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小林さん、自己紹介をお願いします。
小林耕平です。第一回に招いていただき、ありがとうございます。今のところ、ビデオを使った作品を
多く作っていて、 関東を中心に活動しています。
野々村先生、自己紹介をお願いします。
和光大学表現文化学科の専任教員をやっています。表現文化学科は5年前に出来た新しい学科で、今日
的な表現全般について考えていく学科です。僕自身もさまざまな仕事をしてきたので、わりとはまって
います。今日はいろいろな角度から、自称「話べた」の小林さんのお話を引き出していきたいと思いま
す。小林さんは、もともと専門が映像学科、映画学科ではないのですよね?
はい。愛知県立芸術大学の油絵科を99年に卒業しました。
それでは、小林さんに実際に作品を見ながら解説をお願いします。
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作品1「1ー3ー1」をプロジェクターにて映写
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これは、大学を卒業する時に作ったものです。卒制を作ろうと思って作ったわけではないのですが、
当時、「アートスペース・ドット」という名古屋に自主運営スペースを立ち上げようとしていて、その
オープニングの企画のために作ったものです。卒業とかぶっていた時期なので、これをもって卒業制作
としました。展示に、当時はTVモニターなどをつかって小さい画面で見せていました。この作品を作っ
たときに何を考えていたか今思い出してみると、いきなり作ったのではなく、大学に入ってから絵がな
かなか上手く描けず、やりたいイメージはいろいろあるけれど、絵で表現するのは難しいことがあった。
自分はなにを作っているのか、なにを描いているのか疑問もあって、ある日、自分が作っている姿を一
回ビデオで撮ってみようと思い、ビデオをまわしてみたのです。それがきっかけです 。
制作は、お一人でやられていますか?
一人が多いです。この作品は一人では撮れない部分もあり、手伝ってもらって白い4畳半くらいのスペー
スの掘建て小屋を学校の外に作り、それをセットにして撮影しました。
この作品は、白い画面にちょっとずつ何かが現れるように見えて、いったいどうやって作ったのか不思
議に思うのですが、それは撮るときや、編集のときに、何か工夫をしたのですか?
一応、パソコン上でエフェクトをかけたのではないです。
撮影に使ったのはデジタルビデオカメラですか?
違います。業務用の監視カメラを使って撮影しました。僕はビデオカメラを持っていなかったので、ジャ
ンク屋がある、大須という名古屋の秋葉原のような電気街に、買いに行きました。そこでいろいろ見てい
たら、モノクロの古い監視カメラがあり、映っている画面を見ていると、惹かれるものがありました。
その 監視カメラは、おいくらくらいだったのですか?
3,000円くらいです(笑)。 当時、映像をパソコンに取り込むことができ、金銭面的にノンリニア編
集ができる状態に なっていた。しかし、取り込んでみたら、そこまで編集しなくてもいいじゃないかと
思い、パソコンにお金をかけたのにかかわらず、ほとんど編集せずに作りました。(笑)
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作品3「1ー5ー1」をプロジェクターにて映写
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これは機材を使って楽しかったという作品です。お金をかけてパソコンを組んだので、編集したいという願
望から、手を加えてしまった。
「1ー5ー1」は、影みたいな部分からすぐに人間の形がわかってしまって、正直言って僕は、他の作品よ
りも 弱いなと感じました。ただ、今のお話を聞いて、合点が行きました。小林さんがパソコンに触れ始
めた98年から99年あたりは、パソコンによるノンリニア編集の実用性がやっと見え始めた頃だと思いま
す。だからといって、30分以上の作品を作ろうとするとすぐにフリーズしてしまって簡単にはできなかっ
た。もちろん、その前から業務用のノンリニア編集システムではアービッド(Avid)があったのですが、そ
んなのは最低200万円以上して、若い個人のアーティストは、まず手が出なかった。
そうですね。当時、本当にフリーズするというのがありました。作品を作る条件の中で3分という短さは、
面白い成立の仕方をすると思っていました。
そこで考えることは、機材の進歩発展と個人がどう作品を作るのか、の関係ですね。昔、MacのDTPの立ち
上げのころ、多くのデザイナーたちは、photoshopのプラグイン機能を使ったときに「自分とソフトウエア
、いったいどっちがものを作っているのだろうか」と、考え悩んでいたわけです(もちろん、ナイーブな
悩みではありましたが)。現在では、ハリウッド映画でもCGは修正かギミックのために使われるのがほと
んどで、それじたいで作品全体の芸術的な価値が決定されるのではない、という事にやっと全員が気付い
てきた。つまり、これほどコンピューターが身近になったからには、昔ほどナイーブにアーティストやデ
ザイナーたちが悩まなくても良い時代になったのではないか。そういう状況認識もあって、松澤さんから
持ちかけられたこの企画を、僕が後ろからお手伝いしようと思ったわけです。ここに来ているのが今の学
生さんが多いとすれば、そういう昔のことも想像しながら見ていくと面白いのではないかと思います。松
澤さんも、もっとしゃべってください。
音がどの作品も入っていないのには、なにか理由がありますか?
はじめの1つか2つを作ったときに、「これで良いんだ」という、一つの完成を見た気がした。そこから
次を作っていく時に、色や音を足していくというのは逆に、自分の中で意味合いがあるように感じました。
監視カメラだったから、という理由も?
それもありますね。音は別物という感じがします。
あの、辛口なんですけど、それじゃミュージッククリップの仕事こないですよね?
こないですねぇ。誰か、ねぇ、、、。(笑)全然なくてもいいんですけどね。
これは好みの問題かもしれないけれど、グラフィカルな要素が強いから豊かな印象を残しますよね。
あと、今の学生さんは80年代生まれですから覚えてないでしょうけど、僕は初期のTVで見て来たエフェ
クトを思い出すんですよ。白黒の「ウルトラマン」など特撮シリーズで、影絵やソラリゼーションを使っ
たものなどがあって、デオアートでいえば、ナム・ジュン・パイクが当時東京放送(TBS)勤務のエンジ
ニア阿部修也さんと作った「パイク=アベ・シンセサイザー」の文脈に繋がっていて、アート界での実験を
協業的に放送業界が吸収していくという流れも出てくる。僕と同年代以上の人が見れば、古いTVで使われ
ていた実験映像との類似性を指摘するかもしれませんね。
うれしいですね。
そうなんだ。 (笑) |
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