徳川幕府 八代将軍吉宗が、三十年振りに鷹狩りを、復活した享保期より
鷹匠に退役命令の出た慶応二年迄を、中心に幕府の鷹狩りで、使用する
鷹の種類、数、捕獲する獲物の種類、将軍の行う御成や様々な事を、
ここに記す。
参考文献は、森 覚之蒸の著した(「鷹術四季書」宮内庁書陵部蔵)
雑司が谷組鷹匠同心 菅野 半平の著した(「野先捉飼日誌」国会図書館蔵)
水上楠右衛門 昌言(「鷹之書」個人蔵)等多数の鷹書や古文書である。
幕府の鷹の飼育数、鷹匠の配置等、年代によって非常に変化があるが、
ここでは雑司が谷組、千駄木組両組が主である。
まずは、幕府の鷹飼育の割合から話そう
全体を10として、オオタカは7ハイタカは2ハヤブサは1である。
この割合のことは、幕府鷹匠同心の家に生まれた、村越 仙太郎氏直伝です
オオタカ 35羽 (鷹部屋の数にて考察)
ハイタカ 16羽 (鶉御成に据える鷹の数にて考察)
ハヤブサ 8羽 (御買い上げの数にて考察)
その他(献上や様々な理由で、飼育しているシロハヤブサやコチョウゲンポウ
等この中に入る)
幕府の主はオオタカが一番、ハイタカが二番、ハヤブサが三番である。
特にハヤブサは、お供鷹のイメージが強い
鷹匠の数も知ってもらいたいので(「袖玉武鑑」国会図書館蔵)より記載する
雑司が谷組では、鷹匠支配(鷹匠頭 内山七兵衛) 組頭(中田 甚三朗他
二名) 鷹匠(河野三助他十三名) 鷹匠同心(五十名 「身分が低い為姓名は
記載されず」) 他野廻り二十三名 見習い七名とある。