梅津和時の歴史

1949 10月17日 宮城県生まれ
1970 原田依幸と「生活向上委員会」(生向委)開始。
1974 渡米 Studio WE他、ロフトシーンで活躍。
1975 原田依幸、来米。初リーダーアルバム「SEIKATSU KOJO IINKAI」
(生活向上委員会ニューヨーク支部)をNYでリリース。
いくつかのレコ発コンサートを行う。
1976 集団疎開結成。
1977 冨樫雅彦バンドに加入。
リハーサル・オーケストラから「生活向上委員会大管弦楽団」(以下、生向委)誕生。
1980 「生向委」デビュー・アルバム「This is music is this !?」発表。
久保講堂でのライブ盤「RHAPSODY」からRCサクセションに参加。
原田依幸とのデュオ、国仲勝男グループでドイツ「ドナウェシンゲン音楽祭」に出演。
1981 アルバム「ダンケ」発表。個人名義のデビューアルバム「竹の村」発表。
「ドクトル梅津バンド」結成。「DELAX」発表。
RCには「生向委ホーンズ」(後のブルーデイ・ホーンズ)としての参加。
「生向委」脱退。
1982 「どく梅」忌野清志郎とのアルバム「DANGER」発表。
マル・ウォルドロンと共演「アナザー・ステップ」。
1983 この頃から海外での活動が増える。
1988 「DIVA」結成。
1989 「DIVA」に代わって「KIPANA」結成。
1990 「KINEMA」発表。「シャクシャイン」結成。
「アケタの店」で16日間の「大仕事」開始。
トム・コラ、サム・ベネットと「サード・パーソン」として国内ツアー。
平沢進のバンドに加入。
初プロデュース。リクオ。 初映画音楽「我に撃つ用意あり」。
六本木「ノマド」でキャバレー「大風呂敷」主催「秘密結社・鞭(梅津、巻上,大友、ケラ、真鍋、長谷川)」
1991 「続大仕事」17日間。
1992 「続々大仕事」18日間。
ニッティング・ファクトリーで「エクレクティシズム」レコーディング。
ベツニ・ナンモ・クレズマ結成。
1993 「続続々大仕事」19日間。
「磔磔大仕事」
「ヒカシュー」でドイツ・ブレーメンへ
 早川義夫バンドに加入。
1994 清志郎「GLAD ALL OVER」出演
「続々続々大仕事」20日間。
アニメ「ワイルド7」音楽担当。
BNK「おめでと」発表。
1995 イアン・デューリー&ブロックヘッズのメンバーとして東京、名古屋、大阪公演。
「新・大仕事」を「アケタの店」と「Buddy」2カ所に分けて10日づつ。
「エイジアン・ファンタジー・オーケストラ」アジア・ツアー。
「ファースト・デザーター」発表。
1996 市原悦子、三木敏吾の「夢尽蔵」に参加。
大工哲弘哲「ウチナージンタ」プロデュース。
沖縄マチグワのストリート・フェスに参加、こまっちゃクレズマの母体が生まれる。
ベツニ・ナンモ・クレズマ「アヒル」「ワルツ」発表。
1998 新大久保ジェントルメン「イゴールの嘆き」発表。
練馬、白石農園にて第一回「フェスタ・イン・ヴィニール」開催。
(その後11年続いている)
イアン・デューリーのブロック・ヘッズのメンバーとしてイギリス・ツアー
ニューヨークで「パンドラのカクテル」録音。
ピットインにてKIKI BAND初登場。
1999 オランダのサックス・グループ「シックス・ウィンズ」の一員としてオランダ・ツアー。
エッセイ集「いつだっていいかげん」発表。
KIKI BAND シンガポール、ケニア、ザンジバル、南アをツアー。
2000 ホーボー・サックス・カルテット、モロッコ・ツアー
2001 こまっちゃクレズマ「こまっちゃくれ」発表。
KIKI BAND「KIKI」発表。
2002 「シックス・ウィンズ」オランダ・ツアー。
2003 清志郎のバンドに「ニュー・ブルーデイ・ホーンズ」として参加。
2005 Bclソロ・アルバム「Show the frog」発表。ソロツアーを行う。
ジョー・トランプをアメリカから招いて新生「KIKI BAND」レコーディング。
「DOWSER」
2006 映画「河童」出演及び音楽担当。
2007 こまっちゃクレズマとおおたか静流の「すっぽんぽん」発表。
ドーナル・ラニー、近藤ひろみと沖縄レコーディング。
2008 清志郎、武道館にて「復活祭」
KIKI 国内ツアー。
2009 京都の磔磔でプチ大仕事
KIKI 国内ツアー(東日本を中心に16ヶ所)
『Full Swing! ドクトル梅津SHOW』〜 梅津和時 還暦記念コンサート 〜
2010 名古屋の得三でプチ大仕事