ニューヨークへ
〜Dr.チャールズ・コーリンとの出会い〜

およそ3年ちょっとの山籠り期間を経た私は、
ニューヨークに渡り(年4〜5回のペースで)、トランペット武者修行時代を過ごすのだが・・・



トランペットについてプラスになるようなことがあると聞けば、
私はその都度積極的に出向いて行き、自分をできるだけアピールできるように
吹いて見せて(診てもらって)いた。


コネも何もないところからのスタートだったので、
あらかじめ予定を組むこともなく行き当たりバッタリでこのような活動を続けていたのだが、
気が付けば、多くの有名どころの人たちとの接点を持つことができるようになっていた。

そんなある日、偶然にもDr.チャールズ・コーリンとも出会うことができた。

Dr.チャールズ・コーリンは、その時既に引退されてしばらくが経っていて、たまたまニューヨークの息子のところへ遊びに来ていたらしい。

普段は、ハワイのマウイ島で悠々自適のご隠居暮らしをしているそうなのだが、ニューヨーク・ブラス・カンファレンスのようなイベントがある時以外は、ほとんどニューヨークに来ることはなかったそうだ。

息子のアラン・コーリンがドイツ製のJBS(確か?!)というメーカーのトランペットのディーラーをやり始めていて、いい楽器があるから吹きに来ないかということで、私が試奏をしていた時のこと、隣りの部屋に居たDr.チャールズ・コーリンが、私の音を聞いて部屋から突然飛び出てきた。

「今、吹いていたのはお前か?!お前は一体何者だ?!」

と強い口調で聞かれた。

私は、大雑把に自分の経歴を話した。その中で、大学時代に2回クラウド・ゴードン国際ブラスキャンプに参加したところをどうも聞き違えられたようで・・・

「そうかなるほど、お前はクラウドの弟子だったのか。私はクラウドとは長年の親友だ。そうだ、お前にハワイのお土産を預けるから、帰りに先生に渡してもらいたいのだが・・」

と勝手にうなずかれ、あわやハワイ土産を預かりそうになったのだが、

「いやいや、私は確かにブラスキャンプには参加はしたが、個人的にクラウド・ゴードンに師事していたわけではない。お土産を預かっても・・・」

とすかさず返答した。

それから私は、自分が上手くなれる可能性があるものはすべて試しに行くようなそんな武者修行のようなことをやっている旨を説明した。

すると、

「じゃあ、これをプレゼントするから、あちこちでこれを吹いてみせて宣伝してくれ。」

と言って、有名なコーリンの“リップ・フレクシビリティ”の教本にサインをして手渡された。
1988年4月7日のことだった。この本は、今現在も家宝(?!)として大切に保管している。

   

私は、一瞬“「この教本を使ってもっと練習しろ」という意味なのかなぁ”と思ったのだが、どうもそうではないらしい。(ただの営業目的だったそうだが・・・)

私は、再度“自分自身がもっともっと上手くなりたいのである”ことを訴えた。

するとDr.チャールズ・コーリンは、それまでのニコニコした表情を一変させ

「私は、お前が今求めていることを提供できるかもしれないところを知っているのだが、
挑戦してみる気はあるか?!」

そう言ってジェローム・カレを紹介してくれたのであった。

このようにして私は、ジェローム・カレに出会うことができたのである。

もしあの時、Dr.チャールズ・コーリンがハワイ(マウイ島)に居てニューヨークに遊びに来ていなければ・・・

もしあの時、アラン・コーリンが「いい楽器があるから吹きに来ないか?」と誘ってくれていなければ・・・

私は、Dr.チャールズ・コーリンとこのようないい容で出会うことができなかったのではないかと思う。

また更に、

もしDr.チャールズ・コーリンが、ジェローム・カレのことを思い付かず誰か別の人を私に紹介していたとすれば・・・

ジェローム・カレに出会うこともなく今の私は、存在すらしていないかもしれないのだ。

偶然に偶然が重なって・・・まさに不思議な“めぐり合わせ”であったと言えよう。

このDr.チャールズ・コーリンとの出会いが
縁となり、

その後、
ニューヨーク・ブラス・カンファレンス、ITGやIAJEのカンファレンスなどの際に
何度もお会いする機会を得ることが出来たのである。

ウィリアム・ヴァッキャーノ、フランク・カデラベク、メル・ブロイルズなど
当時の多くの伝説的著名人との接点を
持つことが出来るようになったのも
まさにDr.チャールズ・コーリンのおかげであったといえるでしょう。

また当時、
雑誌PIPERSの特派員として
“ニューヨーク・ブラス・カンファレンスのレポート”
“ウィリアム・ヴァッキャーノ講演抄録”、“フランク・カデラベク/インタヴュー”
等々、いくつかの記事も担当させていただきました(※)。


(※)インタヴュー、録音、その録音のテープ起こしと翻訳


Dr.チャールズ・コーリン(左)&私(右)

 
メル・ブロイルズ(左)、Dr.チャールズ・コーリン(中央)
&私(右)


ウィリアム・ヴァッキャーノ(中央)、
私の大学の後輩の大西(左)&私(右)


上述の『リップ・フレクシビリティ』以外にも、たくさんの著書をプレゼントしていただきました(^_^)v

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