ハイタカは、猟に使う前の年の秋(11月)頃、買い上げる。それは(網掛)で
買い入れた時より、鷹部屋に切り飼ってあるのを、今春2月上旬(旧暦)より
繋ぎ始め、仕込に取りかかる。
そして、子雲雀の巣立ち、飛び始めを見つけ出し、捕らえさせ練習を積み重ねる。
ねり(漢字が色々有るので、ひらがなに統一する)雲雀の季節になる頃まで
上達させる(ねり雲雀とは、換羽中の雲雀の事)
そして、幾つもの班に分かれて、雑司が谷組の捉飼場へ出張して、いきます
これを、野先捉飼と言い、20日間から長いもので30日間と旅先に出て
八月上旬(旧暦)頃、ねり追いは終わります。
千駄木、雑司が谷両組合わせて、5,000羽の雲雀を捕獲して、上納するのが、
義務付けられていました。
(徳川実記、「国史大系」)の寛政元年七月の章には、雲雀を家臣に多く下賜して
いるのが、記載されている。
何故是ほど多くの、雲雀が必要なのか、考えてみると、
(本朝食鑑2「平凡社」)の文を引用する。「気味」甘温。無毒。「主治」久世、虚弱。
「発明」今俗で一般に、「雲雀の性は平、肉は浅くて病にあたらないので、病人に
食べさせてよい」と由、料理法は、汁、ころばし、せんば、こくせう、串焼き、叩き
等有り 以下省略
江戸時代には、医学が発達していなく食物から病気を防ぐ為に、雲雀が多く必要
だったと、考えられる。
夏の雲雀狩りに、使用するハイタカは三種類ある。
夏は、鷹にとっても換羽の時期である事が、最大の理由である。
一、昨年秋捕獲された若ハイタカ(網掛)
二、昨年夏に換羽が済んだ片とや(二歳)の巣ハイタカ
三、今年の巣立ちした巣ハイタカ(八月から九月上旬頃まで)
ねり雲雀を捕獲し始めた初期は、若ハイタカ(網掛)と、巣ハイタカのとやを使用して
八月頃より今年の、巣ハイタカ(三、の物)を使う。
(二の物)巣とやは、難しく、吉田流の古書に、(ハイタカ巣とやを、仕込ずんば今だ
鷹匠にあらず)と言い伝えられる。
次回は、ハイタカの秋の巻 鶉狩りを記す。