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所在 愛媛県大洲市大洲
みどころ ・見事な復元天守閣
・高欄櫓,台所櫓,苧綿櫓,南隅櫓
 (すべて重文)
アクセス 松山観光港より松山道・伊予IC〜大洲ICにて車で1.5時間
無料Pあり
肱川に面した地蔵ケ岳に建てられた大洲城。
川面に映える黒板張りの美しい天守は地元の方たちの熱意で2004年に復元され,往時の城の姿を彷彿とさせるものです。
見事な層塔型四層天守閣。
唐破風,千鳥破風,下見黒板張りと白壁の対比が美しい2004年に復元された天守閣です。
大洲城は,肱川を天然の堀として,その他にも大規模な内堀,外堀を巡らせた極めて実戦的な城であったようです。
天守と連結式の台所櫓(左)と高欄櫓(右)。二基の櫓は小天守として位置づけられ,最終防御拠点として,堅固な防御力と強力な攻撃力を備えていたと考えられます。

城は織豊期までは小規模な支城または砦程度だったようですが,それ以降は,小早川隆景,藤堂高虎,脇坂安治など戦国期のビッグネームが領主となり,特に城づくりの天才・高虎により近代城郭としての基礎が築かれたにではないかと思います。
その他,高虎の手による城は,伊賀上野,安濃津,今治,宇和島など枚挙に暇がありません。
南隅櫓(左)です。南隅櫓はかつての三の丸に現存するもので,外側の両端に石落としを備えています。1766年に建てられた,大洲城の現存建築物でも最古のものだそうです。
現在は大洲高校が三の丸石垣の上に建っており(右),見事な打ち込み接の石垣も見ることが出来ます(不審者と間違われないように・・・)
下台所(左)と苧綿櫓(右)。
下台所は城内の食料庫としての使われていたようで,通気のためか床下が開放されています。
苧綿櫓はかつての二の丸東端に位置し,肱川に張り出す形で建てられたものです。
暗がり門跡の石垣です。かつては本丸の下段から上段にいたる部分の櫓門となっており,門の上に渡櫓が気付かれていたことから文字通り暗がりで視野を失った敵兵を一気に討ち取ることを目的としていたそうです。

江戸期の大洲は1617年に加藤貞泰が大坂の陣の功で6万石で入封し,その後,明治維新まで加藤氏が13代続きます。貞泰は光泰の子で,光泰はもともと美濃・斎藤家の臣,のちに豊臣家の家臣となり,朝鮮の役で陣没しています。
内堀跡の住宅街から
望む天守と高欄櫓
千鳥破風
単体(上段)と
比翼(下段)のもの
高欄櫓の石落とし

肱川の対岸から臨んだ
大洲城
(逆光御免)
おすすめ 大洲銘菓「しぐれ」はモチモチしていて上品な甘さでとても美味しい。買うべし。