自己流ハサミの研ぎ方

子供の頃ハサミを使い始めたとき、まず最初に言われたのは「はさみは研いではいけない」ということでした。どういう状況で言われたのか、今はもう定かではありませんが、すごく印象に残っています。

でも、知り合いの洋服仕立て職人のおっちゃんは当たり前のように毎日、まるで泥を固めたように白い粉が噴いた仕上げ砥石で自分のハサミを研いでいました。

それを見て、見よう見まねで、愛用のハサミに砥石をあてて切れなくなり、悲しい思いをしたことも、実に鮮明に覚えています。そのころはきっと、ハサミが切れる理屈が全然わかっていなかったのですね。

そんなわけで、身近なわりには研ぐのが難しいハサミですが、素人レベルのまにあわせなら、最近は、設けられた穴に挿入して抜き差しするだけであっという間に研ぎあがる、という大変具合の良いお道具なども市販されているようですほんとうにうまくいくのかどうかは経験がないのでわかりませんが。

なんかのテレビ番組では「アルミ箔を2,3枚重ねて切るだけで、ハサミを研いだことになる」なんて事を言ってました。ほんまかいな。

まあ、どっちにしても、ただ切れなくなったんじゃなく、刃こぼれまでしてしまった事務用ハサミを復活しようというんだから、アルミ箔を切ったり、穴につっこんで抜き差しするだけ、なんて方法では、どうやったって無理なことはわかってます。

ということで、まずは強引に刃こぼれを削り落とすことから始めることにしました。

使ったのは、なんと、平ヤスリです。写真のように、角材を介して万力にくわえ、ヤスリで刃こぼれのくぼみが消えるまで強引に刃を削り落としました。もちろん、刃先の角度はオリジナルを保つように十分に注意します。

これが焼き入れされた鋼だったら、グラインダーか荒砥石でしか処理できなかったのですが、ためしてみたところ、どうやら刃の材料はヤスリ掛けの効くステンレス。ハサミが切れる仕組みは、包丁などとは根本的に違うし、もともと紙くらいしか切らないのですから、別に鋼でなくったってかまわないというわけなのでしょう。

片方の刃が削り終わったら、同じようにしてもう片方の刃を削りますが、完全に作業がおわるまで絶対に刃を閉じないようにしてください。刃裏へのカエリが原因で、また新たな刃こぼれが出来てしまわないとも限りません。

双方の刃ともに、刃こぼれがなくなったら、今度は仕上げ研ぎをします。小さな油砥石をマシン油にひたし、ヤスリの時と同じように角度に注意しながら刃をとぎます。今度はあるていど斜めに、刃に沿ってすべらすように、ヤスリの痕が消えるまで研ぎあげます。

双方とも研ぎ終わったら、ハサミをひらいたまま万力から取り外し、刃裏をみるとカエリがでているのがわかりますので、油砥石の面を刃裏にぴったりと当て、かるく刃の方向にそって滑らせるようにして落とします。このとき絶対に、油砥石の面を刃裏から浮かせてはいけません。また、必要以上の力を入れてごしごし擦ることも禁物です。刃裏の面を水平にして双方の刃の精密なすりあわせを保つためです。これに失敗すると、ハサミは見事に切れなくなります。

ある程度まともなハサミなら、鉋や鑿のように、刃裏にすき(わずかなくぼみ)がはいっているので、油砥石を当てた痕が刃裏の周囲部分だけに見られるはずです。

同じようにしてもう片方の刃裏のカエリをとっておしまいです。私の場合、復活したハサミはほとんど新品同様に切れ味が回復しました。自分で研いだハサミの刃のすりあう感触が何ともいえず、はたから見ていると、おかしいんじゃないかとおもわれそうですが、ついついよけいなものまで切りきざんで喜んでいます。

あ、それから、話の順序が逆になりましたが、刃を研ぐ前に、刃についた汚れを落としたり、中心の止めねじの調整をすることは必須です。こういう調整をせずに刃を研いだって、なんの意味もありませんので、ご注意のほどを。

と、まあ、以上、酒は飲めんし女も泣かせられんどうしようもない甲斐性なしではありますけれど、職業柄、刃こぼれした鉈も研げれば、素人なりに鉋も研げる、ということで、めくら蛇に怖じず、えらく強引な、プロが見たら顰蹙を買うか笑い転げるような方法でハサミ研ぎに挑戦した結果をご紹介したという次第です。

まあ、結果オーライだから、これで十分実用になるとは思いますが、ほかにもっといい方法があったら、是非ご教示ください。

2001.9.8

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● 余談

まるで泥を固めたように白い粉が噴いた仕上げ砥石

一応天然砥石だということでしたが、あとで知ったところによると大量の白い粉はあまり良質のものではない印だったようです。良質の砥石はある程度砥石が削れて研ぎ汁に混じり、それが塩梅(あんばい)良く鋼をすり下ろすのを助けるのですが、真っ白になるほど出るようなのは砥石が柔らかすぎるからで、減りもはやく、平らに研ぐこともできません。

笑い話ですが、大工さんが、秋岡芳夫さんのところで、コレクションの天然砥石を借り、「旦那の砥石は、黒い汁が出る!」といってびっくりしたという話が、どこかに載っていました。

最近は天然砥石の資源も底をつき、昔のように素晴らしい砥石を入手するのはほとんど不可能だということです。もっとも、今は人工砥石の質が向上して実用上はなんの問題もなく、天然物より均質で良いばあいもあるという話もありますから、天然物にこだわるのは、趣味やプライドの問題になっているのかもしれません。

大変具合の良いお道具なども市販されている

包丁用のものは、かなりポピュラーだと思います。写真はうちにあるもので、なかに仕込まれたセラミックの玉が砥石の働きをするようです。包丁研ぎそのものは、白い半球の部分に縦に見える割れ目に挿入して優しくリズミカルに前後に抜き差しすると、なかの2つの玉に挟み込まれて実に具合良くこすりあげられ、大変気持ちよくあっという間に終わってしまいます。一度味を占めると、病みつきになりそうです。

ハサミ用は、ホームセンターで売られているのを発見したのですが、ハサミの刃を挿入する奇妙な格好をした穴のなかに玉ではなく2本の円筒形のローラーが微妙な角度でもってしつらえられており、これでしっかりと挟み込んで締め付けながらこすりあげるようになっているらしく、なかなか具合がよさそうに思えるのですが、試したことがないので実際に挿入して抜き差ししたときの感触や所要時間、出来上がりの状態などは不明です。ローラーは金属製のようです。

刃裏にすき(わずかなくぼみ)がはいっている

鑿、鉋などの精密さを保ち、研ぐのを楽にするために工夫された構造です。刃裏の鋼の色と黒いスキ部分の対比が大変美しいものです。

酒は飲めんし女も泣かせられん

ご存じ、桂春団治を歌った「浪速恋しぐれ」のせりふの一節のもじりです。

「そらー、わいはあほや。酒もあおるし女も泣かす、そやけど、それもこれも、みんな芸のためや!」

えーなあ、これ。こういう風に啖呵をきれた春団治が心底うらやましい。

そういや、私のささやかな、未だ実現せずにいる夢は、

「ちゃぶ台をひっくり返すこと」

であります。

もちろん、やったあとの我が最愛の妻のおしおきを考えるとおそろしくて、とても実行に移すことなどできないのは、よーくわかっているのですが、頭のなかで想像するだけで結構ストレス解消になってたりして・・・あー、われながら情けない。