第三者委員会
 厚労省大綱案と民主党案
―医療事故調査委員会のあるべき4つの姿―

  

井上法律事務所 弁護士
井上 清成氏



1 厚労省大綱案の致命的欠陥

 厚生労働省が発表した医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案には、致命的といってよい欠陥が3つはあると思う。

 第1に、医療者に対して致命的な打撃を与える業務上過失致死傷罪(刑法211条1項前段)を、現行のまま追認してしまうことである。それに対し、民主党案(患者支援法案)は、「中・長期的課題」として、「医療者による自律的処罰制度の進捗状況などを勘案しつつ、刑法における故意罪と過失罪の在り方や業務上過失致死傷罪などについて諸外国の法制度などを参考に検討し、必要があれば見直す。」という展望を示した。これを機会に、医療への業務上過失致死傷罪の適用(刑事介入)を見直す機運を高めなければならない。

 第2に、厚労省大綱案は、改善命令・体制整備命令・報告命令・届出命令といった行政処分を新たに導入しようとしていることである。また、それら拡大強化された行政処分の発動のために必須な、網羅的な医療事故情報収集制度(医療事故死届出制度)を完備しようとした。それも医師法21条の改正にかこつけて、である。それに対し、民主党案には、行政処分の拡大強化はない。むしろ時代遅れの医師法21条を全面削除しようという大胆な提案をした。たとえ、全面削除までは難しかったとしても、是非とも、医師法21条から罰則だけは取り除くべきであろう。ちなみに、応招義務(医師法19条)には罰則はない。

 第3に、厚労省大綱案は、医療者の基本的人権を実質的に侵害している。医療事故調査に伴い、医療安全調査委員会に報告徴求権などの調査権限を与えたが、その違反(虚偽報告など)に刑罰を科した。しかし、それは憲法38条で定められている黙秘権の剥奪に等しいと思う。もちろん、民主党案には、そのような定めはない。


2 民主党案の考え方

 民主党案は、医療者の人権に配慮している。そして、医療者の人権だけでなく、患者の人権にも配慮しているように思う。患者支援法案という名称が、この点をよく表わしている。

 医師と患者は、法律的には委任関係であるが、実質的には信頼関係で結ばれているといってよい。重要なのは、国(厚労省)と医師の関係ではなく、患者と医師の関係である。民主党案は、患者支援という形を通じて、医師と患者の信頼関係の再構築を指向しているといってよいであろう。

 このような意味で、医療事故調査制度は民主党案を基盤として構想していくのが適切である。ただ、もちろん、改善点は多い。しかし、厚労省大綱案のような致命的欠陥をもっていないので、「小さく生んで大きく育てる」のに適している。

3 民主党案の成長可能性

 その成長可能性、つまり、改善点は、大きく分けて3つある。

 第1は、患者の納得のための患者支援を、精神面である真相究明と、経済面である患者補償とに分けることであろう。現行の民主党案は、院内事故調査委員会を重視し、メディエーターやADRを組み合わせるなどしている点で、ほぼ前者の精神面での患者の納得の要請は満たしている。しかし、後者の経済面での患者補償には改善の余地があろう。つまり、ここに無過失補償たる患者補償保険制度を組み合わせるとよい。これは、国民皆保険制度と表裏の関係にあるのが好ましいし、労災補償制度にも似ているので、基本的には政府管掌保険とすべきであろう。

 第2は、「中・長期的課題」をもっと具体化することである。せめて基本方針として方向性を示すとよいと思う。私見では、刑事については、業務上過失致死傷罪のような単純な過失犯は排除しなければならない。できれば、診療録改ざん罪や専断的医療行為罪のような故意犯を新設し、かつ、そのような故意犯に限定すべきであろう。少なくとも、危険医療致死傷罪(標準的な医療をことさらに無視し、かつ、重大な生命または身体の危険を生じさせる方法で患者を診療し、よって過失により患者を死傷させた罪)のように故意犯と過失犯を結合させて、過失犯を故意犯によって大幅に絞る犯罪類型を考え出すべきである。

 付け加えれば、民事の医療過誤損害賠償についても、軽過失は免責し、重大な過失に限定する民法特例法を立法すべきであろう。もしも、このような民事軽過失免責をしないと、患者補償保険制度の導入によって逆に民事訴訟を誘発させてしまう恐れがあるからである。
 「中・長期的課題」には、自律的処罰制度(自立的懲戒制度とか自律的処分制度ともいう。)の創設もあり、これも是非とも実現しなければならない。運営実態には難しい部分も多いであろうが、法技術的には簡単明瞭である。全医師の強制加入団体を創設し(日本弁護士連合会をもじって、「公益社団法人日本医師連合会」と仮称する。)、医師法を改正して、「医籍」を厚労省から公益社団法人日本医師連合会に移管するだけでよい。

 第3は、専ら医療安全推進、つまり再発防止を目的とする医療事故調査委員会を創設することである。民主党案は、若干、医療の安全性の向上そのものに着目した医療事故調査制度に不十分なところがあるように思う。ただ、この点については、既に第三次試案まで作って法案の形式までになった厚労省大綱案がある。法技術的な細かな点だけを借用し、根本を作り変えてしまうのは難しくない。
 医療安全調査委員会を国家機関でなく、たとえば、財団法人日本医療機能評価機構のような民間機関の中に創設することが根本である。こうした上で、「警察への通知」や「行政処分の拡大強化」を外せばよい。つまり、医療事故情報収集や分析の事業を厚労省などの国家機関に移管せずに、今までのノウハウをそのまま生かして民間機関で拡充強化するのが効果的であろう。

4 医療事故調査のあるべき4つの姿

  医療事故調査は、言い換えれば、「真相究明」(死因究明でも原因究明でもよい。)である。しかし、真相究明は、あくまで手段に過ぎず、それ自体が目的ではない。よく再発防止と真相究明とが並べられて、2つの目的があるかのように思われている。だが、それは適切な位置付けではない。
 そうすると、医療事故調査イコール真相究明の目的は4つあると思う。患者側の目的は2つに分けられ、1つは精神面での患者の納得であり、もう1つは経済面での金銭の補償である。医療者側の目的も2つに分けられ、1つは過去の清算としての懲戒や処分であり、もう1つは将来の改善としての再発防止措置であると考えられよう。「真相究明」は、それらの目的実現のための手段にすぎない。そして、それぞれの4つの目的に応じて、手段である「真相究明」もそれぞれ性質・内容が異なってくる。

 したがって、医療事故調査では、4つの目的に応じた4つの真相究明が行われねばならない。つまり、そのあるべき姿も、4つある。私見では、民主党案を基盤とし、4つのあるべき医療事故調査委員会を構築すべきものと思う。
(概要のみを一覧表とするにとどめ、具体的な法律の条文の私案は割愛する。)


4つの医療事故調査制度の概要

目 的

手 段

対 象

側 面

典型例

運営主体

法律案(私案)

患 者 側

精神面
(患者の納得)

患者支援制度
〔民主党案が基盤となり、核となる〕

院内事故調査委員会、メディエーター、ADR、医療安全支援センター

患者支援法案
(私案1)

経済面
(金銭補償)

無過失補償制度
〔労働者災害補償保険法が原型〕

政府管掌保険

患者補償保険法案
(私案2)


保険医療に関する民法特例法
(私案2−1)

保険医療に関する刑法特例法
(私案2−2)

医 療 側

過去の清算
(懲戒や処分)

自立的懲戒制度
〔医師法の改正〕

公益社団法人日本医師連合会

自立的懲戒制度に関する法案
(私案3)

将来の改善
(再発防止措置)

医療安全推進制度
〔厚労省案が原型〕

財団法人日本医療機能評価機構

医療安全調査委員会設置法案
(私案4)


 

 

2008年10月5日埼玉保険医新聞掲載