6-1.700形(電気機関車)

    
701 1両 1949(昭和24)年4月製造  2011(平成23)年3月除籍


     

      出場直後でピカピカの700形701号電気機関車。「デキ」の愛称で長年親しまれました。
      専用線を除く私鉄の電気機関車としては、日本最南端の存在でした。


    【概要】

      粟生線の延伸工事に伴う資材輸送用として、1949年4月に三菱重工業三原製作所で製造された
      箱型デッキ付の電気機関車です。
      旧国鉄のEF15形を短くしたような、両端にデッキを備えた姿は当時の私鉄電気機関車の標準的な
      スタイルですが、急勾配を擁する神鉄独特の仕様として、非常時に台車へ装荷した電磁石を軌条に
      吸着させる「電磁軌条ブレーキ」を有するのが特徴です。
      登場時の形式は「ED2001形2001号」で、当時は車端にパンタ2丁を装備、警笛もラッパ形の
      ものを備えていましたが、後に写真のホイッスルに変更、有馬寄のパンタも撤去されました。


     

      上記写真とほぼ同じ位置で撮影した「ED2001」時代のデキ。1983年7月の撮影です。
      車体中央のナンバープレート下部には楕円形をした「神戸電気鉄道」の銘板 (「気」と「鉄」の
      文字は旧字体)
が取り付けられていました。
      パンタは三菱製のS-710-Cを装備していましたが、後に現在の1000系列で使用されている、
      東洋電機製のPT-7209に換装されました。



     
      
      休日の時間合工臨として回送中、有馬口でしばし一息の701−762−761。
      少し前ならあちこちの地方私鉄で見られた好ましいスタイルも、最近では貴重な存在でした。


    【701号の車内を拝見】

      それでは、電気機関車701号の車内を拝見していきましょう。
      (掲載に当たっては、神戸電鉄鰍フご協力を頂戴しています)




  701のメーターボックス。計器類は6個設置されています。

  (上から順に)

  1.蓄電池・電動発電機等補助電源電圧計
  2.主電動機回路電流計
  3.電車線電圧計
  4.速度計
  5.双針圧力計(ブレーキシリンダ・ブレーキ管)
  6.双針圧力計(元空気ダメ・ツリアイ空気ダメ)

  神戸寄のクホ761にも、同様の計器類が設置されています。










      

      701の運転台。一見しただけで歴史の重みを随所に感じます。
      電車と異なり主幹制御器(マスコン)は右側、自弁・単弁が左側に設置されているのは
      入換作業が欠かせない電気機関車ならではの機器配置です。
      マスコンは独特の丸型ハンドル、ノッチは力行12段と電制7段で制御を行います。

      余談ですが、電機の運転方法は他車と異なり専門の社内研修が必要で、運転出来るのは社内でも
      ごく一部の人に限られたそうです。


          

   (左)列車無線装置の切替スイッチと表示灯。機関車1はデキの有馬寄、機関車2は同神戸寄、ホッパ車3は
     クホ761を表します。
   (右)10点スイッチ箱。デキ・クホとも運転台のマスコン右側に設置されています。


        

   (左)時代を感じさせる大型のカノピースイッチ。
    (叉入れスイッチ=作動した高速度遮断機等を元の状態に復帰させる為のもの)
   (右)同じ事業用車両でもデヤやクホに比べると、各種スイッチ類も剥き出しで無骨な印象です。


   

   (左)制御スイッチ等の電気機器が鎮座まします車内。
   (中)CPは2000l/minのC-2000と760l/minのDH-25の2台を搭載。二重系でバックアップを図っています。
   (右)MGはデヤとほぼ同様のMG−303B−Sを搭載。電車と違って床に直付けされているのも電機ならでは。


 

   (左)運転台裏側の機器室内部。小さい車体にも所狭しと配管や機器一式が並びます。
   (右)機器室横の廊下部分。油引きがされており、昔の小学校の教室の匂いがします(笑)


       

   (左誕生したのは戦後間もない頃の1949年(昭和24年)4月20日。分厚い銘板が誇らしげです。
     故郷は遥か彼方、広島は三菱重工業三原製作所。大井川鉄道では兄弟機E10形が未だ健在です。
   (右)形式は「700形701号」。自重45t、換算表示(1両=10tで表示)は電機や貨車独特のもの。
     ちなみに牽引定数は75t、5000系等の新車なら2両までの牽引が可能でした。


      

      701号の一番の特徴、電磁軌条ブレーキ。
      非常の際には蓄電池の電源により台車中央の電磁靴をレールに吸着させ、同時に台車内部の
      制動てこを作用させて制輪子を車輪に押し付けて制動力を得るものです。


      

      台車下部の電磁靴の作動状態を見る。碓氷峠のEF63が現役を退いた現在、現役の車両での
      採用は貴重な存在でした。



    【その後の動向〜廃車まで】

      1975年5月にはATS装置取付に際し、作動時の非常制動確保の為にブレーキ装置が改造された
      (EL-14A→KE-14A)ほか、1978年1月には列車無線・直通予備ブレーキの装備により自重が
      40tから45tに増加しました。
      昭和53年6月には、新たに製造されたホッパー貨車の761・762とプッシュ・プル編成を組んで
      砕石輸送に従事する傍ら、新車搬入時のエスコート役としても活躍を続けてきました。
      公都線開業前の1990年8月には、事業用車両の番号を700番台に統一する為、新形式車2000系に
      その番号を譲り、「700形701号」に変更されました。

    

      

      (上) 1984年8月、デ1350形1359号車の搬入作業。当時はまだ「一日一両ずつ」の搬入でした。
      (下) 1998年3月、5000系のラスト編成5120-5019の搬入作業。静かな構内に、MGの唸りが響きます。
        神戸電鉄の現役車両は5000系まで皆、デキと手を携えて鈴蘭台までやってきました。


      

      ありし日の701号とホッパー貨車のクホ761・サホ762の3連。
      プッシュ・プル編成でバラスト運搬に従事する姿は、神鉄ならではの風物詩でした。

      ホッパー貨車とのコンビによる効率的なパラスト撒布は、神戸電鉄の重軌条化にも大きく貢献し、
      2009年には還暦を迎えましたが、老朽化に伴う代替部品の調達や、保守に係る技術の伝承が
      困難となった事に伴い、軌道モータカーによる代替が決定しました。
      工臨仕業としては2010年9月23日の運用が最終となった後、同年11月13日にはファン有志による
      フォトラン列車が運行されて有終の美を飾りました。


      

      見津車庫の側線で解体を待つ761-762-701。既にナンバープレートや銘板は取り外されています。
      傍らを行く6000系との組み合わせも、これで見収めです。

      廃車は春まだ浅い、2011年3月31日付。
      4月中旬には30年以上ともに活躍を続けてきたクホ・サホと共に解体され、日本最南端の私鉄電機は
      静かに姿を消して行きました。



(2012.01.22 廃車に伴う内容一部更新)



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