■「阿佐ヶ谷住宅」
荻窪に仮住まいを始めてから、もういつのまにか10年以上もたっていることに驚く。
そして、こんなに住んでいても、この街や、この街の地面をたどっていった先にある世界のことを、わたしはまだまだ知らないのだった。
ひょんなことから、「阿佐ヶ谷住宅」の存在を知った。
この住宅(団地)のことを記した書籍が発売になったという記事から、その名前が気になって(「荻窪住宅」でも「高円寺住宅」でもない、「阿佐ヶ谷住宅」というのが、閃くように素敵な名前だ!)、調べてみたら、何のことはない。
いつも(といっても、始めたのはほんの1年ちょっと前)ウォーキングしている善福寺川のほとりから、すぐのところに、その小さくて広大な世界は、佇んであるのだった。
いつものように、川添いの細い道路を歩いていって、このあたりかな、と空を仰いだら、まさにそこに、写真で見た「給水塔」の先端が青空にぴゅん、と頭を付き出していた。
給水塔に誘われ、吸い寄せられるように、その土地へ足を入れてみる。
「阿佐ヶ谷住宅とは」
ネットの「阿佐ヶ谷住宅日記」より転載させていただくと、こういうことらしい。
阿佐ヶ谷住宅は、杉並区成田東にある全戸数350世帯の日本住宅公団の分譲型集合住宅である。地上3〜4階建て鉄筋コンクリート造の118戸と、地上2階建てテラスハウスタイプ232戸(陸屋根タイプと傾斜屋根タイプが混在※1)で構成され、うち傾斜屋根型テラスハウスの174戸は前川國男建築設計事務所の設計による。1958年(昭和33年)竣工と同時に入居が始まり、2006年冬に再開発される予定。現在は空き室も多く、350世帯のうち160世帯ほどが入居している。築47年(2005年現在)。
http://www.geocities.jp/asagaya_jyutaku/page/what/index.htm
今は2010年だから、もうすでに50年は超えているし、再開発の工事も現時点ではまだ始められていない模様だから、計画は計画ということなのだろう。
しかし何といっても、この住宅の空間としてのデザインが、もう素晴らしい。
一歩、足を踏み入れた瞬間から、どこか次元の違う土地に来たような、空間の広がりを体感できる場所。
とりわけ傾斜屋根のテラスハウスの美しさと言ったら。
昭和33年という時代、将来への夢や希望といった漠然とした時代のムードを、建築家たちがいっぱいに吸いながら、さらに彼らの理想を追及し、魂を込めてカタチにしたのだろう。
そんな、モノづくりにかける情熱までもが伝わってくるような、住宅という作品。
団地棟とテラスハウスがゆるやかな緑の道、曲線で結ばれていて、一体感のあるユートピアを成している。
52棟の配置といい、それぞれの住宅のエントランスは柵で囲ったりしている訳ではないのに、独自性はちゃんと確保されている。
誰の占有というような狭量さとは裏腹に、隣家とひと続きになった、緑の植え込みがあり、遊具がさりげなく誘いかけてくる。
それぞれの戸口は、来客者に向かってドウダ、とばかりに正面から威圧するのでなく、ドアをノックするまでのほんのひと呼吸をささえてくれるような、そんな余裕を感じさせてくれる。
この街のこどもたちは、何も恐れることなく、この自由な世界を駆け巡り飛び回って、おおきくなっていったのだろうな。
ただ、そんな素晴らしい世界がここでぴかぴかと光かがやいていたのは、きっと、もう何十年も前の、昔話なのだろう。
350世帯とされているが、現在の住人はその1/3以下であるらしい。
見て歩いた感じでは、ほとんどの棟が空き室のようであり、こんなに素敵なテラスハウスも、住人が手入れをして住まい続けているのはほんの一部。
木枠の窓が外から打ち付けられ、塗装も剥げ、壁もかなり脆くなっているようだ。
共有地の植え込みも、ひとの手がかけられていなくなってからかなり年月が経っているいるように思われる。
つまり、わたしが胸を打たれるように素晴らしい!と感じたこの住宅は、過去に思いを巡らすことで、その美しさ、生き生きとした姿が想像できるのであって、現在は、あきらかに、終わって行くものの、悲しい姿がそのままに、そこにあるのだった。
そしてここは私有地だから、本来、外の人がうろうろとしてはいけない場所でもある。写真におさめたいような風景、魅力的な被写体だらけの住宅だけれど、ここでカメラをむやみに向けるような行為は、現在住んでいる方達には、迷惑であることはもちろん。現在立ち向かっている問題(建て替えや、さらに不法な人間の立ち入り、痴漢などの不安)に対しても、あまりにも無神経というものだろう。
それでも、わたしはこの阿佐ヶ谷住宅に、なんというんだろう、こころを奪われてしまったのだ。
実際の建て替え工事がいつ始まるのか、何も知らないが、おそらくそれはごく近い将来であるはずだ。
現に、この善福寺川添い一帯でも、次々と巨大マンションが建てられている。
こんなでかいただの箱を作る金があるなら、阿佐ヶ谷住宅を忠実に再現するような、そんな気のきいた再開発プロジェクトを、なぜ誰も思いつかないのだろう。
昨年、西荻窪の本当に宝のようであった銭湯、玉の湯が家庭のご事情で廃業されたときにも感じたのだが。たとえ私有、個人の営業などであっても、その街を長い年月、ささえてくれ、その街らしさを育んでくれたものたちへ対して、行政はあまりに無頓着だ。
この街にいてくれて、この街をよくしてくれて、ありがとう。
そんな気持ちで、消えていく彼らに、何かしてあげられることはなかったのか・・・。
怪しまれないように気をつけながらも、しばらく、この散歩を続けたいと思う。
見ることしかできない。っていうのは、消極的で何も役にはたたないことだけれども。でも、見続けることで、わたしも、何かを受け取っている。
感謝しつつ、見続けよう。
2010.3.12記
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