1月15日から25日までと書いてあるけれど、これが何年に開催されたのかがわからない。
 「平和紀元八年十一月」に「宇宙人クラブ」が刊行した文庫本の「人生幸福の道」というのも昨年だかに入手した。「全人類幸福運動」を展開しているんだそうで、「学生の街大憲塾宇宙人クラブ本部」という説明のついたペンタゴンみたいな規模のビルの写真も載っているのだが、印刷が粗悪なので、どこだかわからない。「福岡市大名町21幸福の道 宇宙人クラブ事務局」宛の入会申し込みハガキもついている。そんなに昔の話じゃない。いつか地図で大名町21を探してみなければならない。さて、これは2割のほうか8割のほうか。「勤王の母」のほうは300円だったが、こちらは価格不明。たぶんタダで店主氏から貰ったんだと思う。
 うーむ、こんなことして遊んでいる場合じゃなかった…


132 俗情との結託 2004.1.10

 某氏より頂戴した段ボール7箱のなかに、「月刊金曜日」創刊号(1993.7.23)があった。大西巨人氏の一文「三説 俗情との結託」が掲載されている。「俗情との結託」・「再説 俗情との結託」につぐ三度目の〈俗情との結託〉論なり。丸谷才一『女ざかり』批判。さもあらん。
 さて、わたしは肥後和男著『風土記抄』(昭17)読了後、同氏の『歴史的精神』(昭18)と、沖野岩三郎著『日本建国史考』(昭13)でも読もう。その次は瀧川政次郎著『日本歴史解禁』(昭25)を読もう。いやなに、相応の脈絡はあるのである。そこらへんに一束になって転がっていたのである。「一期一会」なり。日々是好日、劣情との結託じゃよ。春になったら、「陸軍墓地」へ行こう。お弁当を持って。


131 頌春 2004.1.1

 「子天狗」の頭髪(公開終了)