Web版いつだっていいかげん
 ディープ・ルンバ
-2001.6.01
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 最初に話があったのは、今年の1月。某レコード会社のT氏からのお話。
去年のブルー・ノート公演の時に来ていたサックスのチャールズ・ネビルが
来られないから、代わりに参加しませんか?との有り難いお誘いでありまし
た。その去年の公演というのを見にいって、いたく感激しておりました私と
しましては、これは身にあまる光栄、乗らない手はない、とほぼ即答状態で
OKを出したのであります。

しかし、プロデューサーのキップ・ハンラハン、これがかなりの難物。まず
はこの人を説得しないと・・・。でも大丈夫、絶対ちゃんと話しつけますか
ら、とT氏。これには私も納得。そのブルー・ノートのステージの上で、や
たら皆に指示を出しまくっているキップ、「誰も俺のいう事を聞きゃあしな
い、あいつら全員クビだ!」と怒りまくっているキップ、バーで、酒をガブ
ガブあおっているキップ、そんな姿を目の当たりに見ていたのでありました。
こりゃあ、大変だ。

 時は流れて、はや5月。この間にT氏はアメリカに行ってキップと打ち合
わせなどして来ていたので、私の方は、すっかり決められたスケデュール、
と何の疑いもなく、「今度ブルーノート、出るからさあ」と、友人に言いふ
らすは、さらにこともあろうに、自分のホームページのスケジュールにまで
載せてしまっていたのであった。

さて、その5月。新宿はバージン・メガ・ストアでのインストア・ライブが
決まった所で、どうやら、私は正式メンバーではないらしい、キップが私の
生の音を聴いてから判断するらしい、との情報を得て、おや?これはオーディ
ション、と、急にアセリ始めた。それからというもの、アメリカン・クラー
べから出ているディープ・ルンバ関連のCD聴きまくり。朝起きたら、まず何
にせよCDをかける。夜中、ピアノの音を気にしながらもコピー。しかし、そ
んな事をしたってしょせんは付け焼き刃、身につく訳がない。そうこうして
いる内に、日にちも迫り、T氏からインストア・ライブの予定表がメールで
送られて来る。20〜30分。間にパーカッションデュオが入るから2曲ば
かり演奏して下さいとのこと。1曲はベサメ・ムーチョ。もう1曲はお好き
なものを、アイラーのゴーストとかでも良いですよ、との有り難いお言葉。
どちらも、とりあえず自分にとっては馴染みのある曲。CDのベサメムーチョ
はCmだけど、なーに、その日はベースもいないって事だし,馴れてるDmでも
問題あるまい。大分、気は楽になったけど、あのキップの事、何を言い出す
か分かったもんじゃない。気を緩めずにコピーコピー。

 5月12日。その運命の日がやって来た。とりあえず、宮本武蔵の故事に
のっとり、先に現場を見てる方が有利、でも早く着き過ぎても佐々木小次郎
の例もある、と、考え抜いた末、約束の10分前にバージンに到着。案の定、
相手は5分遅れて現場に着いた。「やあやあやあ、よろしく。」と、ドラム
のロビー・アーミンと、パーカッションのリッチー・フローレンスはいたっ
てフレンドリー。
「おまえ、サックスやるんだって?アルト?テナー?」。
でも、たいして情報は届いてはいない様子。キップとは一応、去年会ってい
るのだが、
「覚えてるさ、覚えてるとも、えーと・・。」
そんな昔の事、覚えている訳はない。
ロビーとリッチーはセッティング。キップは何を焦っているのか、あっちに
行ったりこっちに行ったり、ちっとも落ち着かない。セッティングが終わっ
て控え室に入っても、ロビーとリッチーは打楽器どうしのエンディングのキ
メばかり打ち合わせていて今日何をやるか、といった基本的な話はない。
10分前になって、とうとうこちらから切り出した。
「今日は何をやれば良い?」
「なんでも。お前は何をやりたいんだ?」
「ベサメ・ムーチョとゴーストを用意して来たんだが。」
「ゴースト、アイラーのか?そいつは凄い!やろうやろう、で、どういうふ
うにやる?」
「いや、最初はフリーで、この辺からリズムになって来て・・」
「ふむふむ、ちょっと待ってろ、キップを呼んでくる。おーい、キップ!ゴ
ーストをやるぜ!」
キップ、日本酒の五合ビンを手に登場。
「良いサケをもらったんだ。呑むか?」
「いや、いい。」
「そうか、俺は呑む。こんなうまいサケ呑まないなんてバカやろうの考える
事だ。」
キップ、そのままラッパ呑み。
「ゴーストをやるよ。」
「えっ?なんて言った?ゴースト?お前吹けるのか?そりゃあいい。実は、
飛行機の中でそんな曲をやってみたいと話してたんだ、なあ、ロビー。
呑むか?」
「もらおう。それは良いとして、俺は思うんだが、今度はゲストにBB KING
を呼んだらどうかな?ブルース・ルンバっていうのもありだと思うんだ。」
「BBはダメだ、ギャラが高い!」
「おれたちのギャラはどうなんだ?安いから呼んでるのか?」
「そうじゃないだろ、分かってるだろ!・・・・・」
話がまた跳んでしまった。

 ライブは時間どうり始まった。凄い。何たるリズム、何たるコンビネーショ
ン。
リッチーの手が千手観音のように何本にもに見える。でも幸いな事に、まっ
たく分からないリズムではない。簡単な紹介があって、CD売り場の隅に作ら
れた小さなステージに上る。自分でも思ったより落ち着いている。やる事は
分かっているんだ、何も気にする事なく好きに吹けば良い。リズムは自動的
に付いてくるだろう。どうせ、何の打ち合わせもなかったのだ。ソロでの簡
単なイントロの後、ベサメムーチョのメロディーに入る。空気が自分を中心
に回り始めたのを感じる。しめた、この為に先にソロで出たかったのだ。
サビの前からリッチーが加わってくる。絶妙のアプローチだ。ロビーがすぐ
にそれに続く。これが、昔キャバレーで吹いていたのと同じ曲なのか?
リズムを気にする必要はまったくない。どんなに甘く吹いても、それに流さ
れていかないのは、このタイトなリズムのせいなのだろう。再びテーマに戻
り、最後の4小節を2回繰り返し、そのフレーズをリズムがユニゾンで合わ
せて曲は終わる。もう一度、ドラム、コンガのデュオを聴いた後、ステージ
に戻りゴーストを吹き始める。

こんな楽しいフリー・ジャズはめったにない。アドリブの途中の、ちょっと
したサックスのフレーズにのっかって、切れの良いルンバのリズムに変わる。
私は構わずフリーのまま。どこでアウトするかとかいう問題ではなく、どこ
でも好きな時にリズムに戻れば良いのだ。お互いに好き勝手にやっていなが
ら、全体的には強力なリズムが支配している。私はそのリズムの中で完全に
自由だ。自由に吹けば吹くほど、リズムがはっきりと見えてくる。そのまま
盛り上がったところで二人にソロを譲る。二人はそのままさらに盛り上げて、
さっき練習していたキメのフレーズでスッパっと気持ち良く終わる。

大きな拍手、でも、演奏はまだ終わらせない。私はソプラノとアルトを2本
くわえ、一人でソロを吹き始める。終わった、と演奏の手を止めていた二人
がすぐ反応してくる。ちょっとだけロリンズっぽいアドリブに反応してリズ
ムはカリプソ。でも、ちっとものんびりはしていない。思いっきり明るいゴ
ーストになって、我々は素晴らしいエンディングを迎えた。

 「素晴らしいギグだった。お前のプレーの中には、コルトレーンもアイラ
ーもロリンズも全部含まれてるな。」
「俺とリッチーだけのリズムで演奏するのはふつう大変なんだ。でも、そん
な心配、まったく感じなかったよ。」
一人づつ抱き合う二人のシャツは汗で水を被ったように濡れていた。
「凄く良い演奏だった。それに、お前の音は他の誰とも違うな。低音から高
音まで深い澄んだ音をしている。」
めったに人を誉めないキップが私に向かってそう言って、またラッパ呑みの
サケをすすめた。今度は遠慮なく頂く。
「それで、ブルー・ノートにはいつ行けばいいんです?」と私。
「毎日来いよ。楽器持って!」とロビー、「ちょっと待ってくれ、それは簡
単には決められないんだ。俺達だけの問題じゃない。」とキップ。「今晩、
ちゃんと話し合いしますから、もうちょっと待って下さい。」と、レコード
会社のT氏。
 月曜日になっても結論は出ていなかった。リーダー格のエル・ネグロ・オ
ラショ・エルナンデスの到着が1日遅れるとの事で、それどころではないら
しい。
5月14日月曜日、すぐ出せるように、一応楽器を車に入れたままブルーノ
ートに入る。有り難い事にブルーノートは演奏するしないに関わらず、1週
間、私を招待してくれた。演奏は素晴らしかった。シオマラとハイラの女性
ヴォーカルの声はのびやかで情感豊か、歌のキーを探りながらも見事なサポ
ートをしていくアンディーのベース、数少ない自分のパートを控えめながら
的確に努めていくアルフレッドのヴァイオリン、ミルトンを初めとするパー
カッション陣の強烈なリズム、なかでも老練なチャンギートの刻むクラーべ
やティンパレスのとつとつと、しかも、のたうつようなリズムには魅了され
た。ある意味、韓国の金石出の打ち出すチャンゴにも共通する不思議なリズ
ムだった。とはいえ、のんびりしている事も確かで、曲の順番なども滅茶滅
茶らしいし、出番以外ではアルフレッドはステージの上でしゃがみ込んでい
るし(時には寝転んでる)、ドラマー達は、しょっちゅう楽器の担当を交代
している。キップは相変わらず、ステージ上で指示を出しているが、誰も言
う事を聞かないらしい。どちらにしろ、自分の出番は回って来なかった。終
わってからキップに「良いステージだったね。」と言いに行くと、「もう、
あいつら全員クビだ!」と、去年と同じ会話、私の出番はオラショやブルー
ノートと相談して決める、との事だった。こりゃあ、出番は無いな、と思い
つつ、この際、無理だとは思うが、出来る限りルンバを極めてやろう、と方
針を固める。

 水曜日になって、やっと木曜日に出てくれとの返事。リッチーはロビーに
聞けと言うし、ロビーはキップが決めると言い、キップはオラショがOKを出
さなきゃ、と言い、オラショはミルトンがリーダーだ、と言う。結局、誰も
何にも決められないようなのだ。夜に相談する、と言っても、呑みに行って
しまったり、女の子の事とかで忙しいらしい。木曜日に、楽器を持って一番
ステージに近い席に座らせてもらう。すっかり顔見知りになったブルーノー
トの従業員も、「あっ、今日は演奏してくれるんですね。」と、声をかけて
くれる。演奏前に楽屋に行く。「おう、楽器持って来たな。」とキップ。
「それで、お前は何を演りたい?」あらかじめ、そう言われる事を想定して
いたので、「1曲だけだよね?だったら、この曲とこの曲はコピーした。
そうでなくともこれとこれなら出来る。」と返事。「ちょっと待て、この曲
は誰それをフィーチャーするんだ、この曲だとアルフレッドの出番が少なす
ぎる。この曲はCDではやっているが、ネビルの曲だから俺達は知らない。
うーん。ちょっと皆に相談してみよう。」やっぱり何にも考えていない。ミ
ルトンもオラショも「うーん。」と言って考え込んでしまう。「『シ、ノー』
はどう?」シオマラが提案。「うん、それがいい。」と皆が返事。「いや、
あの曲は今日はやりたくない。」と誰かが言う。「そうだよな、そうじゃな
くとも長過ぎるな。」と誰か。全員うなずく。と、突然「ふんふんふん」と
チャンギートが嬉しそうな目で私を見て歌い始める。「そうだ、それだよ、
チャンギーと凄いぞ、それだ『チャチャ』だ。その曲で入ってもらおう。」
と、ミルトン。「この曲を最後にやるから、そしたら呼び出すから入って来
てくれ。」知らなくはないが、コピーはしていない。「キーを教えてもらえ
ると嬉しいんだけど。」
「たぶん、アンディーが知っている。聞いて来よう。」と、ロビー。しばら
くして戻って来て「大抵はCかC♯かDぐらいだと思うってさ。」聞かなきゃ
良かった。

 その日の私ときたら、出番を待つ野球の代打のバッターみたいだった。最
初のセットからいつ来るか分からない出番にそわそわしていた。「曲順なん
て、誰かがやり出した途端に変わっちまうから、当てにはならない。」と言
う、キップの言葉が頭に焼き付いていた。まずキップが、「お前はセカンド・
セットまで居るか?あの曲は2セットめになった。」と、席にきて耳元で呟
く。ファーストセットの途中で、ミルトンが済まなそうな顔をして、「セカ
ンドセットの最後だ。」と言ってくる。さらに別な曲の途中でオラショが、
ロビーが「知ってるか、お前の曲は次のセットだ。」と声をかけてくれる。
たぶん、そういう順番の情報の伝わり方なんだろう。それでも、皆が気にし
てくれているのは嬉しい。バンドのテンションは1日1日上がっているし、
曲中の細かい所も、毎日良くなって来ている。この日の演奏は、もう初日と
は全然違う。はっきり言って凄まじい。キップの機嫌も良い。

 セカンドセット、私は、珍しく家で選んで来たリードを、コップの水につ
ける。まだちょっと固かったからだ。これでは低音まできれいには出ない。
リハーサルも、ウォーミングアップもないのだ。どんな所でもステージに出
る前に一度も音を出せないなんて事は普段はない。20数年前に、はじめて
ニューヨークに行った頃を思い出していた。あの頃はどんなチャンスも逃さ
ないよう、いつもテーブルの下には楽器を隠していた。休憩時間にミュージ
シャンに話し掛けては、飛び入りできる機会を伺っていたものだ。

 しっとりとしたスローな曲から始まったセカンドセットは、2曲めでアッ
プな曲に変わった。私の顔色が変わった事は暗い客席で、誰にも分からなかっ
たとは思う。しかしその瞬間、心臓は凍り付いていた。その曲は、さっき言
われていた『チャチャ』だったのだ。いくら何でもここで突然入るのは早す
ぎる。曲順を変えたのだ。誰も、私を呼び出す気配はない。私の腰は半分椅
子から浮き上がっていたが、楽器をケースから出すまでにはいたらなかった。
そうだ、この曲は最初の日にはラストのほうだったような気がするが、昨日
は確かに2曲目だった。とすると、昨日の最後の曲と同じものを、今日も最
後にやるのではないか。さっきミルトンは「セカンドセットの最後」と言っ
たのはそういう事に違いない。『チャチャ』ではないが、最後の曲に入る事
になるのだろう。曲順を把握している訳ではない。だが、お終いから2曲め
はだいたい『Quimbara』か『Si,No』だ。『Si,No』,はさっきはやらないと
言っていた。とにかく、最後の曲がなんであれ、『Quimbara』が始まった
ら、楽器を出す事にしよう。ステージはすこぶる快調に進んでいったが、私
の口の中はカラカラになっていく。ブルーノートに出た事もなければ、この
場の客の何人が私の事を知っているのかも分からない。単なる図々しいオヤ
ジだと思われるかもしれない。でも、今までも、もっと苛酷な条件でも演奏
して来たのだ。少なくともブルーノートの従業員の何人かは味方なのだ、と
思うと大分救われた気持ちになった。『Quimbara』が始まリ、客との大合
唱になった。と、ミルトンがこちらを見て何かサインを出す。この曲で入れ、
という事なのだろうか?
あせって、楽器をケースから出す。立ち上がったところで『Quimbara』は
終わった。はっと思う間もなく、アンディが私に目配せをくれながらベース
を弾き始める。
「この曲だ!」私がステージに上がる直前に、ミルトンが笑顔で「UMEZU」
と紹介してくれた。こんな嬉しい事はない。予想以上の拍手。さて、もう、
すっかり度胸は決まっているものの、キーが分からない。ステージ下ではあ
んなに聴こえていたベースが、モニターからはあまり聴こえて来ない。シオ
マラが自分のマイクの背を低くして、私に譲ってくれる。吹き出してからキ
ーがCメジャーだと分かるまでの数秒間が、私には何時間にも思える。さら
に、悪い事にリードは水を含み過ぎていたので、自分の思うような音にはな
らなかった。歌との掛け合いの場所もよくは分からない。それでも私はどう
にか粘り強く、彼等につていったつもりではある。総立ちの客席の中をメン
バーに付いて行進。何かと、メンバーが気を使ってくれているのが分かる。
音は満足いかないまでも、私は感動していた。

 金曜日、私はキップとミルトンに「明日もう一度演らせてくれ。」と、伝
えに行く。昨日のままでは気が収まらない。たとえ、ダメと言われても飛び
入りする覚悟だった。最終日の土曜日、ファーストセットは見送って、セカ
ンドセットに標準をあわせる。最後の2曲は同じだった。一度固定しだした
エンディングを最終日に代えるとは、もともと思わなかった。今度は
『Quimbara』の途中から楽器を出し、ステージの陰でリードをチェック。
曲が終わったところで、ミルトンの紹介を待たずにステージに上がった。
前回と違ったのは、歌の始まる前にソロをとらせてくれた事で、これでこの
曲での自分の役割が、よりはっきりした。木曜日には顔が引きつっていたよ
うだが、今日はそんな事はない。確かにあの時はどんな顔をしていたら良い
のか分からなかったし、そんな事考える余裕もなかったのだ。ズーズーしい
かもしれないが、メンバーの一人になって、すっかり楽しませてもらった。
演奏が終わって、シオマラと抱擁、おでこにキス。全員と握手。たった10
分弱の参加だったが、それで充分だった。
 キップは「今度はレコーディングの話をしよう。」ロビーは「またやろう
ぜ。」、オラショは「お前の音楽でやってみたいな。」と言って帰っていっ
た。もちろん、彼等の事だから、どこまで信じて良いのか分からない。私は、
やっとディープ・ルンバの呪縛から解放されて、すごく体が軽くなった気が
していたが、旅の終わりのような寂しさを、どうしたらよいのか分からなかっ
た。