横井作左衛門尉時久
竿鷹
一たび酒君の鷹を馴しつるより、世々の帝何れも放鷹を好ませ給ひて、属野御幸あらせら
れしが、武家の世となりても、放鷹はなほ盛に行はれしかば、いろいろの故実などいふことさ
へ顕れいできつれど、言長ければ、只吾家に伝へたる竿鷹のことのみを述べんとす、そもそも竿鷹いふ
ものは、鷹族の中の鶻(はやぶさ)を用ふ技にて、初め秋風に野辺の千草の紐とく頃、籠に鳩を入れ其
をおとりとなして、雛鷹を網す、これを網懸(あがけ)といふ、捕ればやがて鷹房に入れて足革を着け帽(ずきん)を
被らせ、毎夜すえあるきて馴らすこと凡二周日、この時声をかけて鶻(はやぶさ)に教ふ、これを声付けといふ
其声をよく聞き分けくるやうになりては、白昼にすえ歩行て馴らすことまた凡二週日、その後足に
経緒(へお)を結び付けて、鳩を放ちて捉らしむ、鶻(はやぶさ)喜びてこれを捉れども、其肉をば食しめず、鳩を竹竿
の末に付けて、鶻(はやぶさ)を招きて馴れしむ、かくすること久しきを経るに従ひて、竿のままに進退
するやうになるなり、其よく熟したるを見て、前日より故意(わざ)と腹をすかし置き、経緒を付けず
空竿にて鶻(はやぶさ)を呼使ひ、折々少しづつ餌与ふ、(この事口伝ありて筆には尽くし難し、)まヽそれ去る事
ありて、いと危なき技とぞ、鶻(はやぶさ)かようによく其訓練に熟するも、夏中とやのときに及びて、悉く其技を忘るヽ
が故、これを教えることまた初の如しといふ、さて鶻(はやぶさ)の訓練に熟するや、冬より春かけて、鴨の群居る頃
(鴨には限ざれど竿鷹は鴨に合するを長技とす)雪を分け氷を踏みて鳥を尋ね、鳥に逢えば、まづ其鳥を離るヽ
凡十歩余りの所にて、竿を微揺して待たしめ、よき機会を見定め、鶻(はやぶさ)の帽(ずきん)をとりて拳を放てば
鶻(はやぶさ)は翅をひろげて空に昇れとも、竿を見おろして去らず、この時竿持声かけて地又は水を撃つ、
鳥は鶻(はやぶさ)の天上にいるを知らず、驚き飛び立つを見て、鶻(はやぶさ)は身を翻して飛下る、其速きこと
星の流るヽが如し、すはといふ間もなく、鳥を捉へて落ちるを、鷹師餌を与へて其鳥を奪ひ、即て殿の御前に
献る例なりとぞ、この技を考得しは、吾祖横井作左衛門時久なり、時久は関ヶ原大阪の二役に軍功を顕はしたる
武士にて、性鷹を好み、軍旅の間にも鷹をば離さヽりしが、年老いて領邑尾張国中島群祖父江村に居り
ある時農事を見回りしに、小川の辺に老婆の白布を竿に懸けて洗はんとする折りしも、鴨の驚き起つを
空より鶻(はやぶさ)おり来て捉去けり、これを見ていろいろ工夫を凝らし、遂にこの一技を考へ出しつと云ひ伝へたり
吾尾張国は山少き土地にて、水禽を駆らんには犬を使ふ便悪きからに、竿に馴さんとする考も出来つるにや
ありけん。