夕映えに    さかぐち・ひろし

 

 

その日、いつになく夕焼けが美しかった

玄海灘に大きく沈む太陽を求めて車を走らせる

でも、間に合わない

残照が斜めを向いて苦笑いしている

〈きれいやねえ。すごかねえ。

 はじめて見たよ、こげな美しか夕焼け〉

 

いくつかの歌うたが脳裡をよぎる

〈ここはお国を何百里 離れて遠き満洲の

 赤い夕陽に照らされて 友は野末の石の下〉

〈赤い夕日のなだら坂 とめてもとまらぬものならば

 ころがせころがせビール樽〉

言葉をころがし、酒をあおれば

寄せる荒波も束の間はしずまる

 

〈ちはやぶる鐘の岬を過ぎぬとも〉

大島に沈む夕陽には埴生の宿の歌声が流れる

〈清らなりや 秋の夜半

 月はあるじ むしは友〉

濡れ落葉にわが身を重ねるなんて

フォーク・ギターもせつなく響く

〈こゑはいづこ 鐘は沈んでわたつみのそこと

 ゆふやみのなやみの波波のよせくるよせくる〉

 

よせくる彼方からの史実

〈事畢りぬ〉

二千年前のその日も夕焼けが美しかった

とは記録されていない

ただ、〈昼の十二時より地の上あまねく暗くなりて

三時に及ぶ〉とされる

それだけのこと

救世主も贖罪者もいらない

二千年後も、二万年前も、後も

〈夕べには空赤きゆえに、晴ならん〉

夕映が美しく明日への希みをつなぐ

 

〈われはうみの子さすらいの

 旅にしあればしみじみと〉

思い出す数々の風景、ひと、こころ

生涯にいくつの夕景を記憶しているか

嘉瀬川の土手の彼方の夕焼け雲

波戸岬の国民宿舎からの夕暮れ

夕影の外海町立遠藤周作文学館

生月島のキリシタン遺跡の夕闇

今村教会夕方のステンドグラス

車窓から眺める不知火海の夕映

そして、イムジン河に沈む夕陽

土産に渡された河原の小石がいとしい

 

〈きれいやねえ。すごかねえ。

 はじめて見たよ、こげな美しか夕焼け〉

幼くして知った鏡像の虚構の錬金術

互いに最後の一枚は出さずじまい

どんな切札を隠していたのか

どこで使おうとしていたか

もう、切ることもなく仕舞おう

 

生きていくことが死者を記憶し続けることならば

どれだけの〈死〉を積み重ねれば済むというのか

こころ静かにつぶやく

六月二日

夕映忌