かずよさんの『中国今昔玉手箱』
かずよさんの北京留学時代のちょっと懐かしい話題から
「現代中国事情」まで、どんな“お話し”が飛び出してくるでしょう!?
バックナンバーはこのページ下の方のリンクへどうぞ
|
第六十四回 宴会料理4

当然、招待されたからって、宴会では美味しい料理をただ食べていれば良いのではありません。
同じものを食しながらの会話も、大事なコミュニケーション手段。
数年前、浙江料理のお店で昼食に招かれた時のこと。
高級なお店らしく、お料理の味付けは上品で、野菜を中心としたヘルシーな素材の持ち味を生かした品々が並びました。そして、もちろん美味。
その時一応通訳係だった私も、プロの通訳ではないので、料理を誉める語彙は(も)乏しい。同じような言葉ばかりを繰り返すハメになり、自分の実力の無さを再認識すると同時に、宴会の時間が大変長いものに感じました。こういうのは辛いですネ・・・。
何かの話の折に同席の中国人が、出張で東京に滞在した時の話をし始めました。
乗車したタクシーの運転が、彼女が中国人と知るや、中国料理は脂っこいものが多いねぇ、などと言ったそうです。
この話を、私は自分たち日本側の出席者に通訳して伝えたところ、一人が大変上手いことを言いました。
そこで私の少ない語彙を総動員しながら、とっさの機転で中国側に返したのです。
「ではその運転手は、本当の中国料理を食べたことがないのですね。今私たちが頂いているような中国料理を食したことがあれば、彼もそんな物知らずで失礼な言動は、以後しないで済みますよね」
それを聞いた招待側の中国人は嬉しそう(に見えた)。
恥ずかしながらもシドロモドロな中で、何とかその場を切り抜けた思い出話です。
・・・以下続く。 (2009.11.13)
第六十三回 宴会料理3

中国式宴会についてもう少しお話しましょう。
と言っても、私は中国ではセッティングする立場で殆ど宴席に臨んだことがないので、現地に駐在経験をお持ちの方数名に事情を伺ってみました。
日本人同様、中国人も実は席次(職位)に大変こだわるので、セッティングの際は、事前の確認が必須、とは複数の方が先ず仰っていました。
しかし、日頃よく付き合っている気心の知れたゲストであれば、当日ワイワイ言い合い、譲り合い、騒ぎ(?)ながら、席次は自然に決まってくものだ、とも。
この辺は、中国語で言う「朋友」(友達)という語のニュアンスが重きを成しているなと感じさせられます。
前項でレストランや宴会に外国人価格というのは、もはや存在しない、と書きましたが「友達価格」というのはあるかもネ、と教えて貰いました。
そのお店にとって上得意なご贔屓さん(友達)の為ならば、店もお得な宴会を心掛けてくれる。そうすることで双方のメンツも保てる。
要は日頃の付き合いが大事、ということですね。

店の手配については、長期駐在者と日本から出張で短期に滞在する者が行うのでは、さばき方が異なります。
現地で入手出来る日本語情報誌は内容が充実しているので、グルメな日本人駐在者の方が、寧ろ中国人スタッフよりレストラン情報に詳しい、という現象もあり得ます。
現地の事情に疎ければ、中国人スタッフに相談したり、任せたり。
メニューにも気を配ります。慎重を期するなら、招待側に確認することも怠りません。
いずれにしても、コミュニケーションを大事にして、より良い宴を張ることが出来たならば、友誼を深めるにも、ビジネスを成功させるにも最上、と言えるのです。
・・・以下続く。 (2009.9.23)
第六十二回 宴会料理2

「2」としている以上、「1」がある筈ですが、お忘れの方、ご興味がおありの方は、どこに収録されているか、どうか探してみて下さい。
美味しいものを沢山、の中国的おもてなしの原則は今も昔も、場所が自宅だろうとレストランだろうと、変りません。
もし料理を食べ残しても、中国のレストランならば持ち帰る為の容器が用意されています。
「請打包」(包んで下さい)と頼めば、ウエイトレスが手際よく手提げの袋にまで入れてくれます。
「打包(ダーバオ)」した料理は、持ち帰ったり、場合によってはお土産にもします。
けれども、美味しい料理は、作りたて、温かい内に食べるのが一番。
もし自分が持って帰らないならば、その場でお腹いっぱい食べないと、少し損した気分(?)にもなるかも知れませんね。
昔の中国は、外国人用価格というのが存在していたようです。
私も以前、公用で訪中する前に、先輩から答宴の席を設ける際には中国側に相談するように、とアドバイスをされました。
費用はこちら持ちと云え、客人となる中国人に宴会のセッティングを頼むのも変な感じですが、とにかくそうしました。
言葉の問題もあるのだから、とも言えそうですが実際、費用面だけでなく、美味しいお店を知っている彼らに任せた方が、当時としては結果的に有効だったのです。
現在ではもちろん、外国人用価格というのは過去の遺物です。
ところで、日本で中国人を中国料理のお店へ招待する時、気になることがあります。
日本の中国料理店は、高級店であればあるほど、給仕が先に人数分の皿に全ての料理をサーブしてしまう傾向にあります。これはイケマセン。
最初にキッチリ人数分だけを大皿に盛った料理を客に見せ、それを客の前で全て取り分けた後、空になった大皿は大概が厨房に消えて行きます。
果たして大きな円卓には、ちんまりと盛り付けられた小皿だけが淋しく残されるという有様。高級感を出そうとしても、場合によっては逆効果じゃないかなぁ、と思うのですが、どうでしょうか・・・。

予め各々の食器でおかずを出すという、日本料理の文化が反映しているのか、ロシア式と云うのでしょうか、一品一品をその都度給仕によってサーブするのが最上、としている考え方からなのか。
しかし、恐らくは中国の客人も同じ思いではないかと推察しますが、いくらそれぞれの料理が美味しくても、値段が高くても、やっぱり中国料理の宴会は、皿に皿を重ねるようでなければ、サマにならないですね。
・・・以下続く。 (2009.8.25)
第六十一回 おもてなし
中国人と日本人の違いの一つとして感じることに、もてなしの上手さというのがあります。
もちろん家庭環境や個人差にもよりますが、多くの日本人は家が狭いからと、なかなか人を自宅に招待することがありません。
一旦家に客人を上げるとなると、奥様方は張り切って取っておきの食器を出したり、普段作らないような料理にチャレンジしたり、上等な店屋物を注文したり。これがよくあるパターンではないでしょうか。
滅多にやらないのだから、とツイ頑張ってしまう。これは私自身も同じことをしでかしそうです。
一方中国人は、食器や食材の珍しさに構うよりは、美味しいものを沢山、それも食べ切れないほどご馳走することに重きをおいているようです。
中国でも、余程の成功者でなければ、都会の住宅事情は日本と似たようなものかと思います。
昔は外国人との接触に神経質だったという社会意的背景があったかも知れませんが、今はそういうことはありません。
なかなか人を自宅に招待しないのも、日本とそう変らない住宅事情によるだろうというのが、個人的な印象です。又、そうした気兼ねが不要な間柄になったならば、中国人との付き合いがより深まっている証拠だと言えるでしょう。
もし機会あって彼らのお宅に伺うことがあれば、決して設備万全でない狭い台所からでも、次々と品数豊富、且つ大量の料理が次々に作り出されて食卓に運ばれて来るでしょう。
学生時代、先生(日本人)に自分が留学中、中国の家庭へ食事に招かれた話をしましたら、どんな料理が出たのか聞かれました。
その内容を聞いた先生は、給料の大半を料理に遣ったのではないか、と仰ったので、何も知らなかった私は大変驚いたものです。 そんなにお金を遣って、大丈夫だったのかしら。
他人様の家に招き、招かれ慣れていない家庭に育った私としては、申し訳無かった、と狼狽しきり。
しかし先生の意図は、どんな料理が出たのかをお聞きになりたかっただけで、それが彼らのやり方だから、ということと、残った料理は、その後何日間かかけてでも食べるから、といった言葉が続きました。 そんな事からも、私は又一つ、中国人の考え方や習慣を学んだことになります。
元々大抵の中国料理は、大皿に供して取り皿に分けたり、各自が箸をつける方式なので、例え急にお客が増えても対処が可能な食卓なのです。
平素の食事スタイルが、既に来客に備えているようなことからして、中国人のもてなし力の差が伺えます。
・・・以下続く。 (2009.7.2)
|