● 余談
! a pair of ***
刃が2枚あるからpairなんだっていうけど、それが一対となって目的を果たす機能を持つということには気がついてないんだろうか。
ハサミやニッパーだけじゃなくてペンチやプライヤー、はてはピンセットまでa pair of ***と数えるんだから、いったい何をぼけてんだか?
一万歩くらい譲って、はさみやニッパーならばらしても刃物として役に立つかもしれんけど、ペンチやプライヤー、ピンセットなんて、ばらしちゃったらどうにもならんじゃない?キリシタンバテレンの考えることはわからん。
そういや、欧米人は分析型で、細かな物事を論理的に解析して議論するのが得意だけど、それを総合してまとめるのがどちらかというと苦手で、日本人とか東洋人は、論理的な思考や議論は苦手だけど、大局をつかむ能力を潜在的に備えているという話があります。
アメリカのある大学の教授が授業で学生に議論させて紛糾したとき、いつも議論には積極的に参加せず(できず?)に聞いている事が多い日本人の学生に、「この議論はこれからどうなるとおもう」と聞くと、決まって「議論それぞれの内容はともかくとして、だいたいこれこれこういう具合におさまるんじゃないか?」という答えが返ってきて、それがいつも本当にそうなるので不思議に思い、いろいろ調べてみてそういう傾向があるという結論に達したということなんですが・・・
ま、相手を言い負かすことだけを目的としたテクニックとして、部分のみに特化した論理展開、問題対象のすりかえ、無知の強弁などというのがあるそうで、欧米人などが議論に強い、論理展開にすぐれているなんていうのは、なんのことはない、そういう低レベルの話もまじっているのかもしれないなという気がしないでもないです。
! 握る動作をすれば綺麗に切れちゃう
あえて言えばハサミは「引き切る」に近く、ニッパーは「押し切る」に近いから、正確に言うと違う原理の道具なんですけどね。
! 使いこなすのにそれほどの訓練もセンスもいらない。
これで思い出すのは「バカとハサミは使いよう」ということわざですね。早速「広辞苑」でひいてみると、
! 馬鹿と鋏(はさみ)は使いよう:切れない鋏でも使いようによっては切れるように、馬鹿でも使いようによっては役に立つ。
うーむ、しかし、これでは、どういう風に使えば「切れない鋏が切れる」のか、さっぱりわかりません。ということで、不肖、この私めが、非力を省みず、そこんとこの技術的分析に挑戦してみることにしました。間違いがあったら教えてね。
ハサミというのは、基本的には2つの刃がある角度ですりあわせられながら交差するところに材料が挟み込まれ、剪断応力が発生し、材料がその部分で破壊されることによって、ものを切断するわけで、そういう意味では、刃の断面形状とか厚み、刃そのものの切れ味などにはあまり関係なく、いかに2つの刃先が密着しながらすりあわさるかという、構造的な問題にかかっているわけです。
ですから、ピンキング用の鋏(布のほつれをおさえるためにギザギザに切るはさみ)などのように、刃断面の先端角が90度であるようなハサミも存在します。見た目は全然違いますが、ファイリング用の丸い穴をあけるパンチなんかも同じ原理で材料を切っています。
もちろん、刃断面の先端角が90度以上の鈍角でも切れることは切れるでしょうが、ハサミそのものの構造が非常に精密で、かつよほどの剛性がないと、材料が2つの刃の間に割り込んでしまう可能性が高くなりますから、現実には90度が限度だと思います。
だから、子供用のはさみなど、手で触っても切れることなんか絶対ないようなナマクラな刃なのに、紙を切ってみると十分綺麗にきれる。プラスチック製のおもちゃのハサミだってそこそこ切れてしまうのです。
だとすると、切れない鋏というのは、どういうものか?
たいていの場合は、なんのことはない、洋鋏の場合は2つの刃を止めている交点のボルト(ねじ)の締め付けが緩くなって、精密なすりあわせが出来ず、材料が刃の間に挟まりがちになっているだけのこと。握り鋏の場合は落としたりしてひずみが生じ、上下の刃の位置関係が狂ってしまったことがその原因です。
ということは、ハサミをつかうとき、持ち方を工夫して、上下の刃がうまくすりあうように、ひねりながら握り混むようにして切ると、アラ不思議、まるで新品のハサミのような切れ味をみせてくれるというわけです。
だから、ハサミの切れ味がわるくなったら、まずは、交点のボルトのゆるみを点検することと、刃のうらがわにノリやテープの切れ端など、精密なすりあわせを妨害するものがくっついていないか、点検することをおすすめします。文房具用のハサミの場合、刃を綺麗にふき取るだけで、切れ味が回復したなんてのもよくあることです。
ボルトの方は、ねじ式の場合はドライバーで締め付けてからゆるまないようにちょっと金槌でたたく。カシメの場合は固い台の上におき、金槌で少しずつ慎重に頭を叩いてカシメ直すとよいでしょう。
刃こぼれや刃そのものの形状がみだれている場合は研ぎなおししかありませんが、まあ、そういう事態は珍しいと思います。私はそれで、ずいぶん楽しませてもらいましたけど。
というわけで、「切れない鋏の使いよう」は、解明できましたけど、「馬鹿」のほうはいったいどう使えばいいものやら? なにか良いアイデアなどありましたら、ご教示ください!
! 比較的安全
ナイフ、ノミなど、由緒正しい刃物のように、抜き身でほっとくと危ないなんて事もないし、一番の違いはまあ、なんといっても、ハサミは武器には使いにくいということでしょう。振り回して切ったり、刺すという動作がしにくいですからね。ハサミで決闘したなんて例はあんまり聞いたことがないもんなあ。
ただ、ハサミの刃はナイフなんかに比べて鈍いと思っていたら大間違いです。腕のいい仕立屋さんが洋服生地を裁断するのに大きなラシャバサミを使っているのを拝見したことがありますが、開いたハサミの刃の間に布を置き(挟むんじゃなくて、もじどおりそっと置くだけです)、そのまま前にすべらすだけで、音もなく、みごとに布が二つに分かれていきます。
プロにいわせるとハサミとは本来そういうものであって、我々が使っているハサミなんてのは、あれは、「切る」んじゃなくて、「ねじ切る」というレベルなんですね。
もちろんそんなハサミはいわゆる「業物(ワザモノ)」で、銘刀なみの扱いです。まかりまちがっても手荒く扱っちゃいけない。紙など絶対切っちゃダメ。おとしたりするのはもってのほか。狂いがでていっぺんに切れなくなってしまうそうです。といっても我々にはその違いなんてわからないんでしょうけど。
そういうハサミの刃を研ぐのは、しかるべきプロの研ぎ師に出すそうです。これは、理髪やさんも同じ。人にもよりますが、用途によって最低4−5本のハサミを持っているそうで、2月に一回位は研ぎに出すといってました。ハサミが財産なんですって(普及品でも1本5−6万円はするそうです)。
しかし、毎日使って2月も持つのだから、ハサミというのはすごいなあと思います。かみそりなんかは、その都度その都度、革砥でみがかないと切れ味が落ちてしまう。もっとも今は替え刃方式だからそういう苦労もなくなったという、理髪店のおばちゃんの話でした。
! 一歩譲ってしまう
「刃物その弐」でも触れましたが、刀とか鉈とか鑿とか鉋とか、すべてしかるべく神性を帯びて、神事、行事に使われたりするんですが、ハサミはというと・・・脂ぎった政治家やよぼよぼの地元有力者が道路開通の記念式典でリボンを切るのにつかってるくらいで、情けないことおびただしい。まったくもってハサミに同情したくなります。
とはいえ、それは逆に言えば、生活のなかで普通に使われる親しみのある道具ということでもあるわけで、仕事につかわれる場合でもなんとなくユーモラスに、歌にまでなってしまうという得なキャラクターをもっています。
では、みなさんごいっしょに、いち、に、さん、はい!
♪ちょーしをあわせて、クリック、クリック、クリック
♪はさみのおーとも かろやかに
♪じまんのそのてで あざやかに ソラ
♪たちまちひつじは まるはだか
おぼえていらっしゃいますか?わかんない人は、こちらをどうぞ!ちなみにこのHP(ごんべ007の雑学村)、とてもなつかしい童謡や唱歌が、ほとんどすべてといっていいほど網羅されているすばらしいHPです。
しかし、かの地では、ハサミの音は
♪あ、チョッキン、チョッキン、チョッキンな
ではないのですね。
! ヘンケルの料理ばさみ
料理などしたこともなく、包丁なんて一回も研いだことがなかったお嬢さん育ち?の妻が、結婚したときに、広さ約30平方メートルのアパートに持ち込んできた山のようなキッチン用具の一つです。紆余曲折をへて、それらのキッチン用具がまがりなりにも活躍するようになるまでの長い間、唯一大活躍?していたのが、この料理ばさみでした。
この料理ばさみ、公平に判断して、大したすぐれものだと思います。専用刃物の切れ味には遠く及びませんが、実用上はこれで十分。うすいプラスチックの袋や紙、古着などの布をはじめ、肉、野菜などの食材、はては缶詰の蓋まで、刃がすべって材料が逃げることもなく、文字通りなんなく、刃こぼれひとつせずに切れてしまいますし、切れ味が落ちることもない。その秘密は刃の材質と精度の良さなんでしょうが、初めて手にしたときはちょっと信じられなかったですね。
もっとも、野菜や肉など、その切り口は包丁のような引ききりではないので、綺麗な断面にはなりませんが、西洋料理の煮込み等ならこれで十分間に合いますし、これ一本で紙から布から金属までありとあらゆるものを切るのはもちろん、栓抜きから瓶のねじ蓋あけ、ドライバー、プライヤーの代わりにもなれば、肉たたきの代わりにもなり、ツレアイとの喧嘩の際は武器にも早変わりするという、およそ万能の、我が家で一番愛用されている道具ではないかと思います。
ただこれはもちろん、家庭で普通の用途に使う場合は、ということで、模型工作などで精密なカットをするときは、はっきり言って使えたものではありません。それはそれなりに、構造、バランス、切れ味など、相応の道具を用意すべきで、だからこそ、それぞれの専用の道具の意味があるのです。そこんとこまちがえると不幸になりますので、ご注意を。
! はては缶詰の蓋まで
このページを見たら、しっかり、「金属のカットなどは避けてください」、とかいてありました。だから、缶詰の蓋を切ってみたい人はご自分の責任でどうぞ。でも、それくらいならぜんぜん大丈夫みたいですよ。
! 刃のかみあわせがずれてしまって
極端にずれてしまったものは廃棄するしかありませんが、刃を閉じて間に隙間が見えない程度の状態なら、この刃が食い違いになってしまったニッパーには思わぬ用途があります。
通常は力のいれ具合の関係から、右利きでも左利きでも、普通に持つと刃が内側にずれているほうが上になるように食い違っているはずです。そのまま、ほんのすこしだけ外にねじるようにしながら何か線材を切りとって、残った方の切り口をみてください。
どうですか?下の刃は切れずに、上の刃だけが綺麗に線材を切断していませんか?
これを使うとほとんどヤスリ掛けをしなくてもいいくらい、垂直に綺麗に線材を切ることが出来るのです。
私は鉄道模型をやってますので、これをもっぱら、レールをカットするのに使っています。複雑な形をしたレールは普通は糸鋸などで切ったり、ニッパーで切った後ヤスリし上げしたりするのですが、上に述べたような方法で、レールを垂直にカットすると、全くヤスリ仕上げせずに、レールジョイナーがはめ込めるほど綺麗に切れてくれます。是非一度お試しの程を。
! 最高の使い勝手でした(過去形注意)
リンドストロームは17年ほど前、結婚したらもう買えないぞと清水の舞台から飛び降りるつもりで、精密プライヤーと一緒に購入した、当時一本9800円のシロモノです。が、これまた、聞くも涙、語るも涙の物語が・・・
それは、我が最愛の妻の命令?で、ぼろアパートの部屋にたった一つしかないコンセントから電気を引くために自家製延長コードを作っていたときのことでした。
「ね、これ、ちょっと長すぎるから、切ってくれない?」というご要望に、はいはいと、自慢のリンドストロームでコードをくわえた瞬間、「ばちっ!!」っと言う音が・・・。彼女、プラグをコンセントに刺したまま、コードを差し出してたんですね。
それまでの数々の経験で、我が最愛の妻の行動パターンは十分わかっていたはずなのに、確認しなかった私が甘かった。かえすがえすも甘かった。で、わずか1ヶ月にして大枚9800円のリンドストロームは廃品同様に・・・。でも到底捨てる気にはならず、こうしてしつこく持っているというわけです。ほとんど記念品の世界ですね。
! 梃子(てこ)の原理
梃子の支点、力点、作用点の説明例として教科書に必ず載っていたのがハサミの例(今はのってるのかな)。それも普通の洋鋏と和風の握り鋏(小鋏)それぞれの支点、力点、作用点の位置と力の作用する方向を問う問題などが示されていたのですが。これが混乱の元でした。
だいたい、梃子の原理を教えるときはまず力の拡大のことを強調しますよね。そして、いきなり力の拡大そのものとは直接関係なく、支点、力点、作用点の位置と力の作用する方向のことを教え、さらに混乱を招くように、連続的に作用点の位置が変わるハサミの例を持ち出すわけで、教えられる私たちは、ほんと、混乱の極みでした。
特に、小鋏の場合はどこが「力の拡大」になってるのかよくわからないし、特に力の拡大に関する梃子の原理を強調するようなものではないわけで、その上、支点廻りのバネによる反発力が何か関係あるのかと勘違いしたりして、ほとんど理解を妨げるような例だったと思うのですが、この文を読んでいる方で、先生がおられましたら、ぜひご意見をお聞きさせていただきたいものです。
あ、それからもうひとつ、
アルキメデスが、
「私に、十分な長さと強度を持った棒と、適当な支点を与えてくれれば、地球を動かしてみせる」
といったという話を、息子に教えたら、
「アルキメデスの時代に地球がまるいっていうことが、わかってたの?」
と訪ねられて、答えに窮してしまいました。
本当のところはどうなんでしょう。アルキメデスと梃子の話は、ひょっとしたら後の世の創作だったのでしょうか?
ご存じの方がおられましたら、どうぞご教示ください。
! 途中下車自由
切符の「前途無効」って表示ですが、あれ、一回降りちゃったらそれから先はもう一度乗れません、つまり、途中下車できませんよ、という意味ですが、いったい何の略なのでしょう?「切符表面記載到着駅下車前途中下車無効」というところでしょうか?
ところで、「前途」っていうと、「薩摩守」の出てくる平家物語の一節がありますね。「薩摩守忠度は、いづくよりやかへられたりけん」ではじまるエピソードで、あわただしい都落ちの途中を引き返してきた忠度が、自作の歌を勅撰集の選者俊成に託し、「前途程遠し、思いを雁山の夕べの雲にはす」と吟じながら去って行くという話です。昔、この話が中学校の国語の教科書に載っていた古き良き時代には、受験勉強がはかどらないときなど、仲間同士で遊び半分に「前途ほど遠し」、「思いを雁山の・・・」と、今では考えられないような教養ある掛け合いをやっていたそうです。
ちなみに、その歌は、
「さゞなみやしがの都はあれにしをむかしながらの山ざくらかな」
後の朝敵となる平家一門の詠んだ歌であるゆえ、撰集には詠み人知らずとして収められていると、平家物語にあります。
ま、この話より、「薩摩守」というと、皆さんご存じのように、「無賃乗車」の隠語のほうが有名なわけで、話がどこへ飛んでくのかと心配されてた方も、これでちゃんと鉄道ネタに戻ってきて一安心と言うところでしょうが、このしゃれ、実は能狂言にもこれを題材にした「薩摩守」という番があるのですね。
無学の僧が住吉天王寺へ参詣の途中、のどがかわいて茶屋に立ち寄りますが、一文の持ち合わせもなく、茶屋の主人は、それじゃ代金はいいが、この先の渡し場で困るでしょう、さいわい渡し守はシャレがわかるやつだから、船賃を請求されたら「平家の公達、薩摩守忠度」といいなさい、と親切に教えるのですが・・・この坊さん、単純なシャレの意味も分からないぼんくら。いざ船賃を請求され、薩摩守といったまではいいけれど、そのあとがわからず、なんでもノリがついてりゃいいだろうと「アオノリの引き干し」とやって、あいそをつかされるというお話です。
なんで「アオノリの引き干し」なのか、よくわかりませんが、しかしまあ、日本の古典芸能の能狂言に、こういうまるで落語みたいな話があるというのがちょっと驚きです。
! 無知の強弁
この言葉、きだみのるの「にっぽん部落」(岩波新書)で知りました。その実例エピソードが印象的で、しっかり覚えてしまったというわけです。この本もお薦めです。伝統的な村社会の日本人って、もの凄いリアリストなんだということがよくわかります。