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こまっちゃクレズマーとは、そもそも路上でお客さまから投げ銭をいただく
というために生まれたバンドであった。ギャラの多いも少ないもすべては己
の芸のなせる業。芸人は笑ってもらってナンボてなもんや。こりゃきついで、
ほんま。 しかしだからといって投げ槍になったわけではなく、投げ銭あつめに情熱を 燃やす、こまっちゃクレズマーの青春は、こうして幕を開けたのであった。 初ステージは、96年夏。『まちぐわー壷屋まつり』沖縄は那覇の商店街。 大見屋さん前の架設ステージで演奏を終えた我々は、主人がタイミングよく 差し出す籠に、次々と小銭やお札が放り込まれていく様を、ただ「うわー」っ と眺め、ぺこぺこ頭を下げていたのであった。今思えば、なんて純。もう次 のステージからは、バンマス梅津が「はい、投げ銭はこのサックスとテュー バのベルに入れてくださいね。今からドラムのロールに合わせて、みなさん の間をまわりますからね〜」なんて煽って、図々しくやってたわけだから。 いつ、いかに、いっぱい投げてもらえるか。客をつなぎとめておく駆け引き も必要だし、演目にもワザがいる。演奏中、目の合ったお兄さんに、思わず にっこりほほえみかけちゃったりなんかして。「あとでよろしくね、うふん」 なんて作戦は効を奏さなかったものの、いや、こりゃ面白い!もちろん、大 真面目だからこその面白さ。 そんなわけで、宿に帰って初『投げ銭』を畳いっぱいに広げ、勘定にいそし んでいた我々4人、きっと何とも言えず粗野な表情を浮かべていたことであ ろう。「うっひっひ」なんて下卑た笑いが、自然と漏れたりして。 そしてその年、2日間のフェスティバルで、我々は、誘っていただいたEPO さんのバンドを出し抜いて、投げ銭部門ではナンバー1の記録を達成したの であった。しかしその金額がいくらであったか、記録を紛失してしまったの で今となってはわからない。ひどい、、。 ちなみに99年『まちぐわー』での我々こまっちゃの戦績は、1日のステー ジで52、334円であった。内訳は5千円札1枚、千円札11枚、500 円玉27枚、100円玉186枚、50円玉52枚、10円玉137枚、5 円玉39枚、1円玉69枚。お祭り自体も縮小、ということで以前のように 紙のお札がポンポン飛ぶ、という気前のよさはなかったものの、おじいちゃ んやおばあちゃん、子供まで喜んで出してくれたことが何より嬉しい。両替 しきれなかった小銭袋は今も私の手元に残り、ずっしりとそのときの気分を 伝えてくれる。しかしまあ、つくづく、小銭というのは重いものだ。思って る以上に重い。東京へ戻る日、何も土産など買わないのに、荷物が何でこん なに重いのかと思ったら、ぜんぶコレだったもんね。 こうしてすっかりはまった「投げ銭ライブ」ではあるが、さすがに毎回これ では大赤字もいいとこなので、ツアーの際はできるだけ決めギャラ、と言っ てギャラを保証してもらうことのほうが多い。もちろん、チャージバックと いうライブハウスのシステムに依ることも。 だが今年の春、こまっちゃ+おおたか静流「お花見ツアー」では、ひさしぶ りに投げ銭体験ができて、再び血が沸き立つ思いをした。京都の同志社大学 のすぐ向かいにある、バザール.カフェ。とても居心地のよいテラスのある、 可愛らしくてフィリピン料理が抜群に美味しいカフェでの「純生」ライブだ。 スタッフのご厚意によるコンサートなので、あくまで「カンパ」としてお客 さんに「相応」のライブチャージを払っていただこう、という企画。これぞ こまっちゃの本領発揮、とばかり、我々は率先して、物置から見つけ出した 巨大なザルをステージ前に置いた。と、いきなりお客の失笑を買う。いかん。 こんなおしゃれな場所で、ちょっと浮いてるかも。それに加えてバンマス梅 津は、この日ものすごい花粉症。ステージ上でくしゃみ連発、鼻は出っ放し で、とても冗談でなく「花」を吹ける状態ではなかったのだった。たちまち 出来るテュッシュの山々。しかしそれも芸の一部として見せてしまうあたり、 さすが年期の入った芸人である。この図太さ意気込みに恐れをなしたか、終 盤いざ客席をまわり始めると、お客さんたちはくすぐったそうに視線をそら したりなんかして、もしかして実はちょっとひいていた? この日の出来は62、069円。カナダドルやら、見たことのない異国のお 札も混じっていたので、これは勘定外。なかなかなものだ。しかし、「投げ 銭バンド」へのさらなる研鑽をテーマとする(単に貪欲?)ギャラコとして は、つい「まだまだ!」なんて口走ってしまった。お客さんの大半はお金の ない学生さんたち、と考えると、それは大変に失礼なことであった。ごめん なさい。「こんなにいっぱい集まったの、、」と清らかな感動を示してくだ さったおおたかさんにも。なんて汚ちまった俺なんだ、、、。 そう、翻って考えれば、自分だってそう気前よく「投げられる」わけじゃな い。理想は、ここ!というタイミングで、さりげなく、大枚をスッと出す。 その、大枚がないから出来ない、ってのもあるんだけどさ。でもモロッコの ディスコでは、出演バンドの巧みさ、揃いのスーツ姿の格好よさに「出した るで〜!」と50ディラハム(約500円)、投げたね。モロッコじゃ、けっ こうな大金だ。踊りながらじわじわとステージへ近づいて、ヴァイオリンの おじさんのお足もとへ。キメは、ウィンク!完璧だ。ちなみに梅津さんは、 巨大なバストのディーバに迫られて、100ディラハムを胸元へ、、、じゃ なくて手渡してた。やっぱりバンマスは太っ腹だ。 もちろん金額はともかくとして、こうしたお金はとっても「いいお金」だと 思う。ギターの鬼怒無月さんは、まだ開店前のジャズクラブで独り練習して いたら、ドアを開けて2階まで入ってきたおじさんに千円札を握らされたこ とがあるそうだ。いいなあ!おじさん。かくいう私も、中央線のガード下で サックスの練習していた或る日。一度通りすぎたおばあさんがわざわざ戻っ てきて、やっぱり私の手に100円玉ひとつ握らせてくれたことがあった。 「ジュースでも」と言い残し、、、。いやあ、いいねえ投げ銭、、、。恐喝 してもぎとる5000万円より、ずっといいぞって、当り前だよ。 さてミレニアム騒動とY2K問題に沸き立つ1999年末の某日、夜9時頃。 こまっちゃクレズマーではないHOBO SAX QUARTETは、新宿駅南口前広場 で、突然演奏を始めた。その前に新宿西口公園で、ホームレス支援のミニラ イブを40分ほどやらせてもらっていたのだが、感謝はされたものの、どう も演奏し足りない気持ちがくすぶっていた我々。勢いに乗って「ここなら」 と南口まで繰り出して来たのだ。暗譜しているレパートリーがさほどあるわ けではない。シンプルなコード展開の曲を、サックス4人でメロディー、リ ズムパターン、と分担しあいながら、特に決めず自由に吹いてみる。管4人 というのは、いっせいに音を出してるだけで気持ちよいのだ。入れ替わりソ ロをとる。最初の控えめな気分が、やがて攻撃的な気分へと高揚してくるの が、自分でも判る。遠巻きのサラリーマンたちが、「あれって、梅津さん?」 などと言っているらしいのも、いたづらっぽくて笑ってしまう。当の(ここ でも)バンマス梅津は、腰まで振って、いい感じのソロをとっている。我々 の演奏は、とりあえず好感を持ってもらえたようだ。しかし、30分ほどの 演奏に投げられた銭は、残念ながらほんのわずかだった。だって、梅津さん たら、せっかく4人の前に開けて置いたサックスのケースの、その前に立ち はだかって延々ソロをとるんだもん。しゃあないわ。だけど、おかげでその 夜のビールの、とことん旨かったこと。<了> 「投げ銭こそ、我が人生。我が誇り。」(ギャラコ) *注* ・文中、「我々」という用語の指す内容が微妙に違っていることに、お気付きのあなたはかなりのこまっちゃ通です。 ・こまっちゃクレズマーは、4人で始まり、今は5人が定説。 |